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恥ずかしいから覗かないで!

 出た先は緑が平らに広がっている広大な土地だった。具体的な広さはわからないが、2種類の球技を同時に執り行えるくらいはある。

 これから行われる模擬戦には十分な広さだろう。


 当事者2人が中央へ進み、僕たち観戦者は隅で腰を下ろした。


 灯吾とフィジュラスの二人は、模擬戦でのルールを確認しあっていた。離れすぎていて僕の元までその声は届かない。


 僕はじっと灯吾たちを見つめながら思う。

 どうしてこんな事になったのやら。

 僕は《要請》をやりたかったのだが、気がつけばここにいる。


「模擬戦かぁ」


 まあ、正直嫌いじゃない。むしろ好きだ。とても興味がある。


 予定が狂ったのは残念だが、せっかくだ。楽しまなければ勿体無い。


 気を取り直して僕は2人を注視した。どちらを応援するか。先にそれを決めておきたい。迷いどころだ。


 確か灯吾は魔法使いを自称していて、フィジュラスは魔法剣士だと聞いている。


 フィジュラスがいかに距離を詰められるかという戦いになるのかな?

 それとも距離を詰められた灯吾が、いかに対処するかという戦いか。


「どっちが勝つと思う?」


 俺は問われた先へ、ちらりと視線を向ける。

 勝利予想か。前回は灯吾が勝ったみたいなことを聞いたが。


「わからない。初めて見るから――えっと」


 そういえば、隣に座るこの女性の名前を知らない。

 呼び方に困り口ごもっていると、女性が目元に影を落とした。


「あぁあ、私の名前? 知りたい? どうしようかなー」


 意地悪な目でなぶられた。

 面倒くさいな。そんなことを考えていたら、顔に出たのだろうか。


「あっはっは、ごめんよ。困らせるつもりはなかったんだけどね」


 そう笑われた。


「別にいいよ。教えてくれなくても」

「そっか。私の名前は知らなくても困らないか」


 ……本当に言わないつもりか?


 女性は「わぁ」と顔を朗らかに、灯吾とフィジュラスに集中していた。

 僕のことなど、もう忘れてしまった様子である。


「ほら、始まるよ」

「みたいだね」


 結局どちらを応援するか決められなかった。僕は魔法が好きなので魔法を使う側……両名魔法を使うっぽいんだよなぁ。


 フィジュラスが剣を抜く。エメラルドグリーンの刀身が輝いた。


 審判のような中立は存在しない。お互いに始まったと思えばそれがスタートの合図。


 先に動いたのはフィジュラスだった。土につま先をめり込ませながら、凄まじい脚力で距離を詰める。

 柄を両手で握り直し振りかぶる。


 シューノスであれば「あっ」と言う間に胴を分割されかねない勢いと迫力。

 それを前にして灯吾は笑った。


 稲妻がほとばしる。灯吾は正面から力任せに押しつぶそうとする一撃を放った。


 真っ直ぐ突っ込むフィジュラスと、轟音の雷が衝突する。その瞬間、剣に触れた雷が2つに割れた。


「やばっ」


 初回の邂逅。それだけで両者の実力を知る。


「今の雷撃、どれだけの魔力を込めたんだ?」


 魔法についての知識があるからわかる。灯吾放った魔法の威力は異常だった。


 それを切り落としたフィジュラス。返す刀で追い立てるも、灯吾が後退したため届かず空振った。


 お互いに再び足を止める。


「準備運動が終わったみたいだねェ」


 今ので準備運動か。

 灯吾の魔法は、並の魔術士じゃ全魔力を投入しても届かないほど高威力だった。それを前に、冷静に対処したフィジュラスもイカれている。


 僕が知っている魔法と、灯吾が使用している魔法のシステムは根本から違うのかもしれない。それでも高威力を出そうと思えば、それなりのコストが掛かるはず。


 僕の周りに居る強者といえば父だが、その父ですらこの2人の前に立てるかどうか怪しいところだ。


「お父さんって凄いの?」

「えっ?」


 唐突な質問に体が跳ねる。

 丁度父について考えていたときだった。あまりにもタイミングが良すぎる問いかけだ。

 質問に答える前に、意図に目が行って離れない。


 ただの偶然か。それとも僕は思考を、無意識のうちに口に出していたのか?


