第6話 遭遇の怪物
顔の真横を通り過ぎた剣。
俺の背後で、何か肉が裂けるような鈍い音が聞こえてきた。
ドサリと地面に倒れる音に次いで振り返る俺が見たのは……。
「なっ!? ぁ……!」
絶句とはこういう事だろう。そこに居たのは爪を尖らせた巨大な熊のような生き物。
脳天に剣が突き刺さり、絶命していた姿だった。
「……へ?」
後ろを見て初めてわかる事とはこういう事を言うのだ。
こいつの投げた剣によって、俺は死なずに済んだという訳か。
「はは、は……っ!」
無意識に乾いた笑いが零れる。助かった? いや、違うな。棚見が居なければ俺は死んでいた。
「香月くーん、だいじょぶー? なんかでっかい熊みたいなんいたからさー」
「お、あぁ……」
「ほんと大丈夫? これ何本? ぶんぶんぶんって、揺らしたらわかんないか。あははは!」
目の前までやって来て指を三本立てた棚見が手を揺らしていた。
この謎行動のおかげか、俺も正気を取り戻して来たような気がする。
少なくともさっきよりはまともな頭だ。自分の中に冷静さを感じる。
「んしょっと。……なかなか抜けないな。よいしょっ……と!」
棚見が熊の化け物の脳天に突き刺さってる剣の柄を握り、四苦八苦しながら抜いていた。
切り抜かれた剣には新鮮な血が滴っており、これだけでリアルが売りのスプラッター映画のワンシーンを彷彿とさせていた。
「うわグロぉ……。まあいいや」
少し引き気味の表情を浮かべながら、その辺に落ちていた大き目の葉っぱを拾い上げ剣に付着した血液を拭い取っていく。
これが意外と様になっているのだから、まるで殺害現場を目撃したような気分になってくる。
いや実際殺害現場といえばそうなんだけれど……。
「う~ん、これでいい感じかな。じゃあ……ほい!」
刀身を覗き込んでいた棚見は、ふき取った出来栄えに満足して……それをどういうわけか俺の前に差し出してきた。
「こっ……れはな」
「何って、これあげるよ。この森だって危ないしさ、どんなオンボロでもないよりはマシでしょ?」
何を言っているんだというような不思議な顔で俺を見る奴にこそ、俺は不思議な感覚を覚えずにいられなかった。
刃がこぼれているとはいえ、折角自分で見つけた武器を何故渡す? こんなコンビニで買った駄菓子かのように、ポンと渡せる代物じゃないはずなんだが?
一体何が目的だ? まだ把握出来ていない俺の能力に対して投資してるとでもいうのか?
「まあま、もらえるものはもらっときなって。ほら、余り物には福があるってあれ? なんか違うなぁ。まあそんな感じのあれな感じでさ。ここ危ないし、損じゃないっしょ」
「お、おぅ……」
こいつの真意は読めないが、護身用に持っておいて損は確かにない。
こいつを振り回せる筋力が俺にあるわけじゃないが、お守り程度には役立つだろう。
借りを作りたくはないが、ここまで見てきたこいつの性格から断り切れるものじゃない。
素直に受け取ることにした。
「ほい! ……じゃあしゅっぱーつ! 再開ってね!」
そう言うとやつはまた先頭を歩き始めた。