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補習-5

 寮に帰ってからも、アミー先生からの謎の問いかけについて考える。「なぜアカデミアでは親に話しかけるのも許されない」のか。

 うーん、そもそも、こういう決まりごとについて、なんでかってことを考えたことがなかった。……入学資料とかに書いてたりするかな。

 机の引き出しをひっくり返してみる……けど、見つからない。

 「ねぇ、2人って入学ん時の資料って持ってる?」

 それぞれ机に向かっている2人に声を掛けると、すぐにケラマが自分の引き出しから出してくれた。

 「どうぞ」

 「ありがとう」

 「なにか、あった?」

 「ちょっとねー」

 ミルに適当に返しながらペラペラとめくる。けれど、やっぱりルールしか書いてない。

 「うーん、だめかー」

 ケラマに紙を返したあと、頭の後ろで手を組んで椅子の片足を宙に上げる。

 「危ないですよ」

 「うん――。あ、そうだ、ねえ2人に質問なんだけど」

 自分じゃ分からないことは人に聞いてみればいい。そう思って尋ねると、2人はそれぞれ考え出した。ミルは、正直想像通りだけど、こういうのを考えるのは苦手そうだ。

 「うーん……」

 「1つではないかと思いますけれど……そうですね」

 一方のケラマは、理由の方を考えているというよりは、どう話すのかということを考えているように見える。

 「1つには、みなが同じようにすごすように、ということかと」

 ちょっとピンとこなかったけど、すぐにサレッサさんのことが思い浮かんだ。たしかにあんな人が近くにいるのといないのとじゃ全然変わってくる。

 とはいえ、私の場合はママやパパがいてもそんなに変わらない……というか、そのせいで魔女になれないかもしれないわけだし。あまり関係ないように思える。

 「1つってことは、他にもあるってことだよね」

 「いま1つは――」

 声を上げたものの、ケラマは珍しく言いよどんでいた。それをミルが引き取る。

 「魔女になるから?」

 「あー、『魔女はこれまでの家を捨て、新たに生まれ直す』、だからこれまでの親とは関係ないと」

 「ええ、そうですね。そのための、備えとでもいいますか」

 なるほど。まあそもそもミルなんかは親を呼んだりもできないんだろうから、ここに来た時点でそんな感じな気もするけど。

 いや、ちょっとまって。違う。

 「私も、ってことか」

 家を捨てるっていうのは、ケラマやナリスみたいに身分を捨てることだとどこかで考えていた。でもそれだけじゃない。ミルも、それに私も、家を捨てないといけないんだ。

 家を捨てるということがどういうことか、それはたとえば、もうママとは呼べないということだったりで。

 「だから、だったのか」

 それに気付いたら急にまた寒気がした。思わず自分を抱きしめる。


 私は魔女の子供。だから魔法の授業も魔術の授業もついて行ける。だって前から知ってたし。

 魔女の子供だから、魔女のこともいろいろと知ることができた。魔女は私の生きがいだけど、たとえばミルの家に生まれてたなら、こうはならなかったと思う。

 そもそも、ママとパパの家に生まれたから、生まれてから死なずに済んだ。

 家を捨てるってことは、これを全部捨てるってこと。

 これを捨てちゃったら、いったい私に何が残るというんだろう。


 ふと体が温かくなった。肩周りにほどよい重量感。そして、ふわりと香る人の匂い。

 「……ミル?」

 匂いの元に声を掛けると、ミルはバッと私を抱きしめていた手を広げてしまって、そのままうしろにずり下がっていってしまった。

 「ごごごごめん、ついなんというか。そのこういうときはこういうのなのかなとおもってそのいやだよね」

 両手を大きく横に広げ、尻尾を強く伸ばしたまま首をぶんぶんと振っていて、ミルが何を言っているか正直聞き取れなかった。それでもなにか言い訳のようなことを言っているのを見ていると、自然と笑ってしまった。

