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補習-2

 アミー先生に入れてもらったお茶をのんで、ようやく心を落ち着けた私に、アミー先生はまた話を始めた。

 「それでは、現状を整理したいですが、大丈夫そうですか?」

 「あ、は、はい……。その、お騒がせしました」

 「いえ、大丈夫です。それで、そもそも、なぜ魔力操作ができないと師匠が取れる可能性が低いはご存じですか?」

 アミー先生からの問いに小さく頷く。いろんな授業でも言われてたことだし、そもそもママからも聞いていたことだ。

 「そもそも魔女になるには、魔力を吸えないといけないから、ですよね」

 私の答えにアミー先生は満足そうに頷いた。

 「魔力操作は大まかに言えば3種類あって、ひとつは魔力付与(エンチャント)に必要な体内での魔力集中、ひとつは魔術や魔法発動に必要な魔力放出、そしてもうひとつが、待機に満ちた魔素を体内に取り込む魔力補給」

 「私の授業では、『魔術遣い(マギクラフタ)』の説明した順番でやってもらうわけだけど――」

 私の場合は最初の1歩でつまずいている、と。う、また鼻にツンとした感覚が。

 アミー先生は咳を鳴らして、注意を逸らすようにしてくれた。

 「その中で最も重要なのが、おっしゃったように魔力補給ですね。では、なぜ魔力補給が大事なのでしょうか?」

 「えっと、魔女になると魔力を出し続けちゃうから」

 「まあいいでしょう」

 アミー先生は机に置いていた杖を取って、中空で振った。すると緑色の光の筋が、人のような形や木のような形など、いくつかの形を取った。

 「前提として、私達魔女は、この世界の全ての『モノ』は魔力によって形作られていると考えています。我々人間はもちろん、動物や植物、石や砂なんかにも魔力を持っていると」

 「どういう魔力を持っているか、というのもあるのだけど……まあそれは置いておきましょうか」

 『泣女(バンシー)』先生が口を挟んだけど、アミー先生に睨まれて話を止めることになった。

 「とにかく、この世の形あるものは、全て魔力で出来ているというのが、私達の認識です。そして、全てが魔力で出来ているということは、魔力を操ることがあればこの世にある全ての物事が再現できるはずである、ということこそ、魔女の言うところの大原則です」

 「逆に言えば、魔力がなければどんなものも形を留めることが出来ない……」

 「そうですね。それほど大事な魔力は、普通体の外にはほとんど出て行きません」

 だから魔女は自分の魔力を体の外にスムーズに出せるようにすることで、魔術や魔法を使えるようにする。

 アミー先生は一区切りを付け、自分の分のお茶を飲んで喉を潤した。

 「というわけで、魔女は体内の魔力を外に放出する状態になっています。そしてそのまま魔力を出し続けると、当然体内の魔力がなくなっていきます。魔力がなくなっていけば、魔力酔いと同じ症状が現れだし、やがて死に至ります」

 死、という言葉を聞いて思わず生唾を飲む。

 「だから、魔女になるには魔力補給が出来ないといけない。死なないために」

 「実はこんな3年とか掛けなくても、儀式さえすれば魔女にすることはできるの」

 そのまま死んじゃうけど、と『泣女(バンシー)』先生はなんていうことのないように言う。でも、その言い方の軽さと裏腹に、魔女になることの恐ろしさが伝わってくる。

 深刻な雰囲気を、アミー先生がまた咳払いで払った。

 「とにかく、そうならないために、魔女見習いは前もって修行をするんです。魔法学院(アカデミア)に限らず。文字通り、呼吸と同じように魔力補給ができるまで」

 呼吸ができなければ私達は死んでしまう。でも、意識することなく呼吸を続けている。魔力も同じように無意識に補給できればそれでいいと。

 「でも、それができなさそうなのが私、なんですよね……」

 「まあ、今はそうね」

 「だから、なんとかしようという話です」

 バッサリ切り捨てる『泣女(バンシー)』先生と、フォローしてくれようとしているアミー先生。しかし、やっぱり落ち込むのは止められなさそう。


 *****


 またちょっと重い空気の中、部屋にノックの音が響いた。

 「あ、忘れてました。どうぞ」

 中に入ってきたのは、『鳴き虫ヒヨドリ』、もう一つの大陸(コビルガ)から来たという魔女だ。私よりも小さくて、アミー先生と同じくらいしかない、かわいらしい人だ。印象としてはヨミーさんを小さくした感じが近い。

