第59話 甘い考え
「ここまでやっても確実じゃない。けれどね……!」
ルシオロの周囲にオーラのようなものが溢れ、やがてそれがいくつかの巨大な氷柱となる。
左手を奴に翳せば一直線に飛んでいく。
視力が効かなくなったであろう奴も、その全てを叩き落とすことができなくなっていた。
無論、そのままではあのウロコに弾かれるだろうが……。
「ガアゥウウウ!?」
氷柱は軌道を変えて、ウロコの剥がれた皮膚に向かって突き刺さる。
肉の食い込む生々しい音が聞こえたかと思ったら、突き刺さった周辺から奴が凍り始める。
相当な苦痛だろう。ウロコは一部剥がされ、その体内では毒が回り、そして肉体と細胞を凍り付かされたのだ。
その上に魔力まである程度封じ込められている。
それでも地の利も無い状態で奴はまだ立ち上がっている。膝を折る気配が見えない。
「アレに反撃の隙を与えてはならない。時間が経てば再生されてしまうわ」
「よっし! やっとスカッと来そうな感じのアレになったし、オレのカッコイイとこ見ててよ!」
「馬鹿、お前の手はまだ震えたまんまなんだからじっとしてろ」
「でもさ……!」
抗議の声を上げる棚見の気持も分かるが、今はもうまともに剣も握れなくなっているはずだ。
いくら奴がダメージを負っているといっても、こんな状態で素直に攻めさせてくれるとも思えない。
幸いにもウロコの剥がれた箇所は多い。どんな攻撃でも効く今なら短剣だって通るはずだ。
今の棚見に持たせてもまともに切りつけられない、だからと言って投げナイフとして使っても手が震えて標準はつけられない。
俺が近づいてケリを着けるしかない。
「援護してくれ、突っ込んで終わりにする!」
「言われなくても、後はあなたに託すわ。ただ気を付けなさい、奴も死に物狂いで抵抗してくるはずよ」
「ああ、分かってる。……来い!」
俺はドラゴンに向かって走る。目が見えなくてもあの野郎なら気配を感じ取れるはず。
だからこそルシオロの援護射撃だ。それによって俺への注意が逸れた隙をついて、一気に距離を詰める。
そして短剣を逆手に構えて飛びかかる!
「ガァアアアアア!!」
だが当然ドラゴンは俺を近づけまいと暴れまわる。
その巨体と力に任せた攻撃は当たればひとたまりも無いだろう。
(終わらせてやる。こんな奴にいつまでも構うわけにはいかないんだよ!)
俺は明日を見たい。期待を裏切る嘘つきになりたくはない。
そのためには、こんな化け物なんて――。
「グガァアアアアア!!」
ドラゴンが俺に向かって爪を振り下ろす。
俺はそれを紙一重で躱して、そのまま奴の腕に張り付くように飛びかかる!
(このまま突き刺して……!)
だがそれは甘い考えだったとすぐに思い知らされた。
「……っ!?」
俺の体が持ち上がったのだ。いや、持ち上げられたのだ。
(ッ!? 翼か!)
奴はまだ比較的無事な方の背中の片翼をはためかせた。
先ほどまでの力強さこそないが、近づいて俺一人を吹き飛ばす風くらいは起こせたようだ。
(ぬかった……! こんなところでッ)
「香月くん!?」