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授業-3

 アミー先生はミルを救護室に連れて行かず、彼女の寮へと連れて行きました。同室の2人に加え、流れで私もついていきます。

 意外と片づいていた205号室の、1人用のベッドにミルを寝かせ、アミー先生は『泣女(バンシー)』先生と同じように手を当てています。

 「毎回1人2人はこうやって魔力酔いで倒れる人が出てきますから、そう心配することもないですよ。まあ想定より時期が早いですが」

 暗い雰囲気の私たちを見て先生は優しくそう言いました。しかし、負い目のある私の心には、その言葉はあまり響きませんでした。

 ヤーレさんも姫様も、そうはいっても心配なのでしょう、少し困ったような表情のまま様子を見守っています。

 「あの、ミルさんが目を覚ますのには、どれほど」

 「そうですね……流出速度と魔力量にもよるんですが、まあ半刻も掛からないと思いますよ。魔力の流れもだんだん安定してきてますし」

 快復に向かっているというお話を聞いて、ようやく安堵の息が漏れます。2人の緊張も少し和らいだようで、ヤーレさんなんかは楽な姿勢に変わりました。

 「でも、あんなにすごい光が出せるってことは、もしかしてミルにはすごい才能があるってこと?」

 「そんなにすごかったんですか?」

 ヤーレさんの何気ない言葉に先生が食いつきました。

 おそらく私が一番事情が分かるでしょうから、私の口から説明しましょう。


 「なるほど……引っ張られる感覚……」

 私の話を聞いた先生はしばらく考え込んだようすをみせ、それからひとつ頷きました。

 「おそらくですが、彼女の魔力は非常に流出速度が早いんでしょうね」

 「それは、人によって大きく異なる、というものなのでしょうか?」

 姫様の質問にまた頷いて返します。

 「有名どころで言うと、『正義』と呼ばれる魔女は、魔法を使えないほどに魔力が出て行かず、反対に『最強』と呼ばれる魔女は、見習いの頃から異常な威力をもつ魔法が使えたと聞いています」

 言い終えたあと、しまったという風にヤーレさんの方を見る先生。残念ながら気づくのが遅く、ヤーレさんは興奮状態に入りつつあるようです。

 「そ、そのお二人はあのお二人ですよね!?」

 「……ええ、おそらくあなたの思っている通り、『概念』の魔女です」

 あとで聞いた話によると、魔女としてある種の到達点に至った6人の魔女を、その二つ名に合わせて『概念』の魔女と呼ぶそうです。つまり、それほどすごい魔女ということでしょう。

 「それじゃあミルはもしかして『最強』に並び立てるくらいにすごいかもしれないってこと!?」

 興奮したヤーレさんを止めるように先生は手をヤーレさんの方に伸ばし、そしてミルの方を指しました。それでようやくヤーレさんも口を閉じました。

 先生はため息混じりにヤーレさんの質問に答えます。

 「もちろん可能性は否定しませんが、この子にとってこの流出速度は、むしろデメリットかもしれませんね」

 「なん……でですか」

 ヒートアップしそうになったヤーレさん、今度は自分で止まれましたわね。

 先生の方はまた少し考えてから、口を開きました。

 「あの子……『最強』と比べるなら、そもそもの魔力量が違いすぎるでしょう。計測してみないと確かなことは言えませんが、並の、いやちょっと多い程度の魔力量でも、それほどの流出速度にはついていけないはずです」

 「それは、つまり魔力を使うたびに、その、いまみたいになる、と?」

 恐る恐る尋ねると、アミー先生はゆっくりと頷きました。

 「ただ、よい魔女であれば、もちろん流れ出る魔力の量を調整することもできます。ですから、魔女になれないというわけではありません。少し気になるのは魔女の儀式ですが……一応あの子に確認しておかないと」

 ひとまず訓練次第ということでしょう。そう聞いて、なんとなくほっとしました。いえ、なぜ魔女になりたいのかは知りませんが、努力する前から不可能だと断定されることは、誰にとっても堪えるものでしょうから。


 *****


 アミー先生にとって、あるいは他の魔女の方にとってもそうかもしれませんが、魔力酔いの対応というものはそれほど難しいものではないようで、それからもしばらくミルに手を当てながらも、私たちの質問やお話に答えてくださいました。

