第2話 馴染めない男
女は笑顔を張り付けたまま答えた。
「興奮はお抑え下さいませ。事前にご説明致しました通り、非礼は詫びさせて頂きます」
その言葉のあと、周りの人間は一斉に頭を下げた。
事前に打ち合わせたかのような綺麗さにはうすら寒さを覚えた。
なにより、そう言った本人が相変わらずの笑顔のままで頭を下げないところに、謝罪とは裏腹な圧があった。
こちら側の生徒達は不安からの動揺でコソコソと話し始めた。
「え、何? ドッキリとか?」
「いや、でも……。こんな手の込んだドッキリとかあるか?」
「じゃあ何? 結局アタシたち拉致された的なやつ?」
「……え、マジで!?」
そんな話をしていると、女は笑顔のまま話を続けた。
「どうやら興奮を抑えられないようですね。では、その不安を取り除いて差し上げましょう」
女は右手をこっちに向かって差し出すと――先頭にいる人間からバタバタとへたり込んでいった。
(なんだ!? 魔法って事か!?)
危機感が振り切れそうになったのもつかの間、俺自身も逃げ出す事も出来ずにそのまま……。
朦朧とする意識の中、優しい声色で頭の中に叩きつけれた女の説明。
それはありふれた理由の羅列。
世界の救済やら世界の危機やらをコンコンと脳内に垂れ流され、目的を達成出来ない限り元の場所へと帰せないという。
具体的に何を成せばという説明は無かったが。
不満に思う気力すら奪われた俺達は、それをただ黙って聞く事しか出来無かった。
『では勇者様方の能力を開いて差し上げましたので――これからの奮闘を期待しております』
その台詞を最後に、声は聞こえなくなっていき……。
「……うっ……あぁ」
どれほど寝ていたんだだろうか?
広間にはもうローブの集団はおらず、俺達拉致された高校生が倒れているばかりだ。
どうやら目を覚ましているのは俺だけらしい。
「冗談じゃない。一方的に説明だけして、後は野放しかよ……」
あの金髪の男じゃないが、あいつら全員イカれてるよ。
どうやらクラス転移でも最悪に近いパターンを引いたみたいだ。
とりあえずここを離れよう。どうせ倒れている連中は全員余所のクラスの人間で知り合いなんて一人もいない。
ここでリーダーシップのある人間なら、全員を起こしてこれからの対策でもするんだろうが……残念ながら俺は陰キャだ。そんなコミュニケーション能力は持ち合わせていない。
特にここにいるのは不良に近いような連中だ。起き上がった途端当たり散らされる可能性もある。
俺はまだ完全に起き上がらない頭を押さえながら、その場を離れた。
「まずは落ち着ける場所を見つけるのが先か……」
地下なのか窓すらないから、今が何時かも分からない。
ただ、あの広間にずっといるよりはマシだろう。
「はぁ……。これからどうなるんだよ」
俺は一人そう呟いてから、ゆっくりと慎重に進んで行く。
『異世界転移した俺がチートスキルを駆使することで俺TUEEE無双をしながら好みの女性達とハーレムパーティーを作ることになった件』
なんてのがベタな展開だが……いっそそのくらい都合がいいと悩みも少なくていいんだけど、最悪の事態を想定して動くべきだろう。
期待はしない位が丁度いいはずだ、甘い考えのせいで死にたくない。ここは異世界なんだ、化け物に襲われたら死ぬんだ。