補習-4
次の日。昼食を早々に済ませてママを探しに行く。
私が家にいたときは、パパの作ったご飯を研究室で食べているって言っていた。いまはパパもアカデミアで研究しているけど、たぶんその辺りは変わらないはず。
そう思って研究室に向かえば、案の定2人でご飯を食べていた。
「ママ、パパ」
「ヤーレ! どうしたんだい、こんなところまで」
部屋に入って2人に声を掛けるけれど、パパはともかくママは顔をしかめたままだった。
「見習いは親に会ってはいけない決まりのはずだが?」
「そ……れは」
そういえばそんなルールもあった。
「けどそれどころじゃないよ! 聞きたいことがあって」
「駄目だ。聞きたいことなら『魔術遣い』なりにでも聞けば良いだろう」
それで無理矢理部屋から押し出されてしまった。
「ちょ、ちょっと、ねえ!」
扉をがちゃがちゃ動かしてみる。けれどウンともスンとも言わない。……そうだった、ママはこういうところがあった。頭が固いというかなんというか……。
今のところは引き下がって、作戦を考える必要がありそうだ。
*****
そうはいっても、正直なんにも思いつかない。間に誰かを挟めば聞ける気はするけど、やっぱりそれは違う気がする。というかそれでいいならアミー先生とかにお願いすれば良いだけだし。
これは、そう。参謀役が必要だ。なんというか、こう、ルールの裏を突いたりするのが得意そうな。
「……それで、どうして私になるんですの」
そんなわけで、放課後にナリスを捕まえたのだった。とりあえずナリス達の部屋に通されて、美味しいお茶を出してもらった。ちなみにヨミーさんは今日も用事で出ているらしい。
「いやー、よく考えたらそんな便利な知り合いっていないなーって思って。そもそも相談できるような人もそんなに多くないし」
「そういうことでしたら、ケラマ様こそ適任だと思うんですけれど」
「え?」
「え?」
ケラマはたしかに賢いし、ママに相談しようと思ったきっかけもケラマからだったけど、そんな裏ルートについても詳しかったりするんだろうか。
ナリスはお茶を飲んでごまかすように咳払いをした。
「まあ、わざわざご指名いただいたのですから、できるだけ考えてはみますけど。しかし、あの運動会でお会いした時には子煩悩そうな印象を受けましたのに」
「そう? ママは結構厳しくてね。この前なんかも――いやそれはいいや。とにかく、ゆーずーが効かないっていうかね」
ナリスはふむとか言ってお茶を啜り始めた。考えてくれてるんだろう。たぶん。
「そういえば、今度はどうやってお会いになるんですの? 研究室からは閉め出されてしまったのでしょう?」
「あー、それは……まあなんとかなるんじゃないかな。研究室前で張っておくとかすれば。トイレにも行くだろうし、それこそマモルさんとかに相談に行ったりもするんだろうし」
「なるほど、相談……」
それでまたナリスは考え込んでしまった。ひとまずは私も大人しくお茶をすすっていたけれど、何も動かないのでじれてしまった。
「ねえ、何考えてるの?」
「え、ああ。いえ、考えて見ると、ヤーレさんは『人形師』さんに相談できないし、師匠にすることもできないのだろうかと」
「あー、たしかにそうなる……のかな」
ルールによるなら、たしかに私はママやパパに会うこともできない。まあすれ違ったりするくらいなら許してもらえるだろうけど、でも話したりできないなら当然師匠になってもらうことはできないわけだ。
でも、それは別に親子で師匠になってはいけないということじゃないはずだ。そういう例もなくはないし。
うーん? なんかこの辺にヒントがありそうな……。
「あ」
「なにか思いついたの?」
「うまくいくかは分かりませんが、ひとつは」
そうして、私は策を授けてもらった。なんというか、屁理屈って感じだけど、まあ他に手はないし、やってみよう。
*****
ナリスの作戦は単純なもので、ママのことを『人形師』と呼ぶ、ただそれだけだ。
要は親子の関係ではなく、魔女と見習いの関係で話すのであれば、ルールにも反しないだろうということだ。単純すぎてどうかと思うのだけど、たしかに頭の固いママにはこのくらい理屈っぽい感じの方が良いのかもしれない。
それに、試すのも簡単だし、誰も傷つけることもない。はじめの一歩としては悪くない。うん。
そんなわけでお昼休み。今日は放課後は補習の予定だから、それまでになんとかママを捕まえたい。
と、思ったら。食堂に向かうところですれ違った。
「あ――」
声を出すとママはチラリとこちらを見て、そのまま離れていった。
「ま、待って」
と言ってもやはりまたチラリと見てくるだけ。まるで「分かってるだろう」と言っているように。
そうだ。言わないと。簡単なことだ。名前、名前で。
口を開くけれど、でも喉が渇いたみたいに声が出てこなかった。なんだか、急に寒気もやってきた。
そうしてただ口をパクパクと動かしながら、ママが去って行くのを見ることしかできなかった。
