〜アリステラの"初めて"とリッカの心情〜
ーーー高級宿「風見鶏」
【side:アリステラ】
――俺、勇者パーティーを抜けるわ。
ガツンッと頭を鈍器で殴られたような衝撃に、私は立っているのもやっとだ。
滲む視界の中、私は現実を受け入れられず、幸せに包まれていた念願の『初めて』を思い返し現実逃避を図った。
――アリスッ……。
いつも余裕綽々の旦那様の余裕のない表情に愛おしさが溢れて仕方なかった。
私の身体を、優しく触れて下さる大きくて温かい手。甘い甘い疼きに、私は自然と漏れ出てしまう声を必死に堪えた。
――顔を見せてくれ、アリス。これから先……、お前は俺だけを見ていればいい。……完璧な聖女なんて要らない。俺は……、"アリステラ・シャル・フォルランテ"が欲しいんだ……。
旦那様はそう呟き、顔を隠していた私の両手を優しくベッドに押しつけ、口づけを落として下さる。
(ほら……。"間違って"なかった……)
初めて会った時の直感。
旦那様だけは……、"アリステラ"を求めて下さる。
誰も許さなかった。両親すらも許さなかった。
完璧で居続けなければいけない"聖女"。
旦那様だけが私を許して下さる。
どうしようもなく愛おしく、狂おしいほどに心が痛い。
見たこともない旦那様の紅潮。私と同じ唇の温度。
私自身を求めて下さる旦那様に愛おしさが弾ける。
羞恥心など投げ捨て、ただ、旦那様を……"アード・グレイスロッド様"を求めた。
抱き合うことでしか埋められない物はあると知った。肌と肌で触れ合う事でしか伝えられない事があると知った。
心から全てを捧げ、旦那様の全てが欲しいと心から願った。
自分が自分ではない感覚に包まれ、旦那様が私を"求めて"くださる。
私は初めて見た余裕のない旦那様の頬に、
スッ……
手を添え、自らの唇を押し当てた。
"痛み"と共に"1つ"となり、旦那様を"内側"で感じる事の快感と激痛に悶える。心からの歓喜と目の眩むような幸福に涙が止まらなかった。
"痛み"すら愛おしい。
『幸福の劇薬』のような"初体験"に私は堕ちてしまった。
『旦那様さえ居て下さるのなら、それだけで……』
"聖女"として本当にあるまじき事。
その自覚は日に日に大きくなっていく。
その度に自分を叱責しても、口下手な私は、どうしようもなく旦那様に『愛している』と伝えたくて、"愛されている"と錯覚したくなってしまう。
"完璧の聖女"などではなく、ただの"ふしだらなアリステラ"に成り下がった私は、今、目の前が暗くなっている。
(……私の愛が重すぎて、『自由』を求める旦那様は呆れ果ててしまわれたのかもしれません……)
「アード様ぁあ! 辞めちゃ嫌だよぉお!!」
泣きじゃくるカレンと、
「アードが辞めるなら、ワシも絶対に抜けるからのぉ!!」
駄々をこねるランドルフ。
2人を見つめながら、「はぁ〜……」と深く息を吐く旦那様の横顔を見つめる事しかできない。
私は……、ついに旦那様に愛想を尽かされたのかもしれません。
でも、ダメなのです。旦那様がおられないと、私は……。昨晩、『もう一度』とねだったのが煩わしかったのでしょうか……? このところ、どんどんと欲張りになってしまう私は"妻も失格"と言うことなのでしょうか?
旦那様のため息にバレないように唇を噛み締める。
うぅうう! 無理です! 旦那様がおられないなんて!! "あの約束"は、……あの"お言葉"は……、虚偽だったとでも言うのでしょうか……?
それは絶対にありません!!
旦那様の前では、少しだけ素直になれるようになったとはいえ、皆の前では相変わらず表情が動かない。
私は旦那様だけを見つめておりますよ……?
