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騒動-5

 気がついたら、真っ白い天井が目に入った。ちょっと顔を横に向けると、ケラマさんの別荘のベッドみたいに布が垂れ下がっていた。あ、これカーテンか。どうやら救護室のベッドで寝ていたらしい。

 体を起こしてカーテンを引いたら、隣のベッドにヤーレが寝ていた。

 「あ、起きた?」

 私の物音で起きちゃったのか、ヤーレが顔だけこっちに向けた。

 「ヤーレ……大丈夫?」

 「え? ああ大丈夫大丈夫。ミルの方は」

 「私?」

 言われてなんとなく思い出した。どうして私がここにいるのかを。

 「え、なんでヤーレも?」

 「いやまあね、私の方はいいんだけど」

 ヤーレが促すままに体の調子を確かめる。ちょっと体はだるいけれど、思ったよりも後を引いてない。

 「うん、なんというか、吐いてすっきりしたのかも」

 「……そっか」

 ヤーレも体を起こして、ベッドの端のところにもたれかかった。それから、珍しくしばらく黙っていた。

 ちょっと他のところの様子が気になり始めたところで、ヤーレが口を開いた。

 「あのね……聞いても、いい?」

 「なにを?」

 「えっと……こっちに来る前のこと、とか」

 こっちに来る前? というと、村でのことか。でも急になんでだろう。

 「あ、いや。いやならいいの。うん」

 「嫌ってほどじゃないけど。なんでなのかなって」

 尋ねてみたけれど、やはりヤーレはいつものように即答することはなかった。少し間があってから。

 「なんていうか、悔しかったから。ラールシムが詰めてきたとき、声は出したけど何を言えばいいか分かんなくて。……話、聞いたらなにか力になれるんじゃないかなって、思ったんだけど……ごめん、今聞くような話じゃないよね」

 ヤーレは言いながらも体がまたベッドの方に沈んでいった。

 昔のことを思い出せば、また頭が痛くなる。どこかからないはずの視線を感じてしまう。

 でも、それはため込んでるからかもしれない。吐き出してしまえば、いっそ楽になるのかも。

 「……面白い話じゃないよ?」

 ヤーレはまた体を起こして、何度も頷いた。それで話を始めるために口を開いた。

 「あ待って! ……そっち行ってもいい?」

 頷くと、ヤーレがこっちのベッドに移ってきた。


 ******


 私の両親は、普通の、獣人じゃない人だった。両親だけじゃない、うちの村には獣人は1人もいなかった。魔女もいなくて、時折旅の商人なんかが来る以外には、変化もほとんどない村だった。

 そんな村の普通の両親の最初の子供として私は生まれた。こんな村でも、獣人になるかは血によることは知られていたから、最初父は母をひどく疑ったらしい。でもその頃は獣人が来たりしてなかったし、次の子は普通だったから、私の物心つく頃には落ち着いてたんだけど。

 それでも、私に対しては2人とも素っ気ないというか、避けているようだった。そして、私が外に出るのを良しとはしなかった。


 成長して村での仕事が手伝えるようになったら、家から出ることを許された。家の中で息が詰まっていた私にとっては、外の世界は救いに思えた。だけど、外の世界で待っていたのは、奇異の目だった。

 体を動かしているうちは、何も考えないで済むから楽だった。でも、休憩の時なんかに聞こえてくる声が、他の人たちの姿が、私を見る目が、私が他の人たちとは違うって、なじめることはないんだって伝えてくるようだった。

 ひどいことは……よく覚えてないかな。私は獣人だから、他の人たちより強かったりしたから、痛いことはあまりされなかったと思うけど。使ってる道具が壊れてたりとか、後ろから川に突き落とされたりとか、それくらいはあった気がする。


 幸い集会所には普段誰もいなかったから、そこに逃げ込めることに気付いた。そこには本棚があって、もちろん読めなかったけれど、ときどきあった挿絵を眺めたり、どんな話があるのか考えたりして楽しんでいた。

 それだけが、私の楽しみだった。


 ある日、集会所の隅で、窓から差し込む日差しを明かりにそうやって本を眺めていたら、人影が本に落ちてきた。恐る恐る見上げると、窓の向こうにいたのは、見たことない服装で、妙に大きな箒を手に持っている、大きな女の人だった。