 答えずにいると、女性は恥を知ったように徐々に顔を赤くしていく。


「あーいやっゴメンねェ。気にしないでいいよ」


 今の誤魔化しで裏があるのだと確信してしまった。


「無理。気になる」


 灯吾たちから完全に意識を外し、女性に向き直る。


 僕は強硬な姿勢を貫くつもりだ。『あなたの秘密を暴くまでは離しません』と態度で示した。

 女性はそれを構わないと受け入れて微笑む。


「じゃあ当ててみてよ。君の疑惑の正体を。簡単だからサ」

「隠したいんじゃないの?」

「現実世界でなら、本気で隠そうとするけどねェ」


 女性は悪役のようにクスクス笑った。


 疑惑の正体か。父について考えているときに丁度、父に関する質問をされた。

 彼女が言う通り答えが簡単だとするなら。


 思考を読む能力?


「半分正解。ねっ? 簡単だったでしょ?」


 そいつはまたまた厄介な。


「じゃあもう半分は?」


 ニヤリとしながら、彼女は僕の耳元に唇を近づけた。吐息が耳に掛かりこそばゆい。


「私はね。君が転生者だということを知っているんだ。なんでだろうね」


 突然のことで僕の思考が固まった。

 転生者だと当てられたからではない。僕に女性への耐性がないからだ。耳元で囁くのはやめてくれ。


 なんとか意識を取り戻して考える。僕が転生者だということは誰にも言っていない。思い浮かべてすらいなかった。つまり――。


「もしかして、読むのは記憶ってこと?」

「少し遠ざかったけど、当たりでもいいや。だから私は君を子ども扱いはしないよ」

「それはありがたいけど」


 常に心を読まれていると考えると怖いな。エロいことは考えられないわけか。


「気にしないで。慣れてるし、私は口が堅いから。そんな可愛らしい成りで、えげつないこと考えちゃっても大丈夫」


 それって信用できるのだろうか。どうせ裏であれこれ噂される気がする。


「私が噂を流すとしたら、計画立ててやるからね。価値があるものを無償で提供するなんてやるわけなーいよ」


 エロい妄想に価値があるとは驚いた。


「だって人に言われたくないでしょ? 口止め量を取れるかもしれないじゃなィ?」


 やっぱり言いふらすのかよ。信用しなくてよかった。


「私はそんな口止め量よりも、黄昏の城での信用を失う方が怖いから、本当に言わないよ」


 多分これは本心だろう。今までとくらべて落ち着いた口調がそう思わせた。

 という思考誘導までがおまえの策略か?