 「あ、えっと……?」

 「ごめん、大丈夫。そんなに気にしないで、むしろありがとう。だから落ち着いて」

 どうどうとミルを落ち着かせてる。ちらりとケラマはやっぱりいつものように微笑みながら私達のやりとりを見ていたようだ。

 「なんか、どうでもよくなってきたかも。……そろそろ寝よっか」

 落ち着いたら眠くなってきてしまった。パジャマに着替えてベッドに入る。

 どっちかがライトを消してくれて、部屋の中は眠るにちょうどいい感じの暗さになった。

 「ヤーレさん」

 目をつぶろうと思ったら暗闇からケラマの声が聞こえる。

 「なに?」

 「月並みですけれど、私もミルさんもいますから」

 ……どこまで分かってて言っているんだろうこの元お姫様は。

 「うん。ありがとう」

 とりあえず礼を言って、今度こそ目をつぶった。

 でもそうか。アカデミアで得た物は、家とは関係ない。だから、ここに来たときから親と会わないようにするのかもしれない。

 魔女になって、これまでのものとさよならする前に、その先でも持っていけるものを得るために。


 *****


 次の日。私はやる気に満ちていた。今日こそはママを捕まえる。

 昔誰かが言っていた。恐怖とは未知からやってくるのだと。厳密にはナリスから教えてもらった。

 ともあれ、今日の私はもうママを『人形師(ドールマスター)』と呼ぶのに抵抗があったのか分かっている。分かってしまえばなんてことはない。

 というわけで昼休み……と思ったけれどうまく捕まえられなかったので放課後。

 ママ達の、じゃない、『人形師(ドールマスター)』達の研究室の前で張っていると、やがてママが出てきた。

 ママはこちらを睨み付けて、去って行こうとした。

 「待って!」

 声を掛けてもやっぱり止まってはくれない。

 違う、そうじゃない。考え方を変えないといけない。アミー先生なんかに声を掛けるように。それを伝えるように。

 「待ってください、『人形師(ドールマスター)』!!」

 声を張ると、ようやく足を止めてこちらに向き直った。向けられた目を見つめる。

 「聞きたいことがあるんです。ヤレッサ・メヌスンとしてじゃなくて、ただの見習いとして」

 喉が張り付いたような感じがする。心臓が今までにないくらい大きくなっている。つばを飲み込んで噛みしめながらも、視線をそらさずに『人形師(ドールマスター)』が口を開くのを待つ。

 『人形師(ドールマスター)』はしばらく黙って、やがて諦めたように口角を緩めた。

 「そうだな。見習いが尋ねてきたというなら、拒否する理由はあるまい。部屋に入って少し待っていてくれ」

 そうして研究室のドアを開けて、ママはどこかに去って行った。まあたしかになにか用があって出てきたんだろうから。それを待てばいいということだろうな。


 *****


 部屋に入ると、パパが明るい顔で出迎えてくれた。

 「ヤーレ! ママはもういいって?」

 ……まあパパらしいといえばパパらしい。

 「パパ、じゃなかった、『痩せ狼(レンドイル)』。私はただの見習いとしてここにいるんだから」

 「そうなの?」

 「そうなの」

 パパはわかりやすくシュンとしていたけれど、構っている場合じゃないのだ。というかパパのノリに付き合っていると、ママ相手でもボロを出して、またいちからやり直しとかになりかねない。


 しばらく気まずい沈黙を味わっていると、ママが、じゃなかった、『人形師(ドールマスター)』が戻ってきて、パパと私の間に座った。

 「待たせた。それで話というのは、例の魔術のことだろう?」

 「うん、じゃなかった。はい」

 それで聞きたかった話を投げると、『人形師(ドールマスター)』は口元に手を当てて考え始めた。

 「まず魔術をかける前の話についてだが、魔力が出にくくなる魔術を家に掛けていたんだ。だから、家にいる間は特に問題はなかった。それに私か『痩せ狼(レンドイル)』のどちらかがいれば問題にはならない」

 要は魔力酔いなのだからと。たしかに魔力酔いはよく知られた現象だから、対策はいろいろと揃っているんだろう。「常に」ということを除けば。

 「そして今でも起きている、ということについては、恐らくは感情の高ぶりが魔力の動きを激しくさせ、魔術を突き破ってしまうのだと思う」

 「でもそれだと魔術に穴が空きっぱなしになるんじゃ」

 「いや、この魔術は綻びを自動で修復するようにしているんだ。だから、多少の破れならばその効果で元に戻っているはずだ」

 なるほど。そういえば魔術や魔法は基本的には効果時間というのが決まっている。だんだんと効果が薄くなって、そして消えてしまう。そうならないように、あるいはそうなるのを遅らせるための機能だったということだ。

