騒動-1
長い休みが終わって、久しぶりに学院にやってくるとなんだか安心できる。ヤーレもケラマさんも同じ部屋だから、久しぶりに会うとかそういうわけじゃないんだけど、いつもと同じことをしているっていうのが安心感を生んでいるのかもしれない。それに、ナリスさんに会うのも、ケラマさんの家から戻ってからは登校が始まってからくらいだった。
こっちに来てからまだ数ヶ月しか経っていないけれど、ここでの生活がもう日常という雰囲気になってきたな。
こうやって授業ごとにヤーレやケラマさんと並んでいろんな部屋に行くのも慣れたものだ。
「――なんだけど、でも『解説者』がね――」
こうやってヤーレが話し続けるのも、なんだか落ち着く環境音のようで。
そうしたら側の部屋から大きな音がして。うんうん、よく分からないけど爆発が起きたりするんだよね。
「キエーーーーーーーー!!!!!!」
そしたら奇声が……奇声?
声の方を見ると、棒状のものを持った人がなにか叫びながらこっちに向かってきていた。
は、え? なにこれ。
「え、なになに!?」
左右を見る。ヤーレやケラマさんも動けなくなっているようだ。
前を見直すと、もう目の前で振りかぶられている。
狙いは私? 逃げるなら前!
勢いに合わせて相手の頭を抑え、振り下ろされるのとは逆側の肩越しに飛び上がって、そのまま相手を蹴り出した。
跳ねながらも半回転ひねりを入れて、相手の行方を覗うと、きれいに転がりながら大きな音を立てて廊下の壁にぶつかって、やがて動かなくなった。
えーっと、大丈夫……?
とりあえず2人にアイコンタクトを取ってから近づこうとすると、後ろから声を掛けられた。
「大きな音が鳴ったけれど、大丈夫だったかい?」
「え、あ、はい。私は」
眼鏡を掛けた小柄なその人は、あまり手入れをされていなさそうな髪をがしがしと掻いて、私の視線の先を追いかけた。
「あー、あの子は……まあ大丈夫じゃあないかな。じきに『魔術遣い』が来るからね」
言いながらその人は倒れている子――よく見れば私達と同じ、魔法学院から支給された服を着ている――の方へ近づいていった。
「あの方は、ラールシムさんですね。よく、左後ろの方に座られている」
「ってことは……同期の人?」
ケラマさんがにっこりと頷いた。なるほど。いやでもなんで同期の人に襲われなきゃいけないんだ? 話したこともなかったはずだ。
不思議に思いながらもちょっと離れて眼鏡の人の動きを見守る。座り込んだみたいになっているラールシムさんの目を覗いたりして、様子を見ているようだ。害意とかは、ないのかな。
「止まって」
突然天井から声と青い光の波が降ってきた。と思ったら文字通り何一つ体が動かなくなった。息ひとつさえできない。
開きっぱなしになった視界の上側、つまりは天井から、アミー先生と一緒に女の子が降りて来た。
2人はなにか話し合っている風だったけれど、なにも聞こえてこない。気付けば、文字通り全ての音が聞こえなくなってしまったみたいだ。
そのあと女の子の方が私達に向かってなにか喋ったようだった。すると青い光が3つこちらに飛んでくる。それが自分にぶつかると急に体の自由が戻ってきて、ついよろけてしまった。無理矢理息を止めさせられていたので、ちょっと息が上がっている。
「そっちは……『詐欺師』ですか。とりあえず話を聞きましょう」
アミー先生に声を掛けられた女の子は頷いて、眼鏡の人にまたなにやら声を掛ける。と、眼鏡の人は頭のあたりだけ動かせるようになったようだった。
「まさか『最強』を連れてくるとは思わなかったよ」
「あなたが大怪我人の可能性ありと言うからでしょう。何ごとかと思いましたよ」
アミー先生のとなりにいる子……そうだ、前に流れやすい魔力のことについて話してくれた人だ。
はっと気付いてヤーレの方を見ると、案の定息切れとは別の意味で息が荒くなっている。
「ねえ聞いた? 今の『最強』の詠唱! あれってモガモガ……」
ちょっと騒がしくしていい場面じゃなさそうだから口を塞いでおこう。すぐにケラマさんが近づいてきてヤーレさんに向かって口に指を当てて静かにするように告げる。ヤーレが頷いたので、とりあえず口から手を離す。
ラールシムさんに手を触れた『最強』さんがアミー先生に笑いかけて、アミー先生はようやく一息ついたようだ。
「それで、どういう状況なんですか?」
「まずは私を動けるようにしないかい?」
「どういう状況なんですか?」
2回の問いかけにもにやにやした笑みを浮かべて何も答えなかった『詐欺師』さんだけど、『最強』さんがアミー先生の隣に戻ったところでようやく口を開いた。
「状況といっても、私もここに来たばかりだからね。奇声のあとに衝撃音が聞こえてきて、駆けつけてみたらそこの子が倒れていたというわけだ」