いまこの場に旦那様しかおられなければ、はしたなく涙を流し、「お願いですから……」などと縋りついてしまっているだろう。
溢れそうになる涙を必死に堪え、縋るように旦那様を見つめる。
(『もう旦那様なしでは生きていけません』……。早く次のお言葉を下さい)
《聖約》の効果により、私は旦那様がおられないと生きてはいけない。でも、《聖約》などなくとも、もう、私は……。
決して口に出せない言葉を心の中でだけ呟いて必死に涙を堪える事しか出来ない。チラリと薬指の紋様に視線を向け、消えるわけでもないのに大事に包み込む。
「旦那様……」
小さく口を開けば、更に目頭が熱くなる。
も、もう限界です。な、涙が……流れてしまいます。
ひょこっ……
私の涙をギリギリで止めて下さったのは、旦那様の後ろから顔を覗かせたのはリッカさん。
「……主様は"2つ"のパーティーに所属すればいいの。表向きは"シルフ"と妾で『Fランクパーティー』……。勇者パーティーの、"緊急の仕事"には参加するの」
リッカさんのポツリとつぶやかれた言葉に、
「「「「…………」」」」
旦那様も含め、私達は沈黙した。
※※※※※【side:リッカ】
4人からの視線を一斉に浴びながら、妾は少し恥ずかしくなってフイッと視線を逸らした。
……"勇者パーティー"も嫌いじゃないの。
妾を『普通』に……、それが"主様の存在のおかげ"だとしても仲間として受け入れてくれた3人にも感謝している。
――もっと強くなってアード様に、可愛がって貰うんだ! リッカちゃん! 一緒に強くなって、アード様の"お嫁さん"になれるように頑張ろう!!
――リッカ殿、アードについて"仮説"を立てたんじゃが、聞いてくれんかの? よければ意見も聞きたいんじゃが?
――旦那様はああ見えて少し寂しがり屋なところがございます。リッカさんがいてくれてよかったです。
妾はみんなが主様を好いている事を知っているの。
カレンは「ぬ、抜け駆けはしないでよ?」と真紅の瞳を潤ませ、アリステラは「ですが、その……、"一線"は越えないで頂けると……」などと無表情で少し"焦燥"を滲ませて付け加えた。
友として、仲間として、"自分の存在"を認めてくれた3人がバラバラになるのは妾も嫌なの。
――主様にとって"譲れない物"はなんなの?
7日前、妾の尻尾をソファにして、今にも眠りに落ちてしまいそうな主様に声をかけた。
――んー? ……『自由』でいる事だ。
億劫そうに呟き、そのまま眠りに落ちた主様。
主様の求める『自由』。
きっとそれは……、大切な人や居場所をどんな時でも助けられる状態でいる事なのだと理解できた。
怠惰で、傲慢で、欲に忠実。
エールと"アリステラ"が大好きで、"無意味な事"は大嫌い。
堕落する事しか考えない、顔だけしか良くない人間。
でも、"有り余る力"を"欲"に使う事はしない。
この1か月で『無能』と呼ばれる存在でいる事が『自由』だと思っている事がわかった。
きっと周りに囃し立てられて頼られると、文句を言いながらも引き受けてしまう"優しい自分"をわかっている。
主様は"大切な物や人"を失う事だけを"畏れ"ている。
『復讐の先輩』
主様は"知っている"の。
『失う』時は"一瞬"だと言うことを……。
その裏付けが……、
――ランドルフ。"特定の人"の場所に飛べる転移魔法ってないのか?