 本が読めるのかと聞かれて首を振ると、こちらの方に手を伸ばして、その手から出た光が私を包み込んだ。それから本を指さしたからそっちに目を向けると、本の中身が読めるようになっていた。

 え? うん、あれは魔法だったんだと思う。え? 魔術だったか? ちょっと分からないけど……。色もちゃんとは覚えてないかな。

 それから私の頭をなでたあとにくすぐって来て、もしここから出て行きたいなら、何年後かに機会があると伝えて、そうして持っていた箒に乗って飛び去っていった。


 ******


 「そうして、その魔女の人の言う通り、私はこうやってあの村を出て、今ここにいる、って感じ」

 話をまとめると、うずうずしていたヤーレが食い気味に口を開いた。いやまあ、話の途中でも我慢できてなかったけど。

 「その魔女が、前に言ってた会いたいっていう人?」

 小さく頷くと、ずいとこちらに寄ってきた。

 「受けたのってどんな魔法? だったの? 聞いた感じだと魔法っぽいけど」

 「えっと、字が読めるようになったけど」

 「翻訳? だったら魔術かな。魔法だとすごく難しいって話だったはずだし。でも1言語だけの字を読めるようにするんだったらもうちょっと簡単なのかな。異言語圏の人だと難しそうだけど」

 ヤーレはしばらく独り言をつぶやきながら何か考えている様子だったけれど、やがて両手で頭をかきむしった。

 「そうじゃない! えーっと、その……」

 「……あ、別に感想とかなくても。面白くなかったと思うし」

 「……でも」

 ヤーレが顔をじっと向けてくるので、首を振る。やっぱり、ヤーレには見られても気にならない。

 「あ、そういえばミルを推薦した人なんじゃないの? 探してる人って。くすぐったのも才能を見たってことでしょ?」

 その質問にも首を振って答えた。

 「もっと小さい人だったから、私の推薦人は。あの人は、私より大きいくらいだったと思うし」

 「そっかぁ。あでも、なにかは知ってるかもしれないよね。その人が来るってこと知ってる風だったみたいだし」

 なるほどたしかに。魔女になったら調べてみてもいいかもしれない。


 少しして、ノックの音が響いてきた。やがて姿を現したのは、ナリスさんとケラマさんだった。

 「お二人ともお加減はいかがですか? ……ってどうして同じベッドにいらっしゃるんですか」

 「え!? いやー、これは別に、ね?」

 「そう慌てられると逆にあやしく見えますわね……まあ構いませんけれど」

 「ヤーレさんはお怪我の方は」

 「ああうん、それももう大丈夫」

 「え、怪我してたの」

 「だから大丈夫だって!」

 ヤーレも倒れてたんだからあまり興奮させるのもよくないだろう。とりあえずこれくらいにしよう。

 「でもなんで怪我したの」

 「それは」

 「いやーだからなんでもないって」

 ケラマさんもヤーレも言いづらそうにしていたので、ナリスさんの方を向いてみると、ため息をついて口を開いた。

 「私たちがあなた達の元についたとき、ヤーレさんはあなたに潰されてたんですのよ」

 「え」

 「いやあれは私がちょっと引っ張り過ぎちゃっただけで」

 「走って追いついたところで、息もしづらかったようで、ヤーレさんも」

 「で、それなのに無理に抜けようとして変に力を入れてしまった、ということだそうですわね」

 ヤーレの方を見れば、気まずそうに頬を掻いていた。

 「えと、ご、ごめん」

 「だからもう大丈夫だから! それより二人は授業はいいの?」

 「もう終わりましたわよ」

 朝に倒れたのだから、まる1日寝ていたことになる。最近、ずっと気を張ってたからかな。


 しばらく4人で話していると、またノックが響いてきた。入ってきたのは、ローさんだった。

 「やあやあおそろいで。体の方は大丈夫かい?」

 「あ、はい。あの、ラールシムさんの方は」

 ローさんはちょっと驚いたように口を開けて、それから微笑んだ。

 「ああ、あの後落ち着く飲み物をもらってね。それを飲んで、部屋で寝ているよ」

 ローさんの様子を見ても、ラールシムさんは大丈夫らしい。そうすると、服装のこととか、あのメモのこととか、いろいろと気になることが出てきた。

 聞いていいのか分からなくて迷っていたら、ローさんの方から答えてくれた。

 「君に見せていた紙の件は、姫様に助けてもらって解決したよ」

 「いえ、こちらこそもっと早く動けていれば」