 「あの、こっちは準備できてますけど、大丈夫そうですか?」

 アミー先生はこちらをチラリと見てうなずいた。

 「そうですね。それじゃあ行きましょうか」

 「あの、行くってどこに」

 補習といわれたから、このまま杖を持ってコツとか教えてもらうのかと思っていた。でもそういうわけじゃないらしい。

 不思議に思っていると、『泣女(バンシー)』先生がウィンクした。

 「まずは原因を調べないと、対処もできないでしょう?」

 言っていることはわかるのだけれど、いまいちよく分からなかった。


 3人の魔女に連れられるがままにアミー先生の研究室から出て、しばらく歩いて別の部屋にたどり着いた。

 その中は、これまで授業で訪れた他のどの研究室とも違った雰囲気だった。本棚とかはあるけど、なんというか、全体的に白い。そして腰くらいの高さの謎の四角い金属の箱。硬そうなベッドに、そのベッドのまま中には入れそうな筒。一目で何か分かる物は本棚と机と椅子くらいのものだった。

 そしてその箱やら筒やらを触っていた男の人が、こっちに手を振ってきた。

 「こんにちは。ずいぶん大きくなったんだね」

 まったく覚えのない人だったので、ついつい他の3人を見るけれど、どう考えても「大きくなった」と挨拶されるような人はいない。……『泣女(バンシー)』先生のすごい古い友人とかでなければ。

 「もしかして、私ですか?」

 「そうだけど……まあ覚えてないか」

 それで男の人はあまり整えられていない髪をがしがしと掻いて、自己紹介を始めた。

 「僕はマモル・マキグサ。他の人たちと違って魔女じゃない。ただ人だよ。ここでは魔力に関する研究と、コビルガの機械を使った検査や実験なんかもしている。実は君が小さいときにも検査をしたことがあるんだけど」

 うーん、まったく覚えていない。生まれたときから私の体はこんな感じだったらしいから、物心つく前に検査をしたとかなんだろう。

 「まあ僕のことはいいから、とにかく検査をしようか。なにか魔力を持ってるようなものは持ってる?」

 「えーっと、いえ。ないと思います」

 「そう。それじゃあ、そこに横になって」

 そうして私は促されるがまま、堅そうなベッドに横になることになった。


 見た目通りベッドは硬く、テーブルに寝っ転がっているような気持ちになる。

 首を動かしてマモルさんの方を見ると、なにやら丸いつつを触ってなにかしているようだった。

 「この筒は――名前はいいか。簡単に言うと、魔力の状況を画像化、つまりは君の中の魔力なんかを絵に描いて出力してくれる装置なんだよ。今からベッドを動かして、この筒の中に通してくから。足の先まで通ったら、また戻って、それで検査は終わり。それまでなるべく動かないようにしてね」

 なんだかよく分からないけれど、まあ動かなければ検査が終わるということだろう。

 頷くと、マモルさんの言った通りに辺エッドが動き始める。――この変な音楽はなんだろう。なにか意味があるんだろうか。

 なんとなく鳴っている音楽のことを気にしていると、すぐに頭が白い筒の中に入っていって、視界が真っ白な天井でいっぱいになってしまう。案外光が入るんだと思っていたら、だんだんと筒から頭が出て行って、そうして足が出たところでいったん止まった。そうしたら、さっきよりすこし速い速度で戻っていって、元の位置に戻った。

 私を見守っていたアミー先生と『泣女(バンシー)』先生は、なんだか納得いっていない顔ぶりだった。

 「これで終わりなの?」

 「ええ。もうちょっとしたら印刷されて」

 言われたところで筒がガーガー言い始めて、どこからともなく紙を1枚吐き出した。

 「ああ出た出た。ほら、見てください。やっぱりはっきり見えるね」

 見せられた紙は、灰色の中に、少し太めな白い帯があって、その中に紫の線で縁取られた白い人の絵が描かれているように見えた。

 「この白いのが君だよ」

 「え、これが!?」

 言われてみればそういう風にも……いや特徴がなさ過ぎる! 後ろからアミー先生と『泣女(バンシー)』先生も覗いてきた。

 「白いのは、まだ見習いだから、ということでしょうか?」

 「そうですね。参考までに、僕とアキ……『鳴き虫ヒヨドリ』で取ったものも見ますか?」

 見せられるがままに見てみる。たしかにただ人だというマモルさんのは私と同じように白く、魔女になって色づけされている『鳴き虫ヒヨドリ』のは黄色い。ちなみに黄色い魔力は異大陸(コビルガ)の人にはポピュラーらしい。

 「あれ、この紫色の線は? こっちにはないけど」

 『泣女(バンシー)』先生は私のとマモルさんのをそれぞれ指さす。たしかにマモルさんのは真っ白になっている。それに、輪郭線がないからかどこか輪郭がぼやけているような……? ちなみに『鳴き虫ヒヨドリ』の輪郭はマモルさんよりももっとぼんやりしている。というより、黄から灰にグラデーションになっているという言い方の方が正しいかな。

 マモルさんはゆっくりと頷いた。

 「今回の本題はその線です。本来、ただ人であってもわずかな魔力が漏れ出ていることはご存じですね」

 3人で頷く。それを確認して、マモルさんは自分のと『鳴き虫ヒヨドリ』のを示しながら話を続けた。

 「それゆえ、この機会で画像を撮ると、ただ人でもこんな風にちょっと輪郭がぼやけるんです。魔女のものと比べると弱いですけど。一方ですね」

 今度は私の方の、特に輪郭線当たりを指出す。

 「ここ。ここの輪郭線のところでぶっつり魔力が切れているんです。色がついてるともっとわかりやすいと思うんですけど」

 「待って、つまり、この紫の線は魔力が漏れ出るのをせき止めているということですか?」

 マモルさんは頷く。

 「表現が正しいかは悩みますが、要はそういうことです」

 「え、じゃあ魔力操作の訓練なんて無理じゃない。漏れ出る魔力を利用するのが修行の内容なんだから……ああ、だから『人形師(ドールマスター)』もあんなことを」

 「ママ?」

 尋ねると『泣女(バンシー)』先生は「しまった」という顔をこちらに向けた。

 そういえば、この機械は魔力を色つきで映しているという。『鳴き虫ヒヨドリ』は黄色。そして紫といえば、ママの魔力色。しかも紫は魔術教団に多い色で、ここ魔法学院(アカデミア)では、黄色と同じように極端に少ない。つまり、他の人の魔力、という可能性はほぼない。

 「これは、ママの魔術なの?」

 そういえば。私がアカデミアに入学することが決まって、ママにおまじないといって魔術を掛けてもらったことがあった。それが、この私を覆う魔力の正体だったんだ。

 「ママの魔術のせいで、私は魔女になれないってこと?」

 「違いますっ!」

 鼻の奥がまたツンとしてきたところに、『鳴き虫ヒヨドリ』の叫びが入ってきてびっくりした。

 「あの人は、『人形師(ドールマスター)』は全部あなたのために、専門の研究も変えて、新しい魔術も開発して、それであなたがアカデミアに通えるようにと」

 言いながらだんだんと声のトーンが落ちていって、それで止まってしまった。部屋に入ってから一言もしゃべってなかったところに来たからびっくりして涙も引いたけれど、どこか気まずい沈黙。

