黄昏の城 二日目
僕はベッドで寝入ると、夢ではなく黄昏の城へとやってきた。
今日が二度目になる。
おおよそ7日ぶりくらいだろうか。白と黒だけの城を見上げていた。
以前にここへ来たときは、オークに殴られ死にかけたときだった。
あの時から代わっていない。やはりここは不気味だ。
世界に自分ひとりだと錯覚しそうなほどに静かで風すらない。昼も夜もなく、常に太陽が登っている。
日に当たれば暖かくなるものだが、それもない。体感温度はどこに居ても常に一定だった。
とりあえずこの城を歩き回るとしよう。
初日と比べたらだいぶ慣れたものだ。
初日にこの城に関する情報をいくつか教えてもらっている。
それを思い出しながら、アオと歩いた道を辿った。
この城は、通称《黄昏の城》と呼ばれている。正式名称は不明。
滞在時間は一回につき最大で5時間まで。城に入るには眠るだけでいい。
目を覚ますか五時間経過すると、城の外へ吐き出される。
黄昏の城に招かれるのは、生死の境を彷徨った経験がある人。他にも条件があると思われるが不明。
アオはこの場所を、『数多ある異世界の中間点』と呼んでいた。他の人にも確認したところ、言葉通りの意味と取っていいらしい。
前回、自己紹介を聞いたのは、『時原灯吾』『フィジュラス・ディエント』『ナサリエ・ファント』。この3人にアオを加えた4人だった。
聞くところによると、全員が違う異世界の住人らしい。
僕の名前はシューノス・リュスタルトだ。リュスタルト家は名門で、国内外に名を轟かせている。この名を出せば、誰もが目を覚ますくらいには刺激的な名前だ。
しかしこの4人とも、リュスタルト家を全く知らなかった。
平行世界のような、別世界に住んでいるなら理解できる話だ。さすがにリュスタルト家の名であっても、世界の壁は超えられない。
異世界転生を果たした僕が、異世界の存在を否定するのは不可能だ。
今僕が生きている世界と、前世で生きていた世界。他にも無数の世界が存在するのだろう。
ここ黄昏の城は、そんな無数の世界から条件を満たした人のみが選ばれ入城する。そんな場所だった。
黄昏の城では毎日、《要請》というものが発行されているらしい。
要請ごとに条件が設定されており、クリアするとポイントを獲得できる。ポイントを利用することで様々な特典を得られる仕組みだ。
この要請が実にゲームチックで、興味の的になっていた。
【ダンジョンの攻略】
黄昏の城には、ダンジョンが湧くらしい。城での滞在時間が5時間という制限があるため、基本的に難易度が高く、複数人で挑むのが常のようだ。
【ボス討伐】
強敵を呼び出し、それを倒すと溢れるほど多額のポイントがもらえる。どれも理不尽なほどに強く、ソロ攻略は諦めろと言っていた。
【掃除をする】
文字通り、黄昏の城を掃除する。窓を拭いたりゴミを片付けたりだ。
他にも【特定の敵を倒せ】とか【アイテムの納品】とか【外敵の排除】とかあるらしい。
例外はあるが、多くの要請が戦闘力を重視しているような印象を受けた。
僕は簡単な要請をうけたいと考えている。話に聞いていた特典の中に、欲しいと思えるものがあったからだ。
それは入城券と呼ばれる権利だ。
基本的に、黄昏の城には毎日来られるわけじゃない。
眠る気絶するなどして意識を手放したときアトランダムに誘われる。僕は7日で当選したわけだ。
しかし入城券があればランダム性を無視して、城に入りたい日を選べる。
明日も明後日も来たいと思えば、それも可能になるわけだ。
この権利は、特に高難易度の要請をこなすときに重宝すると聞いた。実力者が示し合わせるのだ。
これは使い切りの権利。毎度、取り直す必要があるが、それだけの価値がある。
僕は以前アオに案内された広間まで足を運んでいだ。
作りは広間よりも食堂に近いが、食事は出てこないらしいので広間と称している。
広間には数多のテーブルと椅子が並んでいる。おそよ百席はあるだろう。
行列ができる料理店でもここまで椅子を並べることはない。
それだけ広い空間をたった4人が専有していた。
知っている顔と知らない顔が並んでいる。
「おぉお、来たね。シューノス君だっけ? 間違ってたらごめん」
「こんにちは灯吾さん」
「以前よりも元気そうだな」
時原灯吾とフィジュラス・ディエント。この二人は仲がいいのだろうか。今日も一緒だった。
そして知らない顔が2つ。
「誰ぇ?」
テーブルに腰を掛けて足を揺らす女性と。
「あれま。可愛い子が来たもので」
行儀よく食事をしていた女性が手を休める。その人は微笑むとすぐに食事へと戻った。
あれ? 食事って出るの?
僕が疑問を抱えつつ、人見知りを発動していると、灯吾が間に入ってくれた。
「こちら、シューノス・リュスタルト君。まだ来たばかりの子だから優しくしてあげて」
「よろしくー」
テーブルの上から手を振られる。僕は条件反射で振り返した。
「よろしくお願いします」
その人は飄々とした女性だった。垂らした足を前後に振りながら、メトロノームのように頭も左右に動かしている。
かと思えば、勢いをつけてテーブルから飛び下りた。
「ねぇねぇ、今さ、そこの二人が模擬戦をするって話してたんだけど、一緒に見てく?」
「模擬戦?」
そこの二人とは、灯吾とフィジュラスだった。
「まあそんな話をしてたけど」
灯吾は頷く。
「本当にやるか?」
「構わないよ。以前は負けたし意趣返しには丁度いい」
「決まったぁ?」
女性はふらふら揺れながら、二人の間に入る。
「じゃあ行こう!」
エニアとは違うが、賑やかな人だ。灯吾とフィジュラスの腕を掴んで、中庭方向へ歩いて行く。
食事中の女性はそのまま無視。
僕は呆然と立ち尽くした。だって、急すぎるでしょう?
「何してんの? ほら行くよー」
その言葉に誘われて、僕も中庭へと向かう。
挨拶すら中途半端なところで、初対面の女性に予定を勝手に決められて、わけがわからず頭の中は真っ白だった。
やっぱり食事中の女性は無視を決め込み動かなかった。