祭り-4
時は少し過ぎ、祭りの日がやってまいりました。年越しの祭りであり、言うなれば本日は大晦日ということであります。
本国においては冬凪の終わりをもって新年としており、また多くの国もそうであるので、少々珍しいことではございます。まあ、土地柄、ということでございましょう。年の始まりが異なって困ることもそうございませんし。
目を覚ませば、まず聞こえたのは外の喧噪でございました。外を見れば暁の頃合いで、まだ早い時間ではございますから、昨日から続いていたのだろうと思います。
とはいっても、ここは魔女の管理する宿。睡眠の邪魔になるほどには気になりませんでした。夜であれば、外も比較的静かであったように思いますし。……あるいは消音の魔術を強くされていたのかもしれませんが。
ともあれ、朝の支度を済ませた後、待ち合わせ先へと向かいます。朝餉の後各人の支度を済ませた頃ということで、昼3つ頃の集合ということにあいなっております。つまり、遅くとも昼2つまでには、待ち合わせである校門前に到着するよう向かわねばなりません。
昼1つの鐘の前に家を出ました。普段であればそれほど時間は掛かりませんが、今の時期は道も混み、常時と同じように歩くことは難しいはず。仮に早く着いてしまう分には何の問題もありませんから、突発的な対応に備えるべきでしょう。
*****
そう、例えば『暴馬』に出会ってしまうとか。
喧噪の街を歩く道すがら、近くの家の窓から『暴馬』が顔を出しました。
「あれ、早くない?」
「……あなたの店はもう少し先だったと思いますが」
「それが師匠が帰ってきちゃってさぁ。で、もう行くの? それともただの散歩?」
「向かう予定ですが、別に付き合っていただく必要はありませんよ」
やんわりとお断りをしたつもりでしたが、残念ながら伝わらなかったようで、そのまま窓から降りて来てしまいました。
「もう準備したし、暇だし付いてくー」
「なぜこれ程までに早く……?」
『暴馬』は口元に手を当て、しばらくあらぬ方に目を向けた後。
「私って、行事の前に早く起きちゃうタイプなんだよね」
いまいちよく分からないことを言っているので、気にしないことにしました。
その後も『暴馬』は屋台を見たいだのなんだので手を引っ張ってくるので、結局のところ門前にたどり着く前に昼2つの鐘が鳴ってしまいました。とはいえ、待ち合わせの場所に着いたところでも、どなたもまだお見えになっていないようですので、安心して離れます。
「ちょ、ちょいちょい。せっかく着いたのにどこ行くの?」
「近くの屋根の上へと」
この辺りにも協力者は確保しておりますので、そちらの家であれば、屋根に登ってもどうとも言われないはずです。
というわけで、集合場所から離れましょう。
『暴馬』は大人しく着いて来ましたが、やはり口を閉ざすことはできなかったようでございます。
「ねえ、高いところ好きなの?」
「別にそういうわけでは。高所であれば、肉眼で確認できることも増えますので」
「それじゃあ、校舎に入った方が見やすくない?」
「それですと、なぜ校舎から出て来るのか、要らぬ疑問を与えてしまいかねません」
「ダメなの?」
無論。あくまで自然に、必要でないときは私はいないものと捉えていただけるような形がベストであるのですから、不要な疑問を与えるなど言語道断でございます。
それでも、『暴馬』は納得していないようで、屋根の上まで付いてきて口を開きます。
「じゃあ、1回集合場所に来たのにまた離れたのは? それも変でしょ」
「そのことは、皆様はあずかり知らぬことでございますから」
「なるほど。いやなぜかを聞いたんだけどぉ」
ちらりと『暴馬』の様子をうかがうと、口をとがらせ頬を膨らませています。どこまで子供のような態度を取れるのでしょうか。逆に関心してしまいます。
気にせず寮の方の様子を伺いつつ、『暴馬』の相手をします。
「我々が集合場所で待っているのをご覧になったら、待たせてしまったとお思いになってしまうことでしょう」
「実際待ってるし」
「そうではなく。お気を煩わせてしまうことが問題なのです。姫様は慣れていらっしゃいますが、ミル様などは特に気にされるかもしれません」
『暴馬』からは空気の抜けるような、気のない返事が聞こえます。
「じゃあ遅れていくの?」
……信じられません。本気で言っているのでしょうか。顔を向けると意図が伝わったようで、『暴馬』はあからさまに不機嫌な表情を返してきます。
「だって、待ってる姿を見せないって言ったから」
「お待たせするなど、それこそあり得ません」
ちょうど寮の1階ホールで、姫様方お3方と、ヨミー様ナリサリス嬢が合流されたところです。あそこから校門までですと、ちょうどここから歩けば間に合うことでしょう。
「すなわち、どちらも待たない形であればよいのです。今度は寄り道できませんよ」
言いながら立ち上がり、集合場所に向かいます。『暴馬』も呆れた声を上げつつも付いてきます。
「なんというか、ちょっとやり過ぎじゃない?」