 マモルさんが『鳴き虫ヒヨドリ』の脇を軽く小突くけれど、『鳴き虫ヒヨドリ』は体を振るばかりで、それでマモルさんがため息をついた。

 「えーっと、つまりですね。どこから話そうかな……やっぱり最初からかな」

 マモルさんは頭を掻きながら、デスクの方へと向かっていった。

 たぶん「最初」、つまり、小さいころの診断結果を探しに行った、ということなんだろう。

 そうして渡された紙には、なんというか、細長い楕円が描かれていた。

 「これがあなたです。たしか……1歳か2歳か、そのあたりだったと思います」

 「こ、これ!? だって、なんというか」

 よく見ると、濃くなっている部分が人の形をしているようにも見える、けど。

 「ただ人を映しているようには見えないですね。むしろ」

 アミー先生はいいながら『鳴き虫ヒヨドリ』の結果の方を見る。色は違うけれど、たしかにこっちの方が近い。

 その視線にマモルさんは頷いた。

 「『人形師(ドールマスター)』があなたを連れてきたとき、まるで魔力酔いを起こし続けているかのようだと、そう伺って。どこからかこの装置のことを聞いたらしくて、一度試してみようということで撮ってみたんです。それで分かったのは、あなたのこの状況は魔女が魔力を垂れ流している状態に近い、ということです」

 「つまり、魔力の制御を学べなかった魔女はこうなると」

 「ん、ちょっと待って。それは、逆に言えば、私はもう魔女になってるってこと?」

 「……それは」

 「どうでしょう。魔女の定義にもよりますが、無色で二つ名(ウィッチネーム)もない魔女というは」

 「しかし魔力の操作を覚えれば、魔女と同じように魔法や魔術は使えるはずですし」

 「なんだか『街フクロウ』が聞いたら喜びそうな話になってきたわね」

 ほんの冗談のつもりだったんだけど、魔女達はみんな真剣に話し合いを始めてしまった。

 そんな議論を、マモルさんが咳払いで止めた。

 「ともあれ、体質のことが分かってから、『人形師(ドールマスター)』と『痩せ狼(レンドイル)』は僕たちの研究を手伝ってくれるようになってですね。それが『魔力を体に留める研究』だったんです」

 「そしてその成果がこれというわけね?」

 『泣女(バンシー)』先生は、今の私の方の結果にある、紫の線を指さす。そしてマモルさんは頷いて答えた。

 「なので、当たり前ですけど、別に魔女にしたくないからこうしているわけではなくですね、あなたを家の外でも、魔女が近くにいなくても生きれるようにするために掛けてるんですよ」

 そっか。それは、そうだよね。だって、正直ママもパパも結構私に甘いところあるし。駄目なことをしたときはちゃんと理由も伝えてくれる人達だったし。

 分かっていたけれど、改めて示されると、ちょっとクる。

 「ところで、補習でやるべきことも分かってきたわね」

 「あ、ああ。そうでした。でもやるべきことって?」

 「そりゃあ、この魔術を取っ払った状態で練習すること、でしょう?」

 『泣女(バンシー)』先生の言葉に、マモルさんたちは浮かない顔になった。

 「まあ、そうですよね」

 「なに? 必要ならまた掛ければ良いんじゃないの? 魔方陣があるなら私でも『魔術遣い(マギクラフタ)』でもできるでしょうし」

 「いやまあ、そうなんですが、一緒に魔石が必要で、結構コストが掛かるんですよね……」

 複雑な魔術や魔法だと、魔石を経由したり触媒にしたりすることがあるというのは、どこかで読んだことがある。そして、魔石は希少というほどではないけれど、そんなに簡単に手に入るものでもないとか。

 「どれくらい使うの?」

 「まあ、そうですね。月1くらいならなんとかなるんじゃないかと」

 『泣女(バンシー)』先生も黙ってしまった。まあ、月に1回やったくらいで習得できるのなら、魔女になる修行は3年も掛からないで済むだろうな……。

 みんななにかを考えるように黙ってしまった。その時、ちょうど昼9つの鐘が鳴った。

 「もうこんな時間でしたか。とりあえず現状は分かったということで、解決策はまた考えましょう」

 アミー先生の言葉で、この場は解散となった。


 でも先生たちの元を離れても、魔女になれないかもしれないという話が私の頭から離れることはなかった。


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