 「これで、恐らく10年ほどは持つ計算だ」

 「なるほど……」

 私も詳しくはないけど、魔術のかけ直しとかしないで10年持つ魔術というのはなかなかないんじゃないだろうか。

 「いや待って。もしかしてだけど、魔石とか必要なのって、もしかしてだけどその長持ちさせるためだったりしない?」

 『人形師(ドールマスター)』は満足そうにうなずいた。

 「よく分かったな。魔力を封じる魔術自体はよく知られているが、あまり持ちがよくないから」

 「……ちなみにどれくらい持つの?」

 「そうだな……術師にも寄るが、『人』の魔術師なら1月は持たせられるだろう」

 ……それくらいならなんとかなるんじゃないんだろうか。

 「それ、普通に掛けられるんだよね」

 「もちろん。多少複雑な陣にはなるが、問題はあるまい」

 なんということなく答えるママ。

 「それならそれでやれば、必要なときだけ魔術を解いたりできるんだよね」

 「そうだな。かけ直すこともできるし……あ」

 ママはなにかに気付いたように声を上げ、ごまかすように何度か咳をした。でも、パパが黙ってなかった。

 「だから僕らが定期的に掛ければいいって言ったんじゃないか」

 「いやそれだとルールを守れないからということでお前も納得しただろう。それにヤーレにとっても手間だろうと」

 「結果として私はすごい困ってるんだけど」

 思わず口を挟むと2人は黙り込んでしまった。


 しばらく静かなままになってしまって、どうしたものかと待っていると、ママがこちらに頭を下げた。

 「済まなかった。魔力操作の修行ができない可能性は分かっていたのだが、問題ないかもしれなかったし、それでも必要なことだと考えていたんだ」

 「……まあ、そうせざるをえないってのは分かるつもりだし。先に言ってほしかったけど」

 「……済まない」

 ママは頭を下げたままだったので、顔を上げさせる。さて、そろそろ補習の方に行かないと。

 「そういえば、アミー先生とかに頼んでも良かったんじゃないの?」

 そう尋ねると、ママは肩の荷が下りたような表情から固まってしまった。そしてゆっくりと眉間に皺を寄せていく。

 「今思えば、私達の手だけでなんとかしてやりたかったんだと思う。お前を不自由な体に生んでしまったのだから、その責任を取りたいと」

 「……はあ?」

 急に頭にをガツンと殴られたような衝撃がきた。ママはちょっと驚いたあと、また頭を下げた。

 「他愛もないプライドでお前を苦しめてしまった」

 「いやそっちじゃなくて、責任ってなに」

 ママははっと顔を上げ、気まずそうに口をつぐんだ。仕方がないので続ける。

 「そりゃあ、もっと元気で自由にいろんなところに行けたらって思うこともあったし、元気だったらそもそもこんなことにもなってなかったと思うけど、でもそんなのママのせいじゃないじゃん」 

 「だが」

 「だがもナイフもないの!」

 「……恨んでないのか」

 「うらっ!?」

 予想外な言葉を投げかけられて思わず止まってしまった。そんなこと、考えたこともなかった。

 「……もしかしてだけど、後ろめたい気持ちがあったから、優しくしてくれてたの?」

 「そうじゃない!」

 「そんなことあるわけないよ!」

 いきなりパパからも否定されてびっくりしてしまった。ママは眉間の辺りを少しもんでから、また私の方に向き合った。

 「そういう気持ちがなかったわけではない。だが、優しくするのに理由なんているわけないじゃないか」

 「じゃあママも気にしないでよ。それより、ママは私を魔女になれるように生んでくれたんだから、そっちを誇ってもらわないと」

 魔女の子供だからって魔女になれるとは限らない。でも、ママは私に魔女になれるチャンスをくれた。私の不調がママのせいだっていうなら、こっちはママのおかげだ。

 「だから、むしろありがとうだよ」

 お礼を伝えると、ママは後ろを向いて「そう、そうか」とだけ言い、後ろのパパは嬉しそうに微笑んで、何度かうなずいた。


 「さて、そろそろ本当に『泣女(バンシー)』先生のところに行かないと。」

 ママがなかなかこっちに顔を戻さないので、私はじれて立ち上がった。それでようやくママもこっちにむき直した。

 「例の補習か。」

 「うん。先生達とも情報を共有しないと」

 「それなら私もいこう。その方が話も早いだろう」

 「うん、ありがと、ママ」

 と、ママがまた眉間に皺を寄せる。なにかやらかしたかな……あ。

 「……『人形師』(ドールマスター)

 「うむ」

 ママはそれで満足そうに前を歩いた。……なんというか、頭の切替が早い。


 ふと前を歩いているママの手を見ると、小さいころ、パパママ3人で手を繋いで歩いていた時のことを思い出した。

 外で手を繋ぐように言われてたのは、今考えると魔力酔い対策のためだったのかもしれないけれど、なんというか、安心感があって好きだった。

 「どうした?」

 「なんでもない」

 なにかに気付いたように振り返ってきたママに前を向かせる。

 手を繋いでもらおうかなとも思ったけど、今の私はただのヤーレ。見習いなら、手を引いてもらうんじゃなくて、こうやって後ろをついていくものだろう。


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