第46話 飛び出した災い
外からじゃ内部がどうなっているかは分からないが、あの女たちが生き埋めになっている可能性が出てきた。
地球で一般的な生活をしていた身からすると複雑な心境ではあるが、どうあがいても自分たちの命の方が大事だ。
心情的にも、こんなところからはさっさとおさらばする事にしよう。
――グゥゥォォオオアアアアアア!!!!
「っ!? な、なんだこの音!!?」
「み、耳が……痛いっ!?」
離れようとした俺達のまさに後ろ、崩壊した炭鉱跡地から体験した事のない地響きのような唸り声が響き渡ってきた。
おおよそ体験などした事のない、地球には存在しえない動物の雄たけびを彷彿とさせるそれは、瓦礫の山となった炭鉱跡から宙を制するが如くその姿を大空に示していた。
黒い皮膚を夕陽に照らされてさらに艶を帯びた、巨大な翼をもった爬虫類が。
「竜……なのか? 嘘だろ……!」
「へへ、こりゃ……ちょっとシャレなんないよね。勘弁してくれよ……!」
空に滞在するその姿は雄大。
ファンタジー世界を想像した時、自動的に隣合う存在――ドラゴンだった。
鋭い爪を携えた両手足はおそらく何者も貫き引き裂くのだろう。
だが何よりも俺がおぞましく思ったものがある。それはその牙から滴る鮮血の、目を背けたくなるような存在感だ。
あそこで俺達以外に存在していた生物、その中であんな赤い血を流せるようなものがあるとしたら……。
「食われたのか!? あのエルフ達……」
俺達の命を脅かしていた二人が、より強大な存在により蹂躙されていた。
その事実に身が震え上がった。間違いなく……間違いなく死神が首元に刃を立てている。
「ぁ、あぅ……」
ガチガチと歯が震える。やっと逃げてこれたのに、最後にこんなものが現れるなんて。
恐怖に支配され始めた体、その腕が急に掴まれた。
「……なんでもない。なんでもないって思えば大丈夫だって、ね」
いつものおちゃらけた陽キャの雰囲気が鳴りを潜めながらも、それでもらしくなく落ち着いた声でささやくその人物の名は棚見だ。
「あ、ああ……その、悪い……」
こいつの手から労りが伝わってくるのだろうか? 先ほどよりは余程マシな心持ちを取り戻すことが出来た。
だが現実は変わらない。しかしよく見れば奴はこっちを見ていないのだ、息を潜めて静かに離れれば活路は見出せるはず。
ゴクリ……。
喉を鳴らす間に状況が変化した。
突如突風が吹き荒れたかと思うと、それが翼による作用であると気づいた時には大きな影を伴い移動を開始していた。
あの方角は……森。
「命拾い、したって事でいいよね? っていうかそう思いたいんだけど」
「俺もだ」
二人で深く息をつく。とりあえずの危機は去ったという事だろう。
だがあんな化け物が現れたなんて、この世界の人間はどう対処するんだ? 当然放っておく訳が無いと思うが。
(軍隊が出て来て戦うのか? それぐらいじゃないと無理だろあんなの)
「とてもじゃないけどオレ達でどうにか出来る問題じゃないし、次の町に行こ? それで強そうな人呼んでなんとかしてもらうしか無いんじゃない? ……大体どっから出て来たんだろあんなん?」
そう、そもそもあのドラゴンはどうやって出現したんだ? 原因が分からない。
一つ分かるのは、下手すれば餌食になっていたという危うさだ。早々に炭鉱を出てこれてよかった。
「残念だけれど、そんな悠長な事をしている時間はないわ。この国が更地になっても構わないっていうならそれも仕方ないけど」
どこからか聞こえてきたのは――覚えのある女の声だった。