第55話 始動する罠
遠くから徐々に響いて来るドラゴンの咆哮とペンダントの光が、こちらへの誘導に成功している証拠でもあった。
少なくとも棚見は無事に走ってきている。その事実には安堵出来るが、問題はこちらに来たあとだ。
確実に、この場で仕留めなければ。
地響きのように足音が洞窟内を揺らす。
背中の羽は使わずに走って追って来ているあたり、やはりそれ程の知能が無いのか。
ここまではルシオロの予想通りと言えるのだろう。
ドシン……ドシン――。
「そろそろ来てもいい頃よ。分かっているわね?」
「ああ、覚悟はもう出来るつもりだ」
「それを実戦でも証明する事ね。……カツキ」
初めて名前で呼ばれて、ハッとした。いきなりだったもんでこんな時だっていうのに一瞬気が抜けたようだ。
「な、何?」
「もし危なくなったら私の後ろに隠れなさい。障壁にはそれなりの自信があるわ」
「……あ、ああ」
「こうなっては一蓮托生だもの。元は敵同士でも、そういうジメジメした関係を持っていたくないわ」
「それも、俺達と手を組んだ理由……なのか?」
「感謝する事ね。他のエルフならもうあなた達はこの世に居なかった、その事実に。……感謝の言葉は終わってから言いなさいな」
何というか、この女の柔らかい部分に触れた気がする。
クールが過ぎて、合理的にしか生きていないのだと思っていたが。
「わかった。終わったら、あなたを恩人として接する」
「…………来たわね」
それ以上のお喋りはもう意味を為さないのだろう。少なくとも、これが終わるまでは。
肌が痛い程のプレッシャーを感じる。それと、棚見の軽快な足音だ。
(あいつは大丈夫だ。俺に大丈夫と言って聞かせた男だ。――なら俺も大丈夫だって信じたい!)
巨体が大地を踏みしめ、この岩山の穴へと進入してくる。
まだ陣は発動しない。ここで引き返させる訳にはいかないからだ。
――ォォォ……!
奴の獲物を狙う咆哮は強風のように最奥まで吹きすさぶ。
声で衝撃を発生させているのも奴が規格外の化け物だからか。
――ォォォオオ……!
もうすぐそこだ。
俺の額から汗が垂れる。喉が渇く。
グォォオオオアアア!!!
(来た!)
入り組んだ道を抜けて来たのは――やはり棚見だ。
その姿は必死に走って来たのか乱れていて、途中の木々で切ったのか服が一部裂かれていた。
それでも無事だ。こんな状況だっていうのに、奴の口元からは余裕の口角が上がっているのが見て取れる。
「は、ははは! オレってばやったよ二人共! マジ伝説的な大立ち回りじゃん!!」
「喜んでるところ悪いけどそのまま駆け抜けて来なさい――陣を張るわ!」
相対する巨体の疾走へと向けて両手を向けるルシオロ。
その瞬間、この空間の四隅に置かれた蛇の像が光り出した。
蛇の像はその光と共に巨大化すると、まるで本物の蛇のように動き出して四方からドラゴンへ向けて襲い掛かった。
これが陣、なのか?