表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/8

エニア・リュスタルト

 僕は今まで魔法以外には一切目を向けなかった。取り憑かれたように魔法へ没頭する姿は、使用人なら一度は目にしたことがある。


 それが頭の怪我を機に逆転。魔法を忘れたような僕の日々は、使用人たちの話題作りに貢献した。


「頭を打ったでしょ。記憶か感情を無くしたんじゃない?」

「身の程を知ったのさ。シューノス様はリュスタルト家、始まって以来の無才だもの」

「溜まったものが爆発する予兆かも。急に暴れなければいいけど。変な仕事を増やされたら、たまったものじゃないわ」


 耳を立てれば、好き勝手言う声が聞こえてくる。


 どうせなら混ざろうかとも思ったが、それはそれで面倒なのでやめた。

 



 僕は庭を散歩していた。


 庭園の草花は日によって様相が異なる。それらを楽しみながらの散歩は悪くない。


 文句を付けるなら、たまに噂話のネタを仕入れにくる使用人が、影から僕を見つめるくらいだ。

 それがなければ素晴らしく完璧な時間だったに違いない。


 頭の怪我は快方に向かっている。そろそろ剣の練習を始めたいところだ。

 花壇に立てかけられた箒を剣に見立て振ってみる。


 前世では剣なんて持ったことはない。もちろん今生でもそうだ。当たり前だが酷く乱れた動きだった。


 剣術を教えてくれる家庭教師がいれば解決するのだが。


「父上は認めてくれないだろうなぁ」


 既に見放されている僕では、魔法に関連付けても聞き届けられない気がする。


 ついでに言うと、木剣の用意も難しい。リュスタルト家には潤沢な資産があるが、僕個人はまた別だ。小学生の小遣い程度も持っていない。


 箒であればこうして振れるが、箒と剣ではまた違うだろうし――。


「シューノス兄様、居たああああぁ」

「お嬢様、走らないでっ」


 突然の叫び声で、箒から目が離れた。


「エニアか」


 たった一人の可愛い妹が駆けてくる。淑女となるべく教育を受けているはずだが、外聞気にせず両腕を振り回しながら全力疾走する姿は、淑女よりは猪に近い。


 スカートの裾を踏んづけてすっ転ばないか気を揉んだ。

 転んだら転んだで可愛いんだけど。


 幸い怪我はなく、妹は僕に飛びついた。勢いで鼻水が僕の服にへばりつく。


「兄様はここで何してるの? お怪我はもう痛くない?」

「エニアに用事あって、僕に会いに来てくれたんじゃないの?」

「ないよ」


 僕は走り疲れた侍女へ確認を取る。

 こうして会えたのは示し合わせたわけではなく偶然だという。つまり運命。


「そうかぁ」


 僕は頭を撫でてやる。すると「もっとやって」とせがまれた。


 やばい。顔が崩れていく。エニアが喜ぶ声がたまらない。


 決して口には出せないことだが、以前の僕は劣等感を抱えていた。

 エニアが魔法を使えたと聞いたとき、喜ぶよりも先に妬んだ。僕はいつになっても、どんなに頑張っても使えないのにと――。


 その感情を押し殺して生きてきた。決して表に出すまいと努力した。

 なぜならエニアが可愛いから。この子に気を使わせたら兄として失格だ。


 エニアの笑顔を見る限り、うまく隠せていたようである。


 しかし後ろに立つ侍女には見抜かれていたかもしれない。彼女は僕とは決して目を合わせようとはしなかった。


「兄様、聞いて」

「どうしたの?」

「エニア、また新しい魔法を使えるようになったんだよ! すごいでしょ!」

「お嬢様、それはっ!」


 侍女は息が止まるような思いになったようだ。


 しかし心配はいらない。前世の記憶を取り戻した今、エニアに対して愛情しかなかった。

 妬んだり羨んだりするなんて、そんな馬鹿なことはない。


 僕はまず慌てる侍女を手で制した。


 すぐに優しくエニアの頭を撫でてやる。


「そうなんだ。よかったね」

「うん!」


 本当によかったねぇ。

 いつも元気で、いつも笑顔。エニアを見ていると小さな悩みがバカバカしく思えてくる。


「ねえ、兄様!」

「どうしたの?」

「見て見て!」


 エニアは僕から離れると、庭の隅に手を向ける。エニアの輝く金色の髪がふわりと浮いた。


 風の渦が巻き起こる。エニアの魔法だ。

 それは集められていた落ち葉を巻き込むと、空高く舞い上げる。


「あぁっ、お嬢様ぁ! それはいけませんよ。私が叱られるやつぅ」


 侍女の必死の訴えも聞かずに、エニアはへらへらと笑う。


「ねっ、エニア凄いでしょ!」


 きっと頭を撫でてほしいんだろうなぁ。


「もうこんな魔法が使えるなんて、エニアは天才かもしれないね」


 ちなみに天才とは贔屓目ではない。エニアの年齢で魔法を扱う子なんて殆どいないのだ。


 僕はエニアの頭を撫でてやると、ただでさえ明るく可愛かった顔が、より花開いた。

 反して侍女は忙しなく周囲を気にする。


「お嬢様、逃げますよ。落ち葉を散らかしたのを知られる前に。ね?」

「えーヤダ」

「そう言わずに。ほらお兄様も困ってますから」

「困ってるの?」


 妹よ。崖に立たされたみたいな表情をしないでくれ。『そんなことないよ』と言うしかないじゃないか。


 しかし侍女の言うことも理解できる。この場を誰に見られても、エニアがやったことだから仕方がないで済む気がするが、小言くらいは飛びそうだ。


 僕は膝を折り、エニアと目の高さを合わせた。


「エニアは先に戻ってて。僕はやることがあるから」

「そうなの?」

「ごめんね。エニアの魔法は凄かったから、また新しい魔法を使えるようになったら見せてくれる?」

「うん。いいけど、特別ね」

「ありがとう」


 僕はエニアの頬を、両側からプニュリと潰してから立ち上がる。

 とっても柔らかかった。


「じゃあエニアをお願い」

「ほら、お嬢様、急ぎますよ」

「バイバイ」

「エニア、またね」

「シューノス様も逃げたほうがいいと思いますよ」

「大丈夫。ここ誰かが片付けないといけないから」

「……変わられましたね」

「そうかもね。諦めがついたからかな」

「そうですか。私はお嬢様の世話係なので、これで」

「うん。それで十分。エニアを頼むね」


 エニアは見えなくなるまで、ずっと振り向きながら手を振り続けていた。当然、僕もそれに応えた。


 可愛らしい嵐だった。突如現れ、初手で突進、落ち葉を撒き散らして消えてった。


「はぁ」


 エニアに嫉妬することはないと思ったのだが、実際に魔法を目にするとやっぱり憧れてしまう。

 魔法がある世界に転生しておきながら、自由に使えないこの身が恨めしい。


 持ったままの箒と周囲を見比べる。さっさと掃除をするとしよう。少しは気が紛れるかもしれない。


 よくよく考えると、シューノス・リュスタルトに転生してから箒を使うのは初めてだ。


 父から冷遇されているとはいえ、これでも一応、名門リュスタルト家の子息である。いわゆる貴族。雑用をすることは一度もなかった。


 箒はやけに手に馴染み、落ち葉集めはスムーズに進んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