 「まあ上級のクラスの動きまでは分からないよね。端的に言うと、姫様が襲われたと勘違いした人が、姫様に気に入られようと先走ってしまったようでね」

 「あ、ナリスみたいな人がいたわけだ」

 「それは……まあそうともいえますわね。もちろん、私なら私刑などくだらないことはいたしませんけれど」

 「はは、まあ君は公正な人だからね。ともあれ、犯人は姫様に公的に非難してもらったから、似たような人は出てこないだろうね」

 ケラマさんはちょっと気まずそうな笑みになっていた。まあ勝手にとはいえ、自分のために非道を働いたとか言われたらなんともいえない気持ちにもなるだろうな。

 

 話題を変えるようにナリスさんが咳を一つした。

 「それで、ローさんは単なるお見舞いに来ただけなのですか?」

 「ああ、いや。ミル君に質問があってね」

 ローさんも真面目な顔に戻って、ちょっと緊張する。

 「急がなくてもいいかとは思ったんだけれど。状況が変わったから、ラールシム君とどうなりたいか、その気持ちに変わりはないかと思ってね」

 ラールシムさんとどうなりたいか。昨日は友達になりたいといった。今日のことがあってからも、そう思えるのか、ということ。

 今朝のことを振り返って考えると。

 「……ちょっと、考え直したい、です」

 そう伝えると、ローさんはちょっと悲しそうに口を歪ませてから、何度か頷いた。

 「うん。まあそうだよね。いや当然だと思うよ」

 「あ、いや。たぶん違うんです」

 ローさんの顔を見れば続きを待っているのが分かる。ちょっとちゃんと伝えられるか不安だけど、とにかく言葉にしてみよう。

 「あの、えっと。たとえばラールシムさんと二度と話したくないとかじゃなくて。私、何も考えてなかったのかなって。ラールシムさんのことも、今はちょっと難しいけど、魔法の効果が無くなったらなんとかなるんじゃないかって。最近うまくいってたから、たぶん余計にそう考えてたんじゃないかって」

 魔法学院(アカデミア)に来てからは、ヤーレと会って、ケラマさんと会って。ナリスさんとは最初ちょっとあったけど、今は普通に話してくれるようになっていて。こっちだとそれが普通なんだと思っていた。

 「でも、そういうことじゃない、ですよね。私が目を見れないのと同じで、ラールシムさんは私とは話せない。仲良くなれば大丈夫なのかもしれないけど、それまでが、すごい負担になっちゃうんだって、そう気付いたから」

 だから、なんというか、そういう覚悟が必要なことだったんだって。私が我慢したりがんばったりすればなんとかなる話じゃなかったって。

 ローさんは私が言い終わるまで静かに聞いていて、私が続きを話さなくなって、ゆっくりと頷いた。

 「うん、分かった。君は優しいんだね」

 「そ、そう……?」

 「ああ。あの子のために考えてということだろう? 事情があるとはいえ、2度も襲ってきたような相手のことを真剣に考えられるのは、なかなかできることじゃないだろう」

 ローさんは満足そうに頷いたあとに私に拍手を送った。なんというか、ちょっと恥ずかしい。

 「君と同期になれたことを誇らしく思うよ。そうだな、いずれそのきれいな瞳と目があうことを願うよ」

 そういわれて思わず肩をすくめてしまった。でも、ちょっと上を向けば、たぶんそれだけで目を見れる。心臓がバクバク言っているのがわかる。

 そんな私の様子を見かねてか、ローさんが声を上げて笑った。

 「別に今じゃなくてもいいさ。時間はたっぷりあるんだからね」

 それでローさんは去って行った。

 その背中を見送って、気が抜けたようにため息が出た。

 周りを見ると、ヤーレも同じようにため息をついた。

 「まあ、ミルは優しいけど、でもナリスの時といい、どちらかというとお人好しだよね」

 「そうかな……」

 「というかどうしてそこで私の名前を出すんですの」

 ヤーレがごまかすように変な顔をして、誰からということもなく吹き出した。その間にちらりとヤーレの目を見る。相変わらず、どこを見ているかわからないくらい細い、安心してみられる目だった。

 いつか、なにも考えずにローさんの、ナリスさんの、他の人たちの目を自然に見れるようになれたらいいなと、ヤーレの目を見ながら話してそう思った。

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