第58話 その一撃、活路
一歩間違えればそれで死にかねない。
武器も持たずに近づくことになるし、このシーツの大きさもある。
申し訳なさでいっぱいだが、今は棚見の身体能力と度胸に賭けたい!
「……へ、な~に言っちゃってんのさ! オレより頭のいい香月くんの頼みだぜ? 喜んでやってやるってね!」
無茶な注文なのに、棚見は笑顔で引き受けてくれた。
「悪い、生き残れたら頼みを何か聞いてやるから! やってくれよ……!」
「じゃあ、期待してるからさ……期待しててよォ!」
ルシオロが作ってくれた背後の隙をついて静かに、しかし決して遅くはない歩みでドラゴンへと近づいていく棚見。
徐々に徐々に。苦戦するルシオロの姿を視界に収めながらもドラゴンの元へと。
……そして!
「ほいっ……とな!!」
密着状態からそのジャンプ力を持って背中へと乗る棚見、奴に気づかれるよりも早くその視界をシーツで奪った。
「!? ガァアアア!!」
「うおわああ!?」
唐突に目が見えなくなったドラゴンが暴れながらも、棚見は振り落とされないようにしながら巻きつけたシーツをしっかりと掴む。ここで手を放したら終わりだ。
その間に人生でもこれ以上ない程の速度で近づいた俺は、その咆哮を奏でる開いた口元に向かって松明を投げつけた。……よし、入った!
「グォォオオオ!!?」
口の中に放り込まれた松明に、口内、そして喉を焼かれ始めて悶え声を上げるドラゴン。
そして口から漏れ出た火が目元を覆っていたシーツへと引火し、体を火が覆い始める。
「降りろ棚見! 早く!」
「言われなくたってェ!!」
俺の声に慌てて棚見が背中から離れる。
俺と棚見は再びルシオロと合流、体の内外から燃やされ続けるドラゴンを見て静かに息を整える。
「なかなか思い切ったことをしてくれるわね。でも、いずれ火は収まるわよ?」
「分かってるさ。だけど、十分に隙が生まれた。……棚見! このハンマーでぇ!」
「ほいさ! 思いっきりやってみよお!!」
十分に威力を伝える為に大きな振りが必要なハンマーは、それゆえに外に出していながらも未使用だった。
俺はそれを一旦指輪の中に回収しここまで持ってきたのだ。
そして再び、それを棚見へと渡す。
ドラゴンは炎に気を取られていて、暴れてこそいたが隙だらけだ。
ハンマーを持った棚見は一飛びでドラゴンとの距離を詰める。
真横へと立った棚見はハンマーを振りかぶった。
「思いきってぇ……ドォォォン!!!」
「グガアアアァァ!?」
渾身の力を込めた棚見の怪力を十全に受け取ったハンマーが、ドラゴンの横っ腹に叩き込まれ、その体を浮かし、炎を纏いながらも岩壁に向かって吹き飛ばされる。
――ゴオオオォォ……!
鋼の巨体が壁に叩きつけられた衝撃と音がこの空間に響き渡る。
当然ドラゴンも痛みによる叫び声を上げるが、それだけでは留まらない。
「へ~いもう一発いっちゃうぜえい!!」
留まらせてくれないのだ、棚見が。
走り出し、加速をつけながらハンマーをもう一発叩きつける。
そしてさらにもう一発。
「ほいよ! はいさ! ほいほいっと!! あ、おまけでもういっちょドーン!!」
痛みに怯んだ隙を狙って次々に振りかぶってはハンマーを叩きつけていく棚見。
するとどうだ、ドラゴンの体から何かが光ってポロポロと零れ始めた。
「あれは……、やった……!」
「ええ、よくやってくれたわ二人とも。おかげで、勝機が見え始めた……!」
静かながらも零れる言葉の端にルシオロの嬉しさが滲み出る。
そう、ハンマーが叩きつけられていく度に、ドラゴンのウロコが剥がれて行くのだ。
俺の予想は見事に当たってくれた。
(これで奴は防ぐ手を一つ失ったぞ!)
どんなに硬いウロコだろうと、一度剥がれてしまえばその下は無防備だ。
「へへ、どんなもんよ?」
散々ハンマーを振るった棚見が合流してきた。
だが、その腕は叩き過ぎによって震えている。これ以上は武器を持てるかも怪しい。
「お前を……信じて良かった」
「でしょ? オレってばマジイケてるよね、にしし」
「喜ぶのはあと。……でも、素敵だったわよ」
立ち上がったドラゴン。覆っていたシーツも燃え尽き、剥がれたウロコの下の皮膚も火傷を負っている。体内もかなり焼かれたはずだ。それに目も。
それでも立ち上がったドラゴン。未だその闘志は死んではいない。
だが――それは俺達も同じだ……!