別におかしなところはなさそうだけど、アミー先生は猜疑心いっぱいといった風で『詐欺師』さんを見続けている。
と、ケラマさんが小さく手を挙げた。
「よろしいですか?」
アミー先生は仕草で発言を促す。
「大まかに話せば、私たちがこちらから歩いていたところ、ラールシムさんがあちらの扉から現れ、声を上げながら斧をかぶり、ミルさんへと迫っていらっしゃいました。ミルさんがそれを躱すと、いきおいそのままに壁にぶつかり、動かなくなったのです」
「なるほど」
「そしてその後、そちらの方が、ラールシムさんのいらっしゃった部屋からおいでになったのです」
アミー先生は小さく何度か頷いて、また『詐欺師』さんの方に向き直した。
「どういう状況だったんですか?」
「……ちょっとお話を聞いていただけだよ」
「なるほど」
『詐欺師』さんの言葉は軽く流してアミー先生はラールシムさんの手を取った。
「陣を残し、触れた者の異常を表せ。」
アミー先生の不思議な言葉とともに中空に赤い光が円形の模様を組み始めた。そうしてラールシムさんの手をその陣に近づけていく。
「ん」
陣に触れるのに反応したように、ラールシムさんが声を出すと、模様の光が白色に変わって、湧き出るみたいに文字が模様から飛び出していった。
「あれって」
「あれこそまさに『魔術遣い』の代名詞ともいえる魔方陣魔法――つまり魔法で魔方陣を組みあげてるんだけど、普通に魔方陣を組むのだと難しい遅延発動や触れた人の魔力を使って魔術を発動させたりできるんだけど、あだから今回はラールシムの魔力を使って発動させたんだね」
「どんな魔術?」
「それはー、えーっと」
「あれはそうだね、自分に掛かった状態異常を確認する魔術といえばいいかな」
ヤーレが口ごもってしまったところに『詐欺師』さんがフォローを入れた。
なるほど、つまりアミー先生はラールシムさんがどうして襲いかかってきたか確認してるんだ。……異常が見つからなかったらどうしよう。そうすると、自分の意思で私に襲いかかってきたというわけで。でも文字が出てきてたからそこは大丈夫……なのかな。
やがてアミー先生はラールシムさんの手をそっと置いて、また『詐欺師』さんと向き合った。眉間に皺を寄せて、やや困惑している様子だ。
「『興奮』および『バイアス増幅』、あと『素直化』とか出たんですけど、あなたいったいなにをさせようとしたんですか」
「そうだねぇ。どこから説明するのがよいのやら」
「端的にお願いします」
「端的にか。それなら、まああれだね。防犯訓練かな」
それでますますアミー先生は顔をしかめてしまった。
「……もうちょっと詳しくお願いします」
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『詐欺師』さんの話をまとめてみよう。
そもそも『詐欺師』さんの研究テーマが「魔術魔法に対応する術」にあるそうで、その一環として私達見習いに掛けられている保護の魔法を逆に利用して、アカデミアを攻撃する襲撃者を想定したらしい。
私達に掛けられている魔法はアカデミアの魔女以外には効果が薄いらしく、襲撃者が私達を何らかの形で操作して襲わせてくるかもしれない、という話だそうだ。
そこで見習いの一人に魔女を襲わせてみて、保護の魔法が掛かっている相手でも問題なく治められるか確認してみよう、と思ったらしい。
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そんな話を語っている間も『詐欺師』さんは何一つ悪びれる様子を見せず、なんだか逆に感心してしまった。
「……それが、どうして見習いに襲いかかったのですか?」
「うん。どうにもあの見習いの子は獣人が苦手だったらしいからね。獣人の魔女を襲わせるようにゆっくりとお話ししようと思っていたんだけれどね。心を開いてくれるお茶をちょっと飲み過ぎちゃってね。そこにそこの子がやってきたものだから、つい飛び出していってしまったんだろうね」
アミー先生は『詐欺師』さんに向かって何度か口を開いては閉じを繰り返して、やがて諦めたようにため息をついた。
「もうすぐ次の授業が始まりますから、そちらのお三方は問題ないなら教室に向かってください。私達はこの子を救護室に運びましょうか」
アミー先生の言葉が終わると同時くらいに、昼6つを知らせる鐘が鳴り始めた。
それで私達も慌てて動き出す。ちょっと気になって振り返ると、アミー先生が『最強』さんと一緒にラールシムさんを運んでいた。
「ちょっと、私はこのままなのかい?」
「あとで戻ってきますから。そういうことで」
……『詐欺師』さんは結局動けないままで廊下に放置されてしまったようだった。まあ、因果応報、なのかも。




