第15話 夜明け
「でもさぁ……。やっぱ一人だけじゃ無理だったよね?」
「ん?」
「オレだけじゃ宿に泊まれなかったし、そもそもここまで来れなかったかもだし。やっぱ香月くんってスゲーじゃんか」
「! …………」
「あれ? もしかして照れちゃってる系? 香月くんってばかっわいい~」
「っさい……! もう寝ろ」
「は~い。香月くんも早く寝なね~」
年季の入ったランプを消せば、暗闇と共に静寂も訪れた。
と言っても完全に暗いわけではなく、窓から月明かりが漏れていた。
見ているだけでやさし気にまどろみを誘うような光。
明日も頑張れる。そう思わせてくれるような、そんな月の光……。
………………。
「……ん、オヤスミ」
◇◇◇
「いやーきっもちいい朝だね~! 今日も一日フレッシュ全開!」
「……そのテンションは朝からきついわ」
宿の共同洗面台で顔を洗い終わった途端に隣で喚かれたせいで、こっちは新鮮な気持ちにいまいち慣れない。
ただでさえ朝が苦手なのに、このテンションにつき合わせれるのはきつい。
「ほら、終わったら行くぞ。ここは自分の家じゃないんだから次使う奴に空けないと」
「あ、ちょっとまってよ。オールインワンとか使わないの? 顔洗ったんだし」
キョトンとする棚見の手には何故かチューブが握られていた。こんなの持ってたのか?
俺と同じ手ぶらだったはず、制服の内ポケットにでも入れてたのか。
「はい」
「……」
自分に使い終わったそれを、今度は俺に渡して来た。
ここで拒否するのもなんだと思い、受け取る事に。
「あんまり慣れた感じしないね」
「肌の手入れに興味が無いだけだ」
「え~もったいない。結構キレイな肌してんじゃん、大事にしないとだぜ」
こういう細かいところでもやっぱり陽キャとの考えの違いを見せつけられた気分。
……ただ、せっかくの褒め言葉は素直に受け取る事に。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしてます」
受付の店員に鍵を返し、料金を払って店を出た。
外は気持ち良く朝日が出ていて、人の往来も穏やかながら活き活きと感じる。
「ご飯食べなくてよかったん? 折角朝から食堂してんのに」
「だから昨日たくさん食べたんだ。金も心もとないから、飯を抜ける時は抜いて節約しないと」
「ああそうなんだ。でもどこかでパンぐらい買っとこうぜ。ほらいつ食べられるかもわかんないし」
奴の意見も最もだ。
だけど今優先したいのは情報収集だった。
俺が町を目指して何よりの目的。それはとにかく情報を手に入れる事だった。
井戸端会議レベルでも構わない。知らないことが多すぎるのが問題なんだ。
俺はこの辺りの地理すら知らない。今自分が何処に居るのかすら把握出来ていないのは今後に大きな支障が生まれる。
具体的なこちらの事情を言ってくれなかったあのローブ連中のせいでこんな事をしなくちゃならないのは癪だが、今はそれも仕方がないから受け入れる。
……本当なら棚見をここで撒く予定だったが、しばらくは様子見だ。
「なぁ棚見、これから……。あれ? 棚見?」
「お姉さんそれ重そうじゃん。家まで運ぼっか?」
「ん? 手伝ってくれるんなら歓迎だけどね。嬢ちゃん、こんな見た目の女はおばちゃんって言うもんだよ。ま、嬉しくないって言ってら嘘だけどさ」
「そう? まだまだお姉さんでもイケる感じに肌ツルツルしてるじゃん。だからオレが手伝ってもっとお姉さんの期間を延ばしてあげちゃうよ」
「上手い事言うもんだね、気に入った。あたしパン屋やってんだ、御礼に後で好きなの持っていきなよ」
「マジ? じゃあ友達の分もオッケーな感じ?」
「大歓迎さ」
「やり! そうと決まったらオレ張り切って運んじゃうよ~」
辺りを見渡すと、棚見はいつの間にか見知らぬ女性の荷物を運んでいた。
お、落ち着きの無い奴というかコミュ力が有り余ってるというか……。
「香月くんも手伝っちゃって~! ほっぺた落ちちゃう系の美味しいやつ食わせてくれるって」
「ははは! あんたってばほんとに嬉しい事言ってくれるね」
……情報収集、あいつに任せた方が上手くいくかもしれない。