第5話 強引な迫り
「ぉ、俺はひと」
「一人じゃやっぱキツイと思うな~。残して来た連中は上手いことキョーリョクしてやってけるだろうけど、香月くんは何か合ったら大変だべ?」
まるで押し問答だ。言ってる事が堂々巡り化している。
一体こいつがどういう理由で俺に構うのか知らないが、仕方ない。
……近くの町までだ。そこまで行ったら人混みに紛れて巻いてやる。
「わ、わか」
「わかってくれちゃってサンキュー! へへ、お近づき記念日のた~んじょってね」
謎単語を繰り出されてもわからん。
そもそもこいつの事を俺は全く知らないんだけど、なんて馴れ馴れしいんだ。人の事ファーストネームで呼びがやがって。
いや、別に知りたいとも思わないが。
「あ、オレの名前は棚見矢耕。ヤコちゃんでもヤコたんでもヤコーっちでも好きに呼んでいいよ」
「……」
折角の提案だが、そんな風に呼ぶことは一生かかってもないだろう。
この到底ソリの合わなそうな陽キャの事を気安く呼びたくないんでね。
「ホラホラ、そうと決まったら早速この道レッツゴーしちゃうみたいな! 背中ついて来て~」
……何で立場が逆転してるんだ?
◇◇◇
神殿が遠くに去って行く程に歩いた道、この舗装され具合から行っても明らかに人の往来の爪痕を感じずにはいられない。
確実に人気のある方向に向かっているはずだ。
本来なら一人でこれからのことなどを思案しながらこの道を歩いていただろうに……。
「ふんふんふ~ん。ほら香月ってば、こんな気持ちい風と空気にありがとうってな感じでワクワクして来ない? オレってさ、ほら田舎感に憧れちゃう系の純情ハート持ちだからさ」
何がほらだ? 俺はお前の事なんて一ミリも知らないんだから同意求められても困るっていうのに。
「キャハハ! やっぱここって電波入んないや。ネットも繋がんないしさ、こんな時代にスマホが役立たないなんて貴重な体験じゃ~ん。これってラッキーだよね」
本当にラッキーならそもそもこんなわけのわからない場所に飛ばされてない。
こいつの幸運と基準は一体何だ?
なんでこんな脳の代わりに鈴でも入ってそうなカラカラ頭と一緒に話しかけられなきゃならないのか……。
道は森の中を通り、俺達は森林の濃い空気で肺を循環させながら進んでいた。
確かに空気は美味い。都会育ちでもその違いが判るような気がする程には体感出来る。
でもだからと言って俺はそういうものに感動を覚える人間ではない。
今俺にあるものとすれば鬱陶しいと思う感情である。
応答しないにも関わらず、この棚見とか言う男はさっきから喋り続けている。反応が返ってこないんだからやめればいいのに、なぜか飽きていない。
やはり陽キャとかいう人種は理解が出来んな。
そんな成立していないやり取りが続く。
森特有の過ごしやすい涼しさ故に疲れも感じにくいが、精神的な意味でそろそろバテ始めていた。
周囲の木々から何かしらの動物、または化け物の類が出てこないかという警戒に加えて、この男の中身の無い独り言を延々聞かされて一休みしたい気分だ。
「…………はぁ」
前を歩く棚見に分からないように小さくため息をつく。せめて無事に人の居る村やら町やらにたどり着けたらいいが……。
(せめて能力ぐらいは今日中に把握出来たらいいんだけど……)
そんな風に考えていた時で、気づいたら目の前を歩いていた棚見が消えていた。
な、何だ急に? 一体どこへ……?
(いや、そんな事を気にする時じゃない。これはチャンスだ! 今のうちに走ってこの森を抜けて……)
「香月くーん! これ見て、なんか面白そうなの見つけたー!」
チャンスだと思い走る態勢に移行しようとした時、脇道の木陰から声が響いて来る。
……なんだよそれ。ぬか喜びで終わってしまった。
そちらを向くと、棚見が笑顔で手を振っていた。
厳密に言えばその手の中にボロボロの剣を握りしめて。
「こういうの見るとさぁ、な~んかファンタジー感じない? オレってば感動!」
言い分は分かるが振り回すほどかよ。
まるで下校途中に手頃な木の枝を見つけた小学生のようなテンションだ。
内心呆れている俺だったが、そんな事お構いなしな棚見……であったのだが。
何故かみるみる内に真顔になっていった。
何だ、いきなり……?
急な変化に戸惑っている俺を余所に、棚見は手に持っていた剣を――俺の方へとぶん投げてきて……ッ!?