ルドゥワ・リュスタルト
よし、終わった。
無心になって集めた落ち葉の山を自慢気に見下ろす。たまにはこうやって雑用をこなすのも悪くない。思っていた通り気分転換になる。
やることは終わったし、また散歩を再開しよう。
箒をもとに戻したとき、後ろから嘲笑する声がした。
「本当にこんなところにいるんだな」
振り向くと、リュスタルト家の長兄がいた。ルドゥワ・リュスタルト。兄は僕を特に嫌っている。
「ルドゥワ兄さん」
「使用人の真似事でもしてるのか? よく似合ってんじゃん。褒めてやればいいか? お掃除ご苦労さん」
僕はルドゥワ兄さんが苦手だった。魔法の勉強をすれば、横から茶々を入れてくるからだ。『俺に付き合え』と言われ、小間使のように働かされたこともある。
嫌だと反抗すれば、ルドゥワ兄さんは決まって手を出す。僕は殴られたくない一心で、嫌々付き合っていた。
そんなことばかりで、ルドゥワ兄さんとのいい思い出はまるでない。
しかし前世の記憶を取り戻した今、苦手感情は薄れていた。一番の要因は、ルドゥワは兄ではあるが、実年齢が九歳とまだまだ幼いからだろう。
長兄として、名門リュスタルト家の威厳を守るために、肩肘張った言動も見受けられる。
大人の目線からではまだまだ未熟。前世の僕からすれば、意地悪な言動も可愛く見えてくる。
「そういや聞いたぞ。オークに頭を殴られたって。なんでそれで生きてるんだよ」
「多分レノワール兄さんが――」
「知ってるよ。レノワールがおまえを助けたんだろ。あいつもあいつで余計なことばかり。エニアも泣いてうるさいし、父上だって……」
「父上がどうかしました?」
「迷惑してるんだよ。魔法が使えなければ、リュスタルト家の人間じゃない。おまえがいるだけで、家名に傷がつくんだ。……ほっとけばよかったのに。なんでレノワールはこんなやつを助けたんだよ」
言いたいように言わせてしまうのが一番だと思った。
それでルドゥワ兄さんのフラストレーションが開放されるとは思わないが、僕が変に楯突けばより逆上させかねない。
僕は劣等感を演出するために顔を伏せた。
こうすればルドゥワ兄さんは気分をよくする。弁えてるだなんだと言葉を連ねて悦に浸るのだ。
今まではそうだった。
「――おまえ魔法を学ぶことすら止めたんだな」
その言葉に含まれていたのは失望。
これはまずいと思い、僕は急いで顔を上げる。ルドゥワ兄さんの目はかつてないほど冷ややかだった。
「諦めたわけじゃない。別の道を模索しているんだ」
弁明しても瞳の色は変わらない。
「別の道? 本当に使用人にでもなるつもりか?」
「違う!」
「おまえもうこの家にいらないよ」
ルドゥワ兄さんは有無を言わせなかった。
僕が言い訳をするより早く、周囲の空気が動き出す。エニアと同じ風の魔法。ただし威力は雲泥の差だ。
「おまえ魔法が好きなんだよな。見せてやるよ」
兄さんはニヤリと嫌らしく挑発してから僕を突き放す。
次の瞬間、風の弾丸に悪意が乗せられ、僕の全身を貫いた。顎から足まで、強い衝撃が響く。
子どもは軽い。しかしそれとは関係なく、ルドゥワ兄さんの魔法は強力だった。
踏ん張ったところで耐えられるわけもなく、両足が浮き上がり、そのまま後方に吹き飛ばされる。
幸いにもここは庭園だった。僕は植木に突っ込む形で落ち着く。
枝葉がクッションになったおかげで、壁や石畳に体を強く打ち付けられることはない。首や腕などを、枝で細かく切っただけで済んだ。
舞っていた砂埃が落ち着いてから、僕は痛む首に手をおく。
今の魔法は怪我人に向ける威力ではなかった。植木がなければどこまで飛ばされていたかわからない。流血沙汰になるほどの破壊力はあっただろう。
本来であれば、だが。
「あれ? なんでこれしか威力が出ないんだ。もっと強くしたはずなんだけど」
ルドゥワ兄さんはそう言って顔を顰めた。
原因は僕が知っている。
能力を使用したのだ。黄昏の城では《マジックコンデンサー》と称される能力を。
その意味は、他者の魔法を吸収して蓄えること。
魔法を吸収すれば、その分の威力が落ちることがわかった。
まだ能力には慣れていない。吸収できたのは、ほんの一部だけだった。もし全部を吸収できるようになれば、事実上の魔法の無効化を体現できるかもしれない。
それに何より――。
僕もルドゥワ兄さんを無視して、自分の両手に目を落とす。不思議な温かさ、初めての感覚に浸った。
これが魔力か。
実際に魔力を手にしてみると、いろいろな思いが湧いてくる。
かつて何よりも欲した魔力。少量とはいえ、僕の手の中にある。
あれやこれや考えていると、ルドゥワ兄さんが唾を吐いた。
「何笑ってんだよ。気持ち悪い」
僕の姿は余程奇妙に映ったようで、ルドゥワ兄さんは不満を残したまま立ち去った。
残された僕は吸収した魔力と向き合う。ルドゥワ兄さんの魔力。吸い取れた量が少なくて、体に残る火照りは豆電球みたいだ。
「魔法か」
手を前に出してみる。今まではこうしても魔法が出ることはなかった。
でも魔力を内に抱えた今なら――。
いいや、今は止めておこう。この魔力は使い切りだ。
初めて得た魔力を簡単に放出してしまっては勿体無い。もう少しこの温かみを感じていたいのだ。
ルドゥワ兄さんにも感謝をしなければ。
僕を魔法でぶっ飛ばしてくれてありがとう。