こんな気分では食事も喉を通らない。食べるでもなく、匙でツンツンと食べ物をいじくっていると、ミルが声を掛けてきた。
「あ、あの。さっきの。ヤーレのお母さん……だよね」
「あ、うん」
「……なにかあったの?」
言葉に詰まる。けど、ひとまずナリスと考えた作戦について伝えた。
「なるほど? じゃあ、名前を呼ぶんだ。たしか……」
「『人形師』。でも、なんとなく呼べなくて」
「そうなんだ……」
そのままどうしたらいいか相談しようと思ったけど、どう相談したらいいか分からないことに気付いた。なんで呼べないのかも分からないのに、どうしたら呼べるようになるかなんて分かるわけないじゃないか。
「そういえばミルって、親のこと『お母さん』『お父さん』って呼ぶんだよね」
「え、うん。……変?」
「いやちょっと気になっただけ。ケラマはどう呼ぶの?」
ちょうどケラマもご飯を食べ終えたようで、口の周りを拭きながら小首をかしげている。
「そうですね。『おおきみ』や『みかど』「御前の方」など、時によりけりでしょうか」
あまりにも予想外の答えで、なんと反応すればいいか分からない。
「えっと、それって要するに『王様』って呼んでるってこと?」
微笑んでうなずかれる。なんというか……お姫様って大変なんだな。
******
というわけで、何もできないまま第2回の補習。全開と同じくアミー先生と『泣女』先生が、今度は『泣女』先生の研究室で待っていた。
『泣女』先生の研究室はわりと整頓されていて、広々とした中に本棚がいくつかあるくらい。机もなくて椅子が私達が座っている分だけ。授業の時と数が違うから、魔法で出してるんだろう。
「さて、それじゃあはじめていきましょうか。といっても、色々試してみるしかないんですけど」
「あの、そのことなんですけど……」
先生達に、昨日今日で考えたことを相談してみた。ケラマと話して思いついたことから、ナリスの作戦まで。
「なるほど……たしかに興味深いですね。」
「つまり、興奮状態で魔力集中をしてもらえばいいってこと?」
「それは難しいでしょう……魔術を解くよりはいいかもしれませんが」
しかしそんなに何度も興奮できるようなことがあるだろうか。……私だったらあるかもしれない。
「ともあれ、そうなるとたしかに『人形師』から詳しい話を聞いておきたいところですね」
「でもこの子からは聞けないんでしょう? 私達が聞く?」
「いえ、作戦自体は悪くないと思います」
そしてアミー先生はこっちをじっと見つめてきた。なんとなく責められているような気持ちになって、目線を逸らしてしまう。
「それに、この子自身が『人形師』に聞くことに意味があるんだと思います」
そう言われると、ドキッとした。うまく声を掛けられなかったから、この際先生に頼んでしまってもいいかなと思っていたのだ。それを先んじて止められてしまった。
「で、でもその分修行が遅れちゃうんじゃ」
「さっさと声を掛ければいいだけじゃない?」
ばっさりと『泣女』先生に切り捨てられた。
「まあでもそれも一理あるわよね。私達なら普通に研究室に行けばいいだけだし」
「それでも、です。むしろ声を掛けられるべきなんですよ。魔女は見習いから」
『泣女』先生は少し顔をしかめて、すぐに納得したように声を上げた。
「思い当たる節があるわけだ。先輩として。声を掛けられない理由に」
アミー先生はうなずいて、こちらにむき直した。
「言ってなかったかもしれませんが、私も魔女の娘だったんですよ。この街で生まれて、アカデミアに入学して魔女になったんです」
「じゃあ、アミー先生も同じようなことが?」
「いや別に」
座ってるのにずっこけそうになる。アミー先生はちょっと恥ずかしそうに一つ咳をした。
「ですが、なんとなく、どういう気持ちなのか分かるような気がするんです」
なるほど。そのまま解説してくれると思って、真面目な顔で続きを待つ。けれど、アミー先生は続けてくれなかった。
「ですけど、たぶん自分で気付かないといけないことなんだと思うんですよね」
「えー。教えてくれれば一発じゃないですか」
「いやまあ私の考えがぴったりともかぎりませんし」
こ、こんな所で日和るなんて……。まるで生殺しだ。『泣女』先生もどこか非難めいた目をアミー先生に向けている。ような気がする。
アミー先生は腕を組んでうんうん唸ってる。なんだかもうちょっと圧せば教えてくれそうな感じだ。
「いや、やっぱりダメです。でも、そうですね。ヒントといいますか、とっかかりを」
よ……くない。けどまあ、これで妥協しないといけないんだろう。
アミー先生の言葉を黙って待つ。先生は3呼吸くらい置いてからまた口を開いた。
「そもそも、なぜアカデミアでは親に話しかけるのも許されないのでしょうか」
アミー先生はそう言って何度かうなずく。悪くないと思ったんだろう。
さて、ともあれその答えは簡単だ。
それは――なんでだっけ?