主様の"力の求め方"にある。
「また迷子になったら、最悪だろ? 俺は余裕で迷子になる自信があるぞ?」なんて照れ隠しをしていたけど、妾にはわかっているの。
「……より、堕落できるな……」
ポツリと呟かれた言葉に、チラリと主様の顔を伺えば、「ふっ」と小さく笑みを溢してくれる。
ポンッ……
頭に乗せられる優しい手。
わ、妾は子供じゃないの! 子供扱いなんてしないでほしいの……。でも……、この1か月ですっかり癖になってるの。
妾は少し恥ずかしくなってそっぽを向く。
「天才かよ、リッカ! よし! 俺は"そう"する事にした!」
「や、辞めるわけじゃないって事……? ぼ、僕達とまだ一緒に居てくれるって事なの? アード様!」
「……ん? あぁ。別にパーティーを抜けても離れる気はなかったし、長期間のクエストでアリスと離れるわけにもいかないしな。まぁ……、俺が居ない時に、なんかあれば通信用の魔道具で伝えろ。《特異転移》で飛んでやるから」
「ア、アード様ぁあ!!」
「ひ、ひっつくな! ポンコツ勇者!」
「……まぁ、それなら別に問題ないわい。ワシも"緊急クエスト"以外に行く気はないしのぉ」
「ふざけろ! お前は働けよ!!」
「フォッフォッフォッ! "今"は勇者パーティーの賢者としてより、ただの"探求者"としての仕事が忙しいんじゃ!」
「可愛く……、ってか、お前、いつも部屋に篭って何してる?」
「……お主の事を考えておるぞい? アード」
「……!! ア、アリス!! 変態だ! 助けてくれ! ランドルフが気持ち悪い! や、やっぱりパーティー抜ける!」
主様はアリステラの後ろに隠れるが、ニヤニヤと笑っていて、それが冗談である事は一目瞭然だ。
「ラ、ラン爺!! 何してくれてるのさ!!」
「フォッフォッフォッ!!」
本気で怒っているカレンと高笑いするランドルフ。
「……旦那様。意地悪をおっしゃらないで下さい……」
アリステラは小さく呟きながら、無表情で"安堵"を滲ませると妾に視線を向ける。
「ふふっ、リッカさん。心から感謝致します。本当にありがとうございます」
穏やかで包み込むような笑み。
"初めて"見たアリステラの笑顔に、妾は大きく目を見開き、
「……べ、別に主様が言葉足らずなだけなの。妾は"使い魔"として主様の意志を尊重しただけなの」
その"人間離れ"した美しさに視線を逸らす。
「ハハッ!! リッカ! アリスは俺の妻だぞ? 何、顔を赤くしてる?」
「あ、赤くしてないの!」
「ハハハハッ! まぁ、気持ちはわかるけどな!」
「ち、違うって言ってるの!」
「ハハッ! 確かに"表向き"さえ、どうにかすれば、どうにでもなる! 流石、俺の"ベッド"兼『使い魔』だな?」
ポンッ……
更に顔に熱が湧いてくる。
『今』の妾にとって、主様に認められる事以上に嬉しい事はない。
「ふっ、後でモフモフ"してやる"からな?」
主様は妾の頭に置いてある手を、ワシャワシャと動かして、頭を撫でてくれるけど、
(ん、んんんっ……!!)
わざとらしく耳の周辺だけを撫でられて、妾を焦らして愉しまれている事に、顔の熱は尋常ではなくなってしまう。
「や、やめてなの! あ、主様は性格が悪いの!!」
焦らされてたまらなくなった妾は、「いっそのこと耳に触れて欲しい」とわざと悪態を吐き、グッと唇を噛み締め、声が漏れないように"準備"するが……、
「ふふっ……、じゃあ、ラフィールに行こうぜ! シルフちゃんをパーティーに誘わないと! ガーフィールがうるさくないといいんだがな……」
妾の頭から手を離してアリステラの手を取った。
「あ、主様……」
思わず声をかけてしまった妾に、主様はチラリと視線を向け、ニヤッとイタズラな笑みを浮かべる。
「なんだ、リッカ? ……ちゃんとやめてやっただろ?」
見透かしたように細める漆黒の瞳。
「べ、別になんでもないの……」
身体がウズウズして落ち着かない。
あ、あ、主様は本当に意地悪なの!!
人間に"弄ばれる"事が新鮮で、むず痒くて……。
顔に熱が集まってどうしようもない姿は、"災いの権化"と呼ばれた『九羅魔』だなんて誰もわからないだろう。
なんだか、『人間』になったみたいなの……。
湧き上がる『欲』の連続。
妾はすっかり主様に"やられてる"の。
〜作者からの大切なお願い〜
「面白い!」
「さっさとシルフを出せ!!」
「リッカ、可愛い!」
「ふ、ふしだらな聖女め!」
少しでもそう思ってくれた読者の皆様。
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