祭り-5
屋台で昼食を済ませた後、今度は多少かさばるものも見てみようということで、皆様布や衣類などをご覧になっていらっしゃいます。
しかしながら、街の方々も同じお考えのようで、混み具合としては先ほど以上のものとなっております。それもあって、はぐれぬようにひとかたまりとなって動くようにしております。とはいえ6人で同じものを見ているわけではなく、半々で別れているようです。
「しかし、さすがに掘り出し物のようなものは、すでに刈り尽くされているようですわね」
ナリサリス嬢の言うように、昼下がりの頃合いとなっては、棚にもいくつか空きが見えてしまう様子。とはいっても、皆様方にとっては互いに選び合うということができれば、それで十分なのでございましょう、ナリサリス嬢も、文句を言いつつも笑いながらヤーレ様やヨミー様と布類を検分なさっております。
一方の姫様、ミル様、そして『暴馬』は主にすでに服になっているものをご覧になっています。
「ほら、これとかお姫ちゃんに似合いそうじゃない?」
「こちら、ですか……なんといいますか」
「け、ケラマさんにはもうちょっとシンプルなのとかがいいような」
そうです、ミル様。姫様には過美なものよりは素材を引き立たせるものこそお似合いかと。
しかし『暴馬』は不満そうに、先ほどとは別の、しかしややましになったものを手に取ります。
「じゃあこれとか? あんまりシンプルすぎてもお姫ちゃんの引き立て役にもならないっていうかさぁ」
「試すわけにもいきませんから、難しいですね」
「それね! 許されるのなら指パッチンでやってもいいんだけど」
ちらりとこちらを見てくる『暴馬』に首を振って答えます。それで肩をすくめる『暴馬』は、諦めずに姫様の体に服をお合わせしています。
「うーん、でも似合ってない? ほら」
声を掛けられたミル様は所在なげに周囲を見渡されます。が、残念ながら救いの手はございませんでした。
仕方なく私も入りましょう。
「ミル様のをお選びするなら、どのようにするのですか?」
「わ、私?」
結局困惑なさっているミル様をよそに、『暴馬』は指をパチンと鳴らしました。
「それ! この体型だとふつーならクール系を持って来たくなるんだ・け・ど」
いいながら獲物を探す肉食獣のように、レールに掛けられた衣服を一つ一つ見ています。やがて手を止め、引き抜くと、先ほどの姫様と同じようにミル様の体に合わせました。
「これ! どう?」
『暴馬』の選んだ服は、まあ彼女の趣味らしく装飾の多いものでしたが、それ以上に気になるのは、明らかに丈が足りないことでした。
「あ、あの、これだとおへそが」
「そう、そこ。ここの店だとかわいい系で丈が合うのはなさそうなんだけど、そこは逆転の発想っていうか。ないなら逆に、あえて出していく方向で行くのがいいんじゃない? みたいな」
「で、でも。これだと草むらに入るとお腹切れちゃうかも」
「気にするのそこ?」
思わず『暴馬』もツッコんでしまいました。
*****
やはりよいものはなかなか見つからないということで、ひとまず人混みから外れるような場所に出て一休みしようということになりました。
『暴馬』の選ぶ道はたしかのようで、道を曲がるたびに歩きやすくなるように感じられます。
「ここを抜けたところに椅子があるから。そこで一休みしよっか」
その言葉の通り、ほどなくしてたどり着いた小さな広場にいくつかベンチが置かれておりました。留まる人もほぼおらず、私達は2つ並んだベンチに全員座ることができました。だいたい先ほどの別れ方に近い形でベンチを分けております。
遠くに喧噪の聞こえる、休むにはちょうど良い広場に思えますが、小さい広場のため家々に囲まれているため日差しが入らず、季節柄やや寒く感じられます。
「あまり長居しては冷えてしまいそうですね」
「そういうと思って~」
『暴馬』はどこからともなく使い捨てのカップとポッドを取り出しました。そうしてひとつずつポッドの中身を淹れながらカップをお渡ししていきます。
「さっき買っておいたんだぁ。はいどうぞ」
「ありがとうございます」
意外に気の効くところを見せた『暴馬』は、しかしながら私の前でにやにやし始めました。
「あれぇ、おっかしいなぁ」
「カップがないのであれば私は不要です」
「ちょっとぉ、冗談だって。あるからあるから」
またもどこからかカップを取り出して、それを渡してくれました。
「ありがとうございます。しかしあなたの分は?」
「私のはこのままやるから」
そうしてポッドから飲む振りをして見せます。少々飲みづらそうですが、本人が納得されているのであれば、こちらから申し上げることもないでしょう。
ちなみに、中身は甘く味付けされたホットミルクのようでした。
皆でゆっくりしながら、次に何を見に行くかなどをお話されています。
「そういえば、今日はみんないつまで街に出てるつもり? 年越しはどこで過ごすの?」
『暴馬』の問いにすぐにご返答なさる方はいらっしゃいませんでした。
「そのあたりちゃんと考えてなくて。折角だから私は夜まで起きてたいけど」