やり過ぎなことなど、あるものでしょうか。もう姫様にできることも限られているというのに。
*****
昼3つの鐘もまだ鳴るには早すぎるような頃。予定通り校門の前にたどり着きそうです。
「でもなんでわざわざ逆側に回ったの?」
「こちら側であれば、ほら」
前を見れば、皆様方がこちらへと向かっていらっしゃる姿が見受けられます。こちらにお気づきになったヤーレ様が手をお振りになります。
「『暴馬』、サレッサさん、おはようございます!」
先に礼をされるとはなかなかどうして、侮れないものでございますが、ともあれ近くに寄って合流したところで返礼をいたします。
「ヤーレ様、ヨミー様、ミル様、ナリサリス嬢、ケラミリア様、皆様もお変わりないようでなによりでございます」
「お早うございます。それにしても、先に着いてお待ちしようと動いたつもりでしたが」
「そうそう。おんなじ考えだったってこと?」
「どうやらそのようでございますね」
『暴馬』が妙な顔でこちらを見ますが、無視いたします。いや、ヨミー様とナリサリス嬢に紹介せねばなりません。
「ヨミー様、ナリサリス嬢。こちらは『暴馬』で、こちらで私が世話になっている方のお一人です」
「どうぞよろしくお願いしますわ」
「お話はヤーレさん方からも伺っております。本日はどうぞよろしくお願いしますね」
お2方が恭しく礼をされるのに、『暴馬』も手を振り返します。
「よろしくねぇ。えー、2人も可愛いねぇ! あ、そういえば来年から私も授業を受け持つから、そっちでもよろしくぅ」
思わず『暴馬』の方に目をむいてしまいます。
「……伺っておりませんが」
「言ってないし。言う必要あった?」
必要は……まあありませんが、どうにも得心はいきません。
*****
私の心内はともあれ、全員揃ったところで祭りへと足を進めます。『暴馬』に先導される形で、前方に205号室のお3方、後方に101号室のお2人、そして私という隊列で進みます。
祭りに向かうといっても、以前に伝え聞いたとおり、どこもかしこも人混みとなっており、広場はもちろん、大通りにおいても屋台や露店が並んでおります。人混みがあれば当然ながら喧噪もひとしおとなり、特に『暴馬』の声などはここからだと聞きづらい状況でございます。まああくまで護衛の為ですから、大きな問題はないことでしょう。
お昼前の頃合い、まずは小物類を見て回ろうということで、皆様ネックレスやペンダントに目を向けていらっしゃいます。
「ねえ、これなんか可愛くない?」
「うーん、ちょっと、大きいかも」
「こちらなどは?」
「悪くはない……けど分かんなくならない?」
このように姫様がご友人とともに買い物に興じる姿をお目にかかれる日が来るとは、かつての頃を思えば感慨深いものでございます。
一方でナリサリス嬢は、どうやら『暴馬』とともにリボンの価格を気にされているようでございます。
「この布地でこれとは、少々お高いんではなくて?」
「いやぁそんなことはない。これはだね」
「ねえナリスちゃん。こっちはどう?」
「なぜこれが……いえ、これも同じ値段なのですよね」
人が多ければ商人としての質も上から下まであるということなのでしょうか。
そんなことを考えていると、ヨミー様が1歩下がっていらっしゃいました。
「いかがなさいましたか?」
「いえ、こうして見ると、お2人が姉妹のようにも見えると思いまして」
いわれてみれば、たしかにお2人ともフリルやレースがよくあしらわれている、同系統のコーディネイト。身長差に加え、『暴馬』の髪色もナリサリス嬢のものが落ち着いたかのように映ります。まるでナリサリス嬢が妹であるかのようにも見えるのです。
その一方で、落ち着きのない『暴馬』のことを、ナリサリス嬢が世話焼きするというのが、見た目の姉妹関係とは逆のように思え、一層滑稽に映ります。
と、どうやら口角が上がってしまったことをヨミー様がお察しになったようです。
「面白いでしょう?」
「……ええ、初対面かと思うのですが、なかなかどうして」
「どうなさったんですの?」
我々にお気づきになったお2人が、こちらにお戻りになりました。
「いえ、お2人とも打ち解けるのが早いようでなによりだと」
「あー、やっぱり分かっちゃう? なんだか波長が合うっていうかね」
「絶対何かあると思うのですけれど……まあいいですわ」
「それで、ナリスさんは欲しいものは買えたのですか?」
ヨミー様がお尋ねすると、ナリサリス嬢は肩をすくめなさいます。
「ヨミーさんは、欲しいものはないんですの?」
「そうですね……お香などは」
「お香かぁ。ちょっと離れるから、あっちが大丈夫そうなら移動しよっか」
『暴馬』に釣られるように姫様方の方へと目を向けると、姫様がこちらの様子をお伺いになっているようでございました。
しかしそれも一瞬のこと。それに気付いたときには、姫様はまたご友人方とのお話に花開かしていらっしゃいました。
そのご様子を考えると、私を意識しているようにも思えます。しかし、それは自惚れというものでございましょう。