「シューノス君は誂う甲斐があるなァ」


 なんだろう。灯吾とフィジュラスの模擬戦を見に来たはずが、こいつの言葉に惑わされるだけの時間になっている。

 真剣に戦っている二人に悪い気がしてくるほどだ。


「ところで、名前はなんていうの? いい加減教えてくれない? おまえとか、こいつとか呼び続けるのは不便なんだけど」

「そんなに私の名前を知りたい? いくらまで出せる?」


 有料の自己紹介なんて初めて聞いた。しかし考えてみれば、ありえなくはないのかもしれない。主に後ろ暗い職業の人は名前を隠したがりそうだ。


「自分の世界では偽名を使っているからね。私の本名ほど高価な情報はないかなァ」


 高価な情報か。


「情報を売ってるの?」

「黄昏の城ではやってないよ。こっちでは基本的に無償提供することにしてる。その方が何かと便利だからね。頭の中を覗く能力も簡単に明かしたでしょ?」

「名前は有料なのに?」


 灯吾とフィジュラスの2人がまたぶつかり合う。雷鳴が轟き、フィジュラスが生み出した水の盾と衝突した。


 観戦をしながら横目で彼女を見つめる。彼女も観戦モードに入っていたが、すぐに微笑んだ。

 きっと僕が横目を向けていることも、心を読んで知っていたのだろう。


「ルナファビア」


 突然、彼女がそう言った。

 なるほど。俺は察して頷いた。


「偽名?」

「本名」

「よろしく。ルナファビア」

「こちらこそよろしく。シューノス君」


 ルナファビアか。覚えるのが大変そうな名前だ。省略して『ルナ』とか愛称で呼ぶことにしよう。


「私たち、だいぶ打ち解けてきたよねェ」

「不本意だけど、黄昏の城の内外含めて、一番心を開いて喋れるのはルナだね。心を読まれるから、開くしか無いんだけど」


 エニアにもここまで本心をぶちまけられるかというと難しい。傷つけまいとどこか遠慮してしまう。


 しかし……心を読む能力か。不思議と嫌悪感はない。何を言っても、何を思っても受け入れてくれるだろうという安心感がどこかにある。

 本当に心を読めるなら、僕なんかとは比べ物にならない、えげつない妄想にも慣れていそうだ。


 だからこそ、初対面の今日、ルナファビアは能力を明かしたのかもしれない。

 もし隠されていたら、隠した長さに応じた敵愾心を抱いていた気がする。


 つまりルナファビアは『仲良くなりましょう』と言っているわけか。


「教えてほしいんだけど。私の能力でもはっきりしないところがあってさ。いいかな?」

「なに?」

「君はシューノス・リュスタルト君それとも――君? どっちなのかな?」


 そうか。ルナには前世での名前も筒抜けか。


「両方僕だよ。前世と今生で性格が違うし、自分でも頭の中がぐちゃぐちゃになってるのは認めるけど。でも両方僕だ。忘れてたことを思い出して、考え方を変えることだってあるだろ?」

「私にはあまりないかなァ。忘れるってことがないから」


 それは羨ましい限りで。


 会話はそこで打ち切られた。模擬戦が熱を帯びたからだ。


 フィジュラスの水の盾は雷撃を受けると膨らんで弾けた。その飛沫が氷の槍となって飛散する。


 視認困難な氷の刃。薄く小さくても、人間を惨殺するくらいなら容易にできる鋭利な刃だった。


 そのどれも灯吾まで届くことはない。灯吾は電流を体に纏わせる。電気の層が氷を受け止め溶かしてしまった。


 フィジュラスの攻勢は止まない。溶けた氷は水になる。水は膨張すると爆発し、今度は火となった。

 灯吾は火をどう受け止めるのかと思えば、もうそこに灯吾はいなかった。


 ゼロ時間移動にも等しい超高速移動。フィジュラスの背後に回り、槍のように伸びた雷撃を突き刺す。


 目視できない一撃。しかし予測は簡単だったようだ。フィジュラスの周囲には、既に土の壁が完成している。壁に触れた雷の槍は儚く潰えた。


 圧倒的な出力の雷と、多彩な魔法とのぶつかり合いに目を奪われる。


 一進一退の攻防。見ているだけで、とろけそうだった。


 魔法はやっぱり魅力的だ。憧れるなと言う方が無理である。


 前世での非現実に対する愛着。今生での魔法への執着。

 2つが合わさると、感情があっという間に爆発した。


 やっぱり魔法を捨てるなんて、僕には不可能だ。誰かが『諦めるのは簡単』なんて流布していたが、あれは真っ赤な嘘である。


 僕もこれだけの魔法を使いこなしたい。自分が魔力を持たないことも忘れて、魔法士として輝く将来を盲信する。


 魔法士になれない理由なら列挙できる。しかしその逆は難しい。


 それでも僕は決めていた。魔法士になろう。

 どんな形でもいいから、魔法士になってやる。

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