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レノワール・リュスタルト

落ち葉を片付けるくらいならできるが、クッションになってくれた植木を元に戻すのは不可能だ。

 僕が勢いよくぶつかったせいで、多くの枝が折れてしまっている。


 庭師さんが整えてくれたのに、申し訳ないことをした。


 黙って帰るのも気が引けて、一言謝罪を残してから自室へと返った。ちなみに庭師さんは、植木よりも僕のかすり傷に心を痛めたようだ。

 なんというか、余計申し訳ない。


 部屋への帰り道、何人かの使用人とすれ違ったが、庭師さん以外に僕の怪我を気にする人はいなかった。ズタボロになった服を笑う者ならいた。


 そのおかげで、スムーズに自室へと到着する。


 部屋に入って、まず僕は目を丸くした。


「あれ?」


 そこにはレノワール兄さんがいた。


 歳は僕の2つ上。ルドゥワ兄さんの2つ下の、リュスタルト家次男。

 勉強も魔法も、同年代と比べると頭が3つ4つ抜けている。僕とは違い、父からの信頼も厚い。


 まるで優秀を絵に書いたような自慢の兄だ。失敗するところをは想像すらできない。

 ついでに顔もいい。


 部屋を間違えたかと思い、一度外へ出る。


「合ってるよ」


 中からの声と見慣れた廊下に、再び部屋に入った。


「どうして兄さんがここに?」

「怪我をした弟の見舞いに来たんだよ。その弟は怪我が治っていないのにすぐに部屋を抜け出すから困ってるんだけど、どうすればいいと思う?」

「ごめんなさい」

「退屈かもしれないけど、完治するまでは無理しちゃ駄目だよ。それより――」


 レノワール兄さんは笑顔を解いて、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「どうしたらこうなるんだか」


 僕の体のあちこちにある、かすり傷に呆れてため息をした。ルドゥワ兄さんの魔法で吹き飛ばされた際にできた傷だ。


「座って。手当をするから」

「これくらい大丈夫だよ。放っておけば治る」

「手当をするから座ってって言ったんだけど」


 これは有無を言わせないやつだ。抵抗すればするほど長くなる。僕は黙って従った。


 もしこの場に他の誰かがいたら、何を思うのだろうと妄想する。


 屋敷の従者であれば、レノワールという将来有望な子息に雑務をさせたことを恥じるかもしれない。

 ルドゥワ兄さんがいたら、『そんなことをする必要はない』とレノワール兄さんの手を払うだろう。

 エニアだったら、レノワール兄さんと一緒になって治療をしてくれるだろうか。


「どうしてこんな怪我を?」

「植え込みに突っ込んじゃって」

「それだけじゃないでしょ」


 あまりルドゥワ兄さんの名前を出したくなかったが、お見通しのようだ。


「ちょっとルドゥワ兄さんと喧嘩しちゃって」


 レノワール兄さんに驚いたような素振りはなかった。


「どうして兄さんはいつもこうなんだろう。シューノスは悪いことなんて何もしていないじゃないか。いつも辛い思いをして、かわいそうだとは思わないのかな」

「僕は気にしてないから大丈夫だよ」

「それはシューノスの悪いところだ。もっと自分を出していいんだよ。嫌なら嫌と言えばいい」


『言ったところで変わらない』という言葉を飲み込んだ。この言葉こそ、言う意味がない。


 傷口には軽い消毒の後、薬が塗られたテープを貼られた。


「これでよし。もう安静にしていないと駄目だからな」

「はーい」


 不満げに唇をすぼめてみると、レノワール兄さんは声を出して笑った。


「シューノスにも専属の従者がいれば良かったんだけど」

「いらないよ。居たら部屋から抜け出せなくなる」

「だから居てほしいんだよ。あまり僕を心配させないでくれ。なんなら僕から父上に頼んで――」

「いらない。大丈夫だから」


 目を合わせながら強く言い放った。レノワール兄さんは言葉を失う。

 強く言い過ぎたか? 僕はちょっとばかしの後悔を覚えた。


「ごめんなさい」

「僕こそ。シューノスの気持ちを考えていなかった」


 リュスタルト家の子どもには、一人の例外を除き、世話役の従者がついている。基本的な雑務や時間の管理は、その従者に任せれば間違いない。


 例外とはもちろん僕だ。実はつい最近までは居たのだが、遂に父が外してしまった。父に見捨てられたと思った理由の一つである。


「とにかくしっかり休め。たまには何もしない日があってもいいだろう?」


 僕は頷く。

 レノワール兄さんには心配をかけた。オークから僕を助け、運ぶときの気持ちはどんなものだったのだろう。

 その間の僕は意識がなかったので推測もできないが、気が気でなかったに違いない。


「もう無茶はしないと誓ってくれ」


 そう願うレノワール兄さんは、前世を取り戻す以前の僕よりも悲痛な思いを抱える様子だった。


 僕を凌駕する美形の兄さんに言われれば、断れるはずもない。


『無茶』のラインがどこにあるのかわからないが、僕は頷くしかできなかった。


 頷きながら、心の中で謝罪する。きっと僕はこれからも無茶をし続けるだろう。

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