ヤーレ様はそうおっしゃいますが、皆様起きていられるのでしょうか。この街で言う「年越し」とは、空に浮かぶ2つの月、動き月と留まり月が寸分違わず重なるときのことを刺します。時刻は夜5つを過ぎ、6つにさしかかろうというところ。姫様は普段夜4つまでにはお休みになっておいでです。
思案していると、『暴馬』がこちらを見てにやついています。
「まあ、こういう特別なときに起きてようとするのも青春って感じだよねぇ。ね、サレッサ」
「なぜ私に。しかし、そうですね」
『暴馬』の言にも一理あるといえるでしょう。普段と異なる時をともに過ごすというのは、絆を深めるには良い経験となることでしょう。
「よろしいのではないかと。しかし、そうなるとやはり空の見えるところで、ということですよね?」
「それがお薦めかなぁ。場所はアカデミアの前庭が意外と人もいなくてね、風がなければ噴水のところにも月が映ってきれいなんだよねぇ」
それは幻想的な風景となりそうに思えます。
他の方々も楽しみにされているご様子で……と、姫様がまたこちらをご覧になっていたようでしたが、すぐにミル様の方へとお体をお向けになりました。
このご様子だと、昼前の視線もどうにも気のせいではないかもしれません。
*****
日も落ち始め、夕食を探そうかと街中を歩いている頃。ふと姫様が私の袖をお掴みになりました。
お声を掛けようとお顔を拝見したところ、浮かべているのはいつもの微笑みではなく、繭を下げた困惑の表情。どうやら尋常ではなさそうです。
「いかがなさいましたか?」
「しばしこちらへ」
そして引かれるがままに、2人で路地へと入っていくことになりました。
裏通りまで祭りの気配があるとはいえ、人のいないところはあるようで、こちらの路地もそのひとつのようでございます。先が行き止まりになっていることを見れば、さもありなんということでしょう。
姫様が困惑の表情をお浮かべになるのはあまり多くはありません。理由もなく、となると始めてと言ってもよいかもしれません。よほどのことが起きているのでしょう。
姫様の足がお止まりになったところで、視線を合わせて再度お尋ね申し上げます。
「いかがなさいましたか?」
姫様はお声を掛けても視線を逸らししばらく口を閉ざしていらっしゃいました。そうして、やがて小さくつぶやかれます。
「サレッサは、いつまで私の側に付いていられるの?」
予想だにしていないご質問に、ついお答えが遅れてしまいます。
「……姫様が魔女となられるまでは、ご随意のままでございますよ」
「その後は?」
また言葉に詰まりますが、今度はいかにお答えするのが良いか、整理が付かない為でございます。
今の私の立場は、はっきり申し上げて浮いたものとなっております。元は第3王女付きの侍従でございましたが、今は姫様は第3王女ではございません。官職としては変わらず侍従ではございますが、公的にはその職務を果たしているといえるかは難しいところでございます。
姫様を見守り申し上げた後は、その責を問われ侍従を降りることは決定事項となっておりますが、その後の処分については、侍従長たる父も時流を見ての決断とのみお言葉にされています。
「申し上げられることは、今はございません」
「そう」
姫様はまたいくつか呼吸を置いてから、口をお開きになります。
「どちらにしても、私からは離れるのよね」
そのお言葉に、絶句してしまいます。率直に申し上げれば、そのようなことはすでにお分かりになっているものだと。
姫様のお顔は変わらず困惑していらっしゃるようでございましたが、どこかばつの悪そうなお顔にも窺えます。
「……なにか、あったのでしょうか」
「いえ、なんでもないの」
なにもないということはあり得ないことでございますが、今それを問い詰めたところで、益はないことでしょう。それよりも、姫様にもっと語っていただく必要がございます。
そうして、しばらくお待ちしていると、姫様はまた小さくつぶやかれました。
「『暴馬』さんとの付き合いは長いの?」
思わずむせそうになってしまいましたが、我慢いたしました。
「ご挨拶の際にもお伝えしたように、こちらに来てからの、ただの仕事相手でございますよ」
「でも、それにしては仲よく見えたのだけれど」
「アレはどなたにでもそうかと」
「そう? 他には同じような方はいらっしゃるの?」
「姫様の警護に必要な人員は確保しておりますが」
姫様の表情は変わらず困惑されたご様子のまま。一方で、おぼろげながら何をお尋ねされたいか見えてまいりました。
「私の交友関係にご興味がおありですか?」
直接お尋ねすると、姫様はさっと後ろを向かれました。
「いえ、その。考えてみれば、サレッサは私のことをなんでも知っているのに、私はそうではないのだなと」
「それは、まあ。姫様の2倍以上は生きておりますから」
「そうではなくて!」
珍しく声が乱れておいでで、お顔を拝見いたしたい衝動に駆られますが、無論、そのようなことはいたしません。
「それに、姫様のことも、なんでも存じているわけではございません」
