第52話 決戦の死地へ
寝起きだからか、寝る前まで着ていたローブを脱いでおり、今は薄手の白いワイシャツに黒いズボンという出で立ちだった。それでいて長い髪を今は結んでいる。
ラフなキャリアウーマン、そういう印象を与えてくる。
彼女も旅をしていたらしいのでパジャマの類は持っていないのかもしれない。どうでもいいかそんんなのは。
「おっはよ~姉さん。なんか印象違うねぇカッコイイじゃん」
「おはよう。そんな褒め言葉を言う余裕はあるようね。取り合えず顔でも洗ったら?」
棚見の挨拶にそう返すと、昨日の夜焚火を消した空の桶に手を翳し、新鮮な水で満たした。
「便利だよね、それってさ。オレも覚えたら出来る?」
「それは貴女次第ね。ただそれ程難しいものじゃないから、そのうち覚えられるんじゃないかしら? そのうちがあれば、だけれど」
発言が一々怖いな。作戦を成功させなければ俺達に明日は無いのだと警告してくる。
「じゃあ大丈夫っしょ? オレってば、これでも興味持ったら一途なんだよね。献身的? みたいな」
「はいはい。そっちの坊やは……意外と眠れたみたいね。スッキリした顔してるじゃない」
「そう、見せてるだけさ」
「それが出来るだけでも上出来でしょ。坊やのようなタイプは縮こまって何も出来なくなるっていうのが相場だもの」
「あ、香月くんってばやる時はメチャやる男なんだぜ姉さん。どんと頼っちゃってよ」
「そこまで言うなら期待させて貰うわ。あなたの船が大船である事を、ね」
勝手に人を置いて盛り上がるなよ。余計な期待は背負い込みたくないってのに。
言われた通りに顔を洗って気を引き締める。
生活用の便利魔法は俺も覚えておきたい。初歩的な水魔法らしいが、これを応用すれば洗濯にも使えるだろう。
何時でも服を洗えるのは実際助かる。旅とは衛生管理との戦いでもあるのだから。
これからも旅を続けられるのなら、色んな事を知りたいな。
………………
…………
……
「さて、ご飯も食べ終わったことだし………そろそろ行きましょうか」
口元をハンカチで拭き終え、ルシオロはそう切り出してきた。
俺も十分に休養を取り、腹も満たした。もう思い残す事は………というのはこの場合違うか。
最終目的は作戦を無事に終えて、再び旅を始める事。むしろ心残りがあるくらいがいいかもしれないな。
焚火の上の鍋も空になり、とうとう俺達の命運を傾ける戦いの挑む時だ。
「オレさ、姉さんの事気に入っちゃったんだよね」
唐突に棚見が口を開いた。急にどうしたと言うんだ?
「怖い目にあったけどさ。でも、全部終わったらオレ達に魔法教えてよ。そんでどっかでまた会ったらビックリさせてやりたいんだよね」
「……そうね、約束してあげるわ。お互いに生きた先に、二人にあったものを用意してあげる。……さあもういいでしょう」
この約束は、いつかの為の決意だとでもいうのか。
二人に流れる独特な空気を完全に読む事は出来ないが、それでも……。
それでもその決意に身を投じてみるのも悪くない、そう思えた。
服装を整え、ここに居た痕跡を片づけ、俺達三人は乗り越える為の死地へと歩きだした。