 そうしてしばらくして、ようやくミルが目を覚ましました。

 「あれ、ここは……ひ、ケラマさんのベッド!?」

 急に起き上がって暴れ出したのを、アミー先生が優しく寝かせ直します。なるほど、姫様のベッドだったのですか。どおりで綺麗と言いますか。後ろの二段ベッドに比べると、よく手入れがされているように見えます。

 当の姫様は口元を隠しながら笑っていらっしゃいます。

 「いいんですよ。私は気になさいませんから」

 「いいいや、ケラマさんが気にしなくても私が気にするというか」

 照れ隠しのように布団で顔を半分隠すミル。まあ同じ状況だったとしたら私も恐縮してしまうでしょうが、その行為では言ってることと逆な気もします。

 ひとまずミルが元気そうなのを見て、アミー先生は小さくため息をつきました。

 「まあ大丈夫そうですね。念のため今日の所は激しい運動をしないように気を付けてくださいね。あと、半刻くらい経ったらに私の所に来てください。それでは」

 それでアミー先生は部屋を出て行き、そして同時に授業の終わりを告げる鐘が鳴りました。


 気の抜けるような長い間を置いて叩かれる鐘の音に、先ほどまでの緊張が取り払われるようです。

 「あ、そういえばナリスが授業休むのって初めてじゃない?」

 言われてみれば、姫様とミルの2人は、ヤーレに付き添って早退することが過去にもあったわけですから、この中では私だけが無遅刻無欠席といえるでしょう。が、いまそれを言うのは……。ほら、ミルがなにか花瓶でも割った子供みたいな顔になってしまったではないの。

 「あ、あの。ご、ごめんなさい……。その、皆勤賞が……」

 「か、皆勤賞? 別に、報奨が出るわけでもありませんから、そんなことは構いませんけど」

 時折ミルの発想について行けないことがあります。まあそれはいいのです。

 「そもそも、謝ろうと思っていたのは私の方で。その、申し訳ありませんでした」

 言葉とともに頭を下げますが、誰からも何の反応もありません。恐る恐る顔を上げると、どうにも困惑されている様子。

 「えと、な、なんで……?」

 「なんでって、その、私がミルさんをけしかけたわけですから。ミルさんは危険を感じ取っていたというのに」

 変わらず沈黙。なんにしても、なにか反応をしてほしいものなのですが……。

 と、ふいにヤーレさんが笑い始めました。

 「ちょ、ちょっと、なんで笑うんですか。しかもあなたが」

 「い、いやだって。ナリスがそんな、神妙な顔で謝るって」

 それだけ言ってヤーレさんは笑い続けます。やがてそれにつられるように、ミルも笑い始めました。

 「ちょっと、2人ともいったい私をどんな風に思っていたんですの」

 「いや、プライドの高いお嬢様というか。ねえ」

 ヤーレさんに話を振られたミルは急に話を振られ、笑うのをやめて首をぶんぶんと振り始め、それでまたヤーレさんがさらに笑います。なんだか心外な評価ですわね。

 「別に、プライドが高かろうが謝るべき時は見据えておりますの」

 「プライドが高いのは否定しないんだ」

 「卑下するばかりが美徳とは限りませんもの。持つべきプライドであれば、むしろ高くあるべきだと思いますわ」

 そう言うと、お2人は小さく感嘆の声を漏らしました。


 しばらくミルの様子を伺いながら雑談に興じていると、姫様がわざとらしくお声を上げられました。

 「ミルさん、そろそろ、よい頃合いなのでは?」

 「え、あ、そっか。アミー先生に呼ばれてたんだった」

 ミルさんはそうつぶやいて、ため息を落としました。

 「何の話だろう。やっぱり怒られるのかな……」

 「……怒られるようなことをされたんですの?」

 「そういう訳じゃないけど。倒れたわけだし」

 「何度も倒れている私が呼び出されてないんだから大丈夫大丈夫」

 ヤーレさんの何度も倒れるのもどうかと思いますが、まあ体質のことでもあるのでしょうから、仕方のないことでしょう。

 「そう怖がらなくとも、大方あなたの魔力の質に関する説明だと思いますけど」

 「あ、なるほど」

 ミルも納得して、少し落ち着いた様子です。

 「うーん、じゃあ、行ってこよう……あの、ヤーレ」

 「うん、私もついてくよ。もしかしたら『最強』に会えるチャンスかもしれないし」

 「私は、こちらでお2人をお待ちしていますね」

 姫様はそう答えながら、なぜか私の方をちらりと見てきます。

 意味深ですが、あからさま過ぎるのがらしくなく、逆に気になりますわね……。

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