「……そうなの?」
姫様はこちらに振り向かれました。お顔はまた困惑に戻られたようでございますが、目尻が輝いておいででした。
そこにハンカチーフを当てさせていただきます。
「姫様が先ほどまでどのようなお顔をされていたのか、いま本当にお尋ねになりたいことはなにか。いつも私の知らない姫様のことを愚考するばかりでございます」
「……でも、サレッサはもうすぐ私から離れることになるのでしょう?」
その問いには首を振ってお答えします。
「それは少々考え違いをしておいでです。姫様の方が、私の元からお離れになるのです」
「私が?」
姫様からの問い返しにうなずいてお答えします。
「私が望んでそのようにすることはございませんよ」
「私も、そのようなことは」
「それでも。こうなるものなのです。そして、そうだからこそ、姫様は自由の身となれるのです。私という枷からお離れになって」
姫様はしばらく頭をお伏せになって、そのまままたお尋ねになります。
「サレッサは望んで離れるということではないのね」
「もちろんでございます」
「そう。それなら」
また顔を上げられたときには、いつもの微笑みへと戻っておいででした。
「戻らないと。きっとみなさんお待ちになっているから」
うなずいて、姫様とともに表へ向かいます。
路地から出ると、すぐ側に『暴馬』が控えていました。
「いつからここに?」
「いつからだろうねぇ?」
『暴馬』はしばらくにやにやとしていましたが、こちらに囁きます。
「声はほとんど聞こえてないから安心してね」
……別に聞かれて困るような話はしておりませんが、無性に腹が立つのはなぜなのでしょう。
*****
夕食の後。各自身支度の為にいったん解散となり、夜5つのころに前庭で集合ということになりました。
そうして集まった頃、夜5つを示す鐘が鳴ります。普段夜の鐘はありませんが、本日は特別とのことです。その鐘の音で、半分お休みになっていたようなヤーレ様が目を覚まされました。
前庭のベンチに座って皆で空を見上げます。『暴馬』の言うように周囲に人影はほとんどなく、少し視線を下げれば街の家々の屋根に人の影が見えます。
いつもある空を飛ぶ魔女の姿はございません。今夜だけは、飛行禁止令が出ているそうで、おかげで月を見るのに邪魔がございません。
「月が完全に隠れるタイミングで空に魔力を飛ばすから、それにぶつからないようにっていうのもあるんだけどねぇ」
『暴馬』からの補足を聞きながら、改めて周囲を見渡します。よくよく見れば、屋根の上の人によっては大きな杖を持っている方もいらっしゃるようでした。
「その魔力に合わせて、一年の抱負とかお願いとかを言うんだけど……」
見習の皆様は顔を見合わせながら、苦笑いを浮かべなさいます。
「まあ、来年に期待だねぇ」
それで『暴馬』もまた空を見上げるので、釣られるように月の様子を確認します。すでに動き月は留まり月の上に重なっており、年越しの瞬間を今かと待ち望むようでございます。
だんだんと重なっていく範囲は広がっていき、2つの円というよりも楕円のように見えて参ります。そうなると、街の方からもどこか落ち着きのない様子が伝わって参ります。
と、肩に重みを感じました。見ると姫様が限界をお迎えになったようで、私の肩を枕に健やかな寝息をお立てになっておいででした。
起こそうかと思案すると同時に、鐘の音が1度、鳴り響きます。思わず周囲を見回しますと、『暴馬』がにやにやとこちらを見てきます。
「もうすぐ月が完全に隠れるっていう合図ね。あと9回鳴るから。――お姫ちゃんは起きそう?」
「この音でお目覚めにならないなら、諦めるのがよさそうですね」
言っている側からさらに2度鳴りましたが、姫様は眉1つ動かされません。こうなると、肩よりも膝の方がお休みしやすいことでしょう。
そうして姫様の姿勢を変えさせていただいていると、また鐘が鳴ります。よく聞けば、街の方からカウントダウンが聞こえて参ります。
「あと6回」
鐘の音とカウントダウンを耳に入れながら、また空を見上げます。もはやよく見なければ留まり月の輪郭は見分けが付きません。そして鐘の音の鳴る度にその輪郭線もだんだんと動き月の下へと隠れていき。
ついに、最後の鐘の音が鳴り響きます。
「みんな、がんばってねぇ!」
同時に『暴馬』が叫び、街の至る所から光の筋が登っていきます。特に目に入るのは当然ながら『暴馬』の黒い青の光。その光も他と同じように空へと登っていきます。が、その速度が落ちてきたと思ったら、爆発して火の粉を散らすように、いくつも枝分かれを起こしてゆっくりと落ち、そうして中空へと消えて行きました。
「それじゃあ、今年もよろしくねぇ」
「よろしくお願いします!」
皆様に新年のご挨拶をして、姫様のご様子を伺います。
姫様は、やはり目覚めないようで、安らかな微笑みを浮かべながら、ゆっくりと肩を上下させておいででした。
今年の末には、姫様も皆様とともに目覚めて新年をお迎えになるのだろうと、そう願います。




