第36話 幸か不幸か
時間はあまり取れない。どのみちここから脱出できなければ俺達は死ぬのだから。
それでも心臓の音が落ち着く時間も取れないなら、いずれ追い付かれた事だろう。どれだけ気持ちが逸ろうと肉体は追いついていかないのだ。
「ふぅ……。香月くんも水飲んだら?」
「そうだな」
そう言われて水筒を取り出し、棚見と同じように喉を潤して息をつく。
このシンプルな動作にある程度の落ち着きが生まれたようだ。さっきほどの焦りは無い。
問題は、ただでさえ疲れが残った足を酷使したせいでかなり辛い事だ。
(やっぱり一休みする選択は間違ってなかった。この足じゃそう遠くないうちにゲームオーバーだったろう)
焼けるように熱い痛みが足全体を覆う。せめて溜まった熱を逃がす時間だけでも確保出来たらいいが。
「でもま、いざとなったら任せてよ。オレが香月くんおんぶしてめっちゃ走ってあげるからさ」
「それじゃあ共倒れする可能性が高いだろ。……気持ちだけは受け取ってやる」
「素直じゃないよね~」
茶化して来る棚見の声にどこかで心理的な軽さを感じてしまう。
狙ってやったのか? いや、まさかな。
右手に握り込んだ本物のルビーを見る。いやこれがルビーとしての本物かどうかは知らんが。
こんなものの為に追いかけられなきゃならんとは。とっとと手放したいが、炭鉱を出るまではむやみに扱うことも出来ない。
「しかし、宝石の輝きというものは確かに惹かれるものがあるな」
「でしょ? やっぱ綺麗な物っていいよね。オレもアクセでいくつか持ってるよん。ま、本物じゃなくてイミテなんだけどさ。ほら、学生の懐事情じゃ、ね?」
「ふん。ま、こういうものはお前の方が慣れてるんだろうな。俺よりはお似合いだ」
「宝石が似合うって? あ、そういう台詞は女の子的にはアリよりのアリめなんだけど……これがテッパンの文句にはならないんだよね。覚えておくといいぜ」
「そんな口説き文句を言う機会は無いさ、これからもな。しっかし、ほんとに光が……さっきより強くなってないか?」
「え?」
そうだ、ルビーの放つ光が心なしか増していってるような……。
次の瞬間だった。
「な!?」
「お!」
ルビーが輝きを増し、一筋の光となって突き当たりを差す。
するとその光を中心に穴のようなものが出来て、広がっていった。
明らかに向こう側の空間が出来てしまったのだ。
「こ、これは一体……?」
「やったじゃん! こりゃラッキーだべ。オレ達の運も捨てたもんじゃないね!」
喜ぶ棚見とは対照的に俺自信は素直には歓迎出来なかった。
どう見ても穴が怪しすぎる。穴の先に何があるのか……。
しかし、いつ奴らに発見されるかも分からない状況だ。選択肢は無い。とりあえず、この穴の向こう側に何があるかを確認するとしよう。
「ここは慎重に――」
「ほらほら行こうよレッツゴー!」
「おいちょっと待て!?」
腕を引っ張られる形で、思いっきり飛び込む羽目になってしまった。
謎の空間に飛び込んだ俺達。幸か不幸か、背後の穴は塞がり始めていた。