第53話 決戦の構え
森へと一歩二歩と踏み入れて行けば嫌でもわかる事がある。
「なんかさぁ、ヤ~に静かじゃない? ホラー感満載って感じ」
「仕方が無いわ。恐らくこの森の動物は食いつくされた後。よしんば生き残りが居てもお腹の足しにならない小動物くらいでしょうね」
いわゆる生き物の気配を感じられない。
いや、正確に言えばたった一つだけ。恐らくあのドラゴンと思しき威圧感だけは離れていても感じられるが、それだけだ。
休眠状態からの復活で、この森の動物はほぼ居なくなったというルシオロの意見が嫌でも現実である事を示している。
一晩でこのありさまなら、放って置けば国そのものから生き物の気配が無くなるのだろう。
そしてゆくゆくは他の国、そしてまた……。そういう風になって行くと考えれば、何がなんでもここで食い止めなければならない。
チラリとルシオロの背中を見る。
俺は彼女の素性をまるで知らない。
何故あの封印された短剣を狙っていたのか、とか。それを使ってどうするつもりだったのか、とか。
俺達の間に信用は無い。だが、共通の敵を討たなければ未来が無いという信頼出来る目的がある。
互いに生存欲を手放して無い。だからこうして手を組んだ選択を後悔はしていない。
棚見はこの女を気に入ったらしいけど。俺はドラゴンを討った先に本当に関係が存在するのか疑問に思っている。……そんな疑問を感じる程度の余裕を取り戻せたのもルシオロのおかげではあるが。
「……坊や、私を背中から撃ちたいとか考えるのは全てが終わってからにしなさい」
「別に、そこまでは……。あなたを信用していないのは変わらないが、その時までに何か起きたら困るとは思ってる」
「あら? 心配してくれてたの? でも、坊やよりは修羅場は潜ってきたつもりの身。むしろあなたこそ心配だわ」
「善処はする、さ……」
和気あいあいとは程遠い雰囲気だが、それが身を引き締めてくれているのも確かな話だ。
適度に解れない程度の緊張が集中力を増すという。だったら今の状態がベストな結果を生み出せるはず。
「あぁ! そんな二人してバチバチしちゃってさ。もっとこうピクニックって感じだしてもいいんじゃな~い? ほら、この森って雰囲気はヤだけど空気は割と美味しいじゃん。もっとポジティブにさ、もしかしたらドラゴンもグースカしちゃってて簡単にザスっといけるかもじゃん。うん、いけるっしょ!」
「無茶言うなよ……」
「愉快な子ね。ヤコー、坊やはその勇猛さが羨ましくて拗ねているのよ。もっと寄り添ってあげれば仲良くなるチャンスかもしれないわ」
「おい何言って!」
「あ~、なるほど! 香月くんってば、オレが一人でワイワイしてるもんだからヤキモチ妬いちゃったんだ? も~、きゃわじゃん!」
「どいつも勝手言いやがって……! 勘ぐるな」
「…………今ので坊やがいい感じに解れたわね」
「何か言ったルシ姉さん?」
「いいえ。さあ、恐らくもうすぐよ。おしゃべりも程々にしなさい」
人を巻き込んだ癖に勝手終わらせて。身勝手な女だな。やはり信用にはおけない。
(今のはわざと? それとも素なのかしら? どちらにしても、本当に油断ならないのはこの子かもしらない)
先頭を歩く棚見の雰囲気はいつもと然程変わらない。こいつが緊張する事ってあるのだろうか?
◇◇◇
どんどんと濃ゆくなってくる気配が肌に痛いくらいだ。
そういうものを感じるくらい、自分の身に危険が迫っているのだろう。
この場合自分から迫っているんだろうが。
「……居たわ」
静かに短く呟くルシオロ。
森の奥の開けた場所には奴がいた。
この森から命を感じさせなくなった元凶であるドラゴンだ。
その黒い体を全て地に伏せ、その大きな翼は折りたたまれている。
静かに寝息を立てているそいつ。人によっては可愛い気を感じるのかもしれないが俺にとってはそうじゃない。




