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僕が空っぽな人間だと判明しました。

 オークに殴られ意識を失った僕は、黄昏の城に辿り着く。

 あのとき僕はアオに続いて、城へと入った。


 中庭から入り、馬車が通れるほど広い通路を進んだ。

 右に左に、角をいくつも曲がって、大きな広間で行き止まる。


 あの広間はおそらく、騎士が詰める食堂か何かだと思う。


 そこには人が疎らにいた。直感でその人たちは僕と同じだと理解した。

 黄昏の城の住人ではない。僕のように別の場所から飛ばされた人たちだ。


 僕はオークに殺されかけ、意識が飛んだら黄昏の城にいた。

 ここに居る人たちも、同じように何かしらの理由で意識を失って、ここに居るのだろうと推測する。


 広間入り口で足を止めていると、三人が近づいてきた。 


「その子どうしたの?」


 腰に剣を穿く女性が「やっぽー」と手を振る。


「今日来た新しい人だよ」

「最近流行りなのかね? 幼い内にここに来るってのがさ」


 黒髪の男が呆れたように手を広げた。


「ところで君は、流行りに乗る派? 逆らう派? それとも作る派?」


 黒髪の男に詰められる。僕は視線を床に這わせるしかできなかった。

 そこに割って入ってくれたのが、残った最後の一人。


「トーゴ、初対面でうざい絡み方をするな。――悪いな坊主。こいつはいつもこうなんだ。悪気はないし、不治の病のようだから慣れてくれ」

「いやはや。手厳しいですなぁ」


 そこから自己紹介が始まった。

 ちなみに僕は『スキル・人見知り』を発動していたので像のように固まっている。


「じゃあ私からで。ナサリエ・ファントです。よろしく。呼び方はご自由にどうぞ。まあなんだ、年の差はあるみたいだけど、気にしないでナサリエって呼び捨てでいいよ。異名は《風の女神》ってことになってる。風ってよりは剣って感じなんだけどね。一応、この城に呼ばれた人の中でも、剣技は一二を争うくらい出来るつもり」


 彼女が告げた異名、それは城では当たり前にあるものらしい。

 城での立場を表すもので、城に入った時点で決められるとのこと。


「私はフィジュラス・ディエント。異名は《エレメンタリスト》だ。戦闘スタイルは魔法剣士で、様々な魔法を駆使しながら戦う。そうだな、他に伝えないといけないこと……。思い出したらそのときに言うよ」


 フィジュラスは眠たげな目で手を出す。

 僕は拒否できず――彼の思いに応えて握手を交わし、とりあえず作った笑顔を向けておいた。


 残りは1人。トーゴと呼ばれた黒髪の男だけだった。


「時原灯吾。23歳。この城では雷の魔法使いです。困ったことがあったら相談してね」

「異名は《一般人》だけどね」


 クスクスとナサリエが揶揄する。


「実際に魔法使えてんだからいいじゃんかよ」


 時原灯吾。僕はその名前に引っかかりを感じた。

 前世の記憶を取り戻した今では耳に慣れた発音。まさか日本人か?


「魔法使いって言っても、俺が生きてる世界に魔法はないんだけどな。好きな食べ物とかはないかな。何でも食うし。人を嫌いになることも無いから誰とでも仲良くなれるよ。それと、よくバカって言われる。考えるより先に動いちゃうからかな。そんなとこ」


 灯吾は後頭部に手を回して舌を出した。その仕草から陽の気を感じ取る。


 よし、一先ず棚上げにしよう。日本人か確認したいところだが、陰の気を纏う僕とは別人種だ。下手に触れたくない。


一通り名前を聞いたところで、アオが前に出る。


「じゃあ改めまして、僕からも」


 こほんと咳払いを一つ。


「僕の名前はアオです。異名は《カタログNo89・摩滅の星》。仲良くしてね!」


 カタログ?


「なにそれ?」


 素直な感想に周囲が吹き出す。


「来たばかりじゃ、わからないよね」

「簡単に言うと、カタログってのはここでの強い奴リストみたいなもんだよ」

「89番です。よろしく」


 陰の者からすれば居心地が悪い、和やかな雰囲気に包まれる。前世での自分の誕生日会を思い出した。


「それで君は?」


 ついに僕の番か。


 ナサリエは屈み、顔を寄せて微笑む。彼女にそんなつもりはないと思うが『逃げるな』と言われている気分だった。


 視線は反らせても、顔は反らせない。女性に耐性がないとこういうときに困る。

 5歳児が女性への耐性うんぬん言うのもおかしな話だが。


 観念するか。僕は白旗を揚げた。


「えーっと。シューノス・リュスタルトです。よろしくお願いします」


 舌を噛まずによく言えた。我ながら天晴だ。

 しかしナサリエは離れてくれない。なんで?


