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休暇-3

 着替え用に何人かの使用人を引き連れ、移動式の衣類掛けを部屋へとお運びしました。どうやら私が立ってからもう1戦あったようで、ヤーレ様とナリサリス嬢がまたも言い合いをされておいででしたが、ご想像の通りかと思うので割愛いたします。

 そう経たずしてヤーレ様もこちらにお気づきになり、目を輝かせた……と思うとすぐに首をおひねりