『歌姫《ディーバ》』
窓枠の影が長く伸びてきた頃。学院長室で執務をしていた『現実複製者』も一段落ついてのびをしていたところ、重い扉からノックが響いた。
「どうぞー」
ドアから現れたのは、自身の妹弟子に当たる魔女、『円卓の管理者』だった。
「珍しいですね」
「そう? ここんとこはときどきすれ違ってたと思うけど」
「それはそうですが、ここには来ないじゃないですか」
「まあ用事もないしね」
「なるほど……あ」
「なに、急に声出して」
「いえ、今日は忙しいものですから、用がないのであればすみませんがお引き取り願おうかと」
「久しぶりの訪問なのに冷たいわね」
「それで、用はあるのですか?」
「私にはないんだけど、この紙がね」
「私はその紙に用件はありません」
「なにそれ」
「わかってるんですよ。あなたがわざわざそんな申請書を用意するような魔女じゃないということは。それで、あなたの周りの魔女であれば自分で持ってくるはずです。ただ一人、『歌姫を除いて」
「わかってるなら話が早い。というか、何をそんなに嫌がってるの?」
「……これですよ」
「これ全部否決したってこと? なになに……『ただ人が魔法を使えるようにする為の杖試作のための人体実験申請』? そんなことする気だったの!? ……こっちは『支給服の新規デザイン案』ってちょっとフリルが多すぎるような。それに『魔女のイメージ向上のための魔法学院内装修繕案』……要らないだろう大釜はともかくとして、こんなドクロ浮かべてイメージ向上できんの?」
「さあ? まああの人の趣味でしょう。こちらの『魔女図書館および個人書庫の複製集約化による大図書館の作成案』は完成予想図以外は悪くなさそうでしたが、理事会を通す必要があるだろうと伝えると自分から取り下げてしまいましたよ」
「ま、まあなんというか、趣味全開の提案ばっかりしてたわけね。そういう意味では今回も趣味も入ってるだろうけど、まあそんなに問題ないんじゃないかな」
「どうしても見ないとダメですか」
「ここまでじゃないから」
『現実複製者』はため息をつきながらも書類を受け取って、中身を2周見た。
「……まあ、たしかにこれなら許可を出さない理由はなさそうですね。理事会を通すほどの内容でもありませんし」
「でしょ? じゃあよろしく」
「しかし、あなたもわざわざこんな役を受けなくても。まだ気にしてるんですか?」
「いや、別にそういうんじゃないけど。ちょっとくらいしか。それ以前に友達だし。それにほら、弟子にいい顔をしたいっていうのも分からないでもないしね」
「……あなたには弟子はいなかったはずですけど」
「そうだけど、ほら、それっぽいのはいるわけで」
「実の弟子はそろそろ取るんですか?」
「あー、ちょっと用事を思い出したから行くわ。とりあえず進めていいって言っておくから」
「安全面には特に気を付けるようにとも伝えてくださいよ」
『円卓の管理者』は振り返らずに手をひらひらとさせて返事として、そのまま出て行ってしまった。
『現実複製者』はその様子を見送って、またため息をついた。




