第57話 勝機を掴むアイデア
繊細さを欠きながらも、その咆哮は人を萎縮させる。
その上、奴にとっては狭い空間ながらも翼をはためかすれば暴風が起こる。それもただの風じゃない、いわゆる鎌鼬なのだ。
間一髪で避けたとしても、体に切り傷が入る。
当然直撃を受ければ肉体は真っ二つだ。
しっぽを振れば衝撃波を発生させ、口からは火球が飛ぶ。
よしんば近づけてもその鋭い爪は飾りじゃない。
「くっそぉ! 全然近づけないじゃんか!」
棚見が悪態をつきながらも、どうにかドラゴンの攻撃を掻い潜っている。
そうしてなんとか当てた剣撃すらも硬い皮膚に弾かれて刃がこぼれる。
「あいってぇ、手が痺れ……うおっと!?」
硬い金属を叩いたような感触に一瞬ひるむ棚見。当然その隙をドラゴンが見逃すはずが無い。
「ガァアアア!!」
大きく振りかぶっての尻尾による攻撃。その勢いは、直撃すれば人間なんて簡単に潰れてしまうだろう。
四苦八苦しながら攻撃を避け、再び距離を取って様子を伺う。
その間も攻撃を行うのがルシオロだ。
「ふん……はぁあ!! ……やっぱり効き目がいまいちね」
魔法で発生させた植物の蔦で拘束しようとするも、ドラゴンが力を込めただけで引きちぎられてしまう。
「もういっちょぉ!!」
棚見の再攻撃も、その皮膚に弾かれてしまう。
「くっそ~……マジで硬すぎだっての」
悪態をつきながらも、それでも攻撃の手は休めない。
だがそれも当然だろう。ここで仕留めなければ俺達に未来は無いんだ。
(でもこのままじゃジリ貧だ……!)
ルシオロの仕掛けは確かに効いているが、それはあくまでも奴の動きを鈍らせる程度に留まっている。
彼女の祖先が苦労して封印がやっとだったのも頷ける強さだ。
地の利はこちらにある。それに加えて奴は復活間もない上に陣や毒で大幅に弱体化しているにも関わらず、なおこちらを圧倒する力を見せてくる。
棚見がボロボロにした武器を治しながらも、先が見えない攻防に精神的な疲労が尋常じゃない速度で溜まる。
俺はあくまでサポートに徹しているが、直接戦闘をしている二人は俺以上に負担が掛かっているはずだ。
俺は棚見がこちらに走ってきてから預けてきた短剣を見る。
奴を封じる事の出来る唯一の武器だ。しかし短剣故にリーチが短い。
棚見ですらこいつが十分に威力を発揮できる間合いまで近づけないのだ。
だから俺に預けたんだろう。いざという時までの切り札として。
あの巨体ながらも俊敏性と硬さを兼ね備えたドラゴン相手には、こいつを投げても見切られるか弾かれるか、仮に当たっても威力不足で傷一つ付けられないだろう。
奴は怒りながら俺達を相手している。相手をするのには実に危険な状態だ。
だが、そもそもこの状況に持ち込まない限り勝ち目すら見えないのだから贅沢は言えない。
「嫌になるわね。こっちの優勢で始まったはずがこの様というのは、冗談にもならないのよ……!」
冷静なルシオロすらも悪態を付く事態だ。
それだけ状況は芳しくない。
「ルシ姉さん、これちょっとキツいよ。……へへ、変な笑いまで出ちゃった」
棚見のテンションも下降気味だ。
ドラゴンの攻撃を避けながらのそれは、致命傷こそ無いものの余裕を持てない事を示していた。
「何か手は無いか? 何か……」
手持ちの道具で打開策は無いか。
指輪の中を覗き込む。武器はもう全て取り出して残っていない。
それ以外であるものは……。
(これは……いや、やってみる価値くらいはあるかもしれない。どのみちジリ貧なんだ!)
俺が取り出したのは火のついてない松明とマッチ、そして未使用のシーツだ。
「棚見ィ! 一旦こっちに戻って来てくれ! ルシオロは少しでいい、注意を引いておいてくれ!」
「え? あ、うん! 分かった!」
「何をするか知らないけど、できるだけ早く支度をしなさいよ!」
ルシオロはドラゴンに向かって電撃を放ちつつ、俺達から離れる。
攻撃を受けた以上、ドラゴンはそちらに狙いをつける。
早く済ませないと、ルシオロが危ない。
俺は松明にマッチを付けて、十分に火が灯ったか確認する。……問題は無い。
だがこちらに気づかれたら火はかき消されるだろう。
生半可な火球程度じゃ届く前に突風で消滅する、それがわかっているからルシオロも炎系の魔法を使わないのだろう。
「棚見、このシーツを使ってあいつの目を塞いでくれないか? かなり危ない目に合うだろうが……頼む! 俺の頼みを聞いてくれ!」