番外:205号室の日常-朝編
205号室の面々の朝は早い……人もいる。
最も早く目覚めるのはミルである。夜明けとともに、冬も始まった今の頃合いだと夜10つあるいは昼1つ(どちらも同じ時間を指し、1日を24分割するのであれば午前6時ころ)を少し過ぎたころに目が覚める。
しかし物音を立てて他の2人を起こしたくないという考えから、特になにかをするでもなく、ベッドの中でよしなしごとを考えている。
次に目覚めるのはケラマ。夏のころは昼1つの鐘とともに目が覚めていたが、昼1つの鐘がなくなった今の時期はミルより少し遅い頃合いに目覚めようになった。そしてすぐに体を起こし、目だけはぱっちり開いているミルに挨拶をする。
「お早う」
「あ、お、おはよう」
半年経ってもまだ慣れないらしい、シーツを顔まであげて隠れるようにしながらも挨拶を返すミルに微笑んで、自分のクローゼットに向かう。こうなるとミルもベッドから体を起こして、自分も着替えに向かう。そうして着替えが終われば、昨夜のうちに汲んでおいた水を使って身支度をする。
この頃になるとヤーレも一度目を覚ますが、体を起こすほどには覚醒しておらず、衣ずれの音などを聞きながらまた眠りに入る。
そうして2人が身支度を終わる頃に、窓がノックされる。魔法都市では標準的に利用されている、鳥獣郵便の鳥がやってきた知らせである。
この部屋で手紙が届けられるのはケラマくらいなので、ケラマが手紙を受け取りに向かい、その間にミルはポットを手にお茶を淹れに向かう。
ある日ケラマに誘われてから、朝にまず1杯のお茶を楽しむことが、2人の日課になったのだ。
水道は各フロアに1つあるキッチンにしかない。フロア内の人数のわりにあまり大がかりな料理をする想定がされていないキッチンで、かまどは2つほど、テーブルは大きなものが1つだけ用意されている。水道だけは5口あって、ひねり方によって水から熱湯まで、温度を調節できるように魔術が施されている。
朝の水くみには大抵は各部屋の元平民が動くのだが、
「やあやあみんなお早う。いい朝だね」
最近はラールシムに配慮したローもやってくる。朝なのに1人だけやたらと元気がよく、お茶を淹れるのは下手なのでお湯を汲むだけだが、挨拶のあとは202号室のマルチャなどと雑談に花を開かせたりしている。
ミルは自分の部屋用に割り当てられた蛇口から熱湯を取って、すぐに部屋に戻る。
「それじゃあミル君、また教室で」
「あ、はい。また」
去り際にローに挨拶を返したあとは、少し駆け足のようになってしまう。
部屋に戻れば、ケラマが3人分のカップなどを用意して待っていた。すでに手紙の内容は確認して、自分の机の引き出しにしまったようだ。
「あ、ありがとう」
「こちらこそ、いつもお茶くみをしていただいて」
「ううん」
いつもの挨拶をして、ポットをテーブルに置くと、しばらく2人はテーブルを挟んで静かに座って待つ。窓の方を見て外の景色を眺めたり、今日の予定を確認したり、あるいは本を読んだり、日によって2人ともすることは違ったりするけれど、あまり雑談をしたりはしない。初めのうちはミルが何か話をしようと慌てていたのだけれど、その必要はないと気付いてからは、心安らかに自分の時間を過ごすようになった。
そうして、お茶がいい感じに出た頃、ミルがポットをとってお茶を注ぐ。それでお礼を言い合って(今度はミルがお礼を言う理由もないのだが)、また静かにお茶を楽しむ。
そうしてお茶を飲み終えたころ、「そろそろ」とケラマが声を掛け、ミルがヤーレを起こす。
体を揺すられてようやく体を起こしたヤーレは、おぼつかない足取りで2段ベッドから降りて、冷めて飲みやすくなったお茶を飲みながら着替え始める。
そうしているうちに、昼2つ(午前7時過ぎ)の鐘が鳴る。
廊下の方もにわかに騒がしくなり始める。みな、朝食に向かい始めたのだろう。
「ほ、ほら、そろそろ時間だから」
「んー」
それでもヤーレはまだ半分寝ている。
なんとかヤーレを着替えさせて、半分引っ張るようにしながら3人で食堂に向かうのだった。




