第48話 美女の償い
「お、俺も……どうして石を戻したか、よくは、わからない……けど」
「あなた自身も自分の力を把握出来ていなかった、という事? そう……。思えばあなたがしっかり話しているのを見るのは初めてかしら? 結構渋いのね、あの子が好きそうだわ。もういないけれど」
「あ、やっぱりお姉さんもそう思う? 顔もイイし声もシビいんだからもっと自信もってって思うんだけどね~、ね?」
「……知るか」
何を変な所で意気投合しているのか。
この女に命を狙われなくなったのはいいが、今度はもっとやばい奴が現れてしまった。
この問題をどうすれば? さっき女は言った、放っておけば国が更地になるって。
悠長に構える時間は無いという事だろう。どこまで信用出来るか分からないが、この状況では満更嘘でも無いはずだ。
「で、お姉さんってばこれからどうすんの?」
「その件について、あなた達にも知っておいて欲しいのよ。……単刀直入に言えば、一時的にでも手を組んでみない?」
「それって、お姉さん的にもマズい状況みたいな感じだから?」
「ええ、そうよ。はっきり言ってあれを解き放つ予定なんて無かったのよ」
解き放つ? どういう意味だ? あのドラゴンは何かに封印でもされていたのか?
(封印……まさか!?)
俺は今恐ろしい想像をしている。
あのドラゴンはどこかに封じ込められていた、というのなら……恐らくその場所はあの祭壇――箱の中に入っていた短剣が一番怪しい。
箱に鍵が掛かっていた理由にも納得がいく。あの化け物を閉じ込めていたからだ。
そしてその封印を解いたのが……っ。
「……香月くん? ちょっとどしたん? 顔色がおかしいぜ」
心配する声色から、俺が今青ざめている事が伺いしれる。
(迂闊に手を出すべきじゃなかった。俺は、やってしまった……っ!)
この女の言う警戒心とはあの短剣に対してだったのか。
だがこの状況を作ったのは俺達だ。単に自分の首を絞めてしまっただけじゃない、この国を巻き込んでしまった。
吐き気がこみ上げてくる。足が震え、力が抜け始めた。体が寒い……。
とうとう口元を抑えながら、膝から崩れて落ちていく俺の体。
「か、香月くん!? きゅ、急にどうして……。大丈夫なの?」
背中に手が当てられて、優しく擦られる。だが今はこの気づかいすら苦しい。
このままじゃ……。
「……一つ、もし私の手を取るって言うのなら……少し楽になる言葉を言ってあげるわよ」
「うんわかった。今からお姉さんは仲間と思うぜ」
即答する棚見。悩む素振りすら見せず、手を組む提案を受け入れた。
おそらく俺の為に。
「坊や、大体はお察しの通りだけれど……封印を解く最後の鍵はエルフの血を浴びる事よ」
「……え?」
「彼女は短剣の見せる幻に惑わされて自分の首を切ってしまった。つまり、一番の責任はあの子にあったという事。……そこまで悩む必要は無いわ、本人も自分の命で代償を払った訳だしね」
(と言っても伝承通りに朽ち果てた状態なら、例え血を浴びても……なんだけれど。それを言ってしまったら二度と立ち直れないわね)
つまり、俺達にそこまでの責任は無い、そう言いたいのだろうか?
棚見にも荷を背負わせる事が無くなった。いや、それでも途中までは俺達も関わっていた事だ。
だからか、だから俺達に協力するように言ってきたのか。
呼吸が整ってきた。俺は再び立ち上がり、エルフの女の顔をしっかりと見る。
女はそんな俺の姿を見てか、少しばかり口角が上がっていた。
俺も、この女が微笑む姿をしっかりと見るのは初めてだ。
「私の名前はルシオロ。それじゃあ――よろしくお願いするわね」