「ん?」


 まさか続きがあると思っているのだろうか。ナサリエは首を傾げた。


「どうしたの?」


 どうもこうもない。今ので終わりだ。名前以外の何を知りたいと言うのだろう。それ以外があるわけなかろうに。


 やはり自己紹介は質問形式がいい。その方が無駄がない。


 僕は無言で切り抜けようと頑張った。根比べには自信がある。


 しかしナサリエも強敵だった。じっくり圧を強めてくる。キラキラした瞳が眩しくて、炎天下に晒されるナメクジの気分を味わった。


 息が詰まってそろそろ窒息するのではと苦しく思った頃、静観していたフィジュラスが救ってくれた。


 おかげで一命を取り留めて一息つけたのだ。


≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡




「……はぁ」


 僕は自室から外の景色を眺めている。

 小鳥が鳴いていた。時間の感覚が鈍るくらい穏やかだ。


 前世からこういう一時は嫌いじゃない。


「魔法かぁ」


 僕には魔力がない。アオがそう教えてくれた。

 魔力がないから魔法が使えない。単純な式だ。


「そりゃあうまくいかないよなぁ」


 知るタイミングによっては致命傷になる重大事だ。幼い内に気づけてよかった。


 黄昏の城に入れたこと。アオに教えてもらえたことは本当に幸運だったと思う。


「あのオークにも感謝しないといけないな。半殺しにしてくれて、ありがとうって」


 多分、レノワール兄さんに倒されちゃってるけど。


 聞いた話によると、死にかけるというのが、黄昏の城へ至る一つの条件らしい。

 灯吾が『幼い内にここに来る』という言葉を使ったのはその為だ。


 幼い子どもは大人に守られて然るべき。その考えのもと、死に瀕する子どもが気にかかったらしい。


 面々、例外なく生死を彷徨った過去を持つ。


 灯吾はトラックに轢かたそうだ。


 異世界転生できるかも、と思ったら病院のベッドで寝ていたらしい。生きてることを悔しがったら殴られたと笑った。


 フィジュラスは仲間に背中を刺さたと平然と語る。


 信じていた親友に裏切られたとかなんとか。その親友は恋人を人質に取られていたため裏切るしかなかったようだ。今でも親友だと言い切っていた。


 ナサリエは餓死しかけたのだと朗らかに言った。


 冒険の途中で助けた人に、荷物を掻っ攫われた結果、剣一本で14日歩き続けたと懐かしみながら話した。辛い体験だったが、今ではいい思い出になったそうだ。


 アオは魔法の暴発で体が吹っ飛んだらしい。


 新しい魔法の研究に失敗はつきもの。しかし街一つを吹き飛ばせる失敗は想定していなかった。結果、防御壁を貫通してアオの肉体はズタズタになる。

「あの頃は未熟だった」と虚空を見つめていた。


 僕が死にかけた理由も、彼らの興味の対象だった。

 根掘り葉掘り訊かれ、正直に答えた。


 オークに戦いを挑み、頭にワンパンでノックアウト。その一発で生死を彷徨った。


 なぜ無謀な挑戦をしたのかも訊かれ、これも正直に答える。


 僕が魔法を使えないから、父が認めてくれない。魔法以外の方法で認めてもらおうと、オークに戦いを挑んだのだ。


 このときにアオが言った。



≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡



「魔法? 君には難しと思うよ。魔力を作る器官が先天的に壊れている」


 得心いった。兄も妹も魔法の先生も、魔力は温かいものだと言っていた。しかし僕はその温かみを知らない。


 本来であれば、寝て休めば魔力は回復する。

 しかし僕の場合は、回復する機能が壊れているため、常に魔力の器が空の状態だったのだ。


 昨日までの僕は馬鹿だった。今は賢いとは言わないが。


 魔力がなければ魔法を扱えるわけがない。電気を使わず電球を付けようとするようなものだ。

 そりゃあ無理なわけだわ。


「でもそれは卑下することじゃない。君は少し特殊な体質ってだけさ。魔力の器自体はある」

「器はある? どういう意味? 僕でも魔法を使えるってこと?」

「そうとも言えるし違うとも言える。僕はね、魔法の才能が見ただけでわかるんだ」


 黄昏の城での異名は、その人の性質を表す。一部の例外はあるが、多くの場合で参考になるそうだ。


 異名の確認は簡単だ。自分のライセンスを見ればいい。僕の場合、無意識の内にズボンのポケットに差し込まれていた。


 黒い無地のカード。じっと見ると文字が浮かび上がってくる。名前、異名、その他の情報が記載されていた。

《マジックコンデンサー》それが僕の異名だった。


「自分で魔力を作れないなら、外から魔力を獲ればいい。シューノス君、君の魔法的な能力は、他者の魔法を吸収し、それを空の器にストックしておけるものだ」

「魔法を吸収する?」


 魔力は内から外への一方通行が基本だ。しかし初めから壊れている僕には、その法則も当てはまらないという。


 魔法を水、僕の空の器をバケツと例えるなら、


 魔法、つまり水を掛けられたとき、僕はバケツで受け止めることができる。

 バケツに溜まった水はそのままにしてもいいし、逆に掛け返してもいい。


 他者の魔法を吸収し使用する。

 それが僕の《マジックコンデンサー》だった。


「魔法が諦められないなら、空の器を大きくすればいいよ。器が大きくなれば、多くの魔法や、より強大な魔法を吸収し、スタックしておけるはずだから」


 その言葉を聞いて、当面の目標は決まった。

 希望を手に握りしめる。


「剣を鍛えよう」

「そうだね。強くなりたいなら武術をお薦めするよ。魔法使いは諦めた方がいい」


 僕の能力は他者に知られた時点で弱くなる。特に対人では顕著だろう。


 相手が魔法を吸収するとわかっているのに、魔法を使う人は居ない。だから能力とは別の強みが必要になる。


 もし剣の世界で名を馳せれば、相手は距離を取って戦いたくなるはずだ。魔法を誘発することもできるだろう。


 問題があるとすれば、武術も魔法での肉体強化が前提にあるところだ。魔法が使えなければ結局、中途半端なところで落ち着く気がする。


 しかし武術において肉体強化魔法はあくまで補助に過ぎない。基本は魔法に依らないところにある。


 肉体強化で押してくる力の剣士を、卓越した技で受け流す。そういうのも悪くない。


 決めた。魔法を使うために剣士を目指そう。


 剣士を目指すなら、しばらく魔法とは距離を置かなければいけない。


 魔法がある世界に転生して、魔法を無視するのは勿体無い気がするが、出来ないものは仕方がない。


 父に認められるためとはいえ、以前から魔法を渇望していたこともあり断腸の思いだ。


 しかしこれは魔法士を諦めるという意味ではない。


 まだ急ぐ必要はない。ただそれだけだ。僕はまだ5歳児。時間は十分にある。

 剣を鍛えつつ、僕の中にあるという空の器を広げていこう。


 ああ、未来が楽しみだ。楽しみで仕方がない。

 前世もこれだけ楽しければよかったのに。


 こうして目標が決まったところで、城での初日が終わった。




≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡




 黄昏の城での五時間を終え、俺、時原灯吾は目を覚ました。


 時間は午前八時。

 睡眠時間は十分に取れているのだが、疲れが残って肩がこる。


 きっと慣れない振る舞いをしているせいだ。変に肩肘張らず自然体でいきたいものだが、ついテンションが上がってしまう。


 黄昏の城には無視できない気味悪さが漂っているが、俺にとっては楽園だ。


 年甲斐もなく、おもちゃ売り場の子供のように燥ぐ癖が治らない。


 その黄昏の城に、新人がやってきた。


 シューノス・リュスタルト君。年齢は確認していないが、4から6歳の間くらい。男の子で、羨ましくなるほどの美形だった。


 年相応の悩みを抱えながら、それを拗らせて死にかけたらしい。


「あの子はうまくやれるかねぇ」


 黄昏の城では助けられるが、現実ではそうはいかない。強く生きてほしいものだ。

 彼の目標が定まったようだし、もう一度死にかけることはないと思うが。


 窓を開ける。冷たい朝の空気で、全身の毛が逆立つ感じがした。


 見慣れた景色。見慣れた裏路地。

 通勤中のサラリーマンが歩いている。少し離れた国道から救急車のサイレンが鳴った。

 部活へ向かう学生。隣人が見ているニュースの音声。変わったところはどこにもない。


 記憶に残ることがない、よくある普通の平日が始まった。俺も昨日までと同じように、寝るまでの暇つぶしを生きるとしよう。


 朝食はいつも公園で摂る。

 簡単に身支度を済ませ財布を手に取ると、そのまま真っ直ぐ玄関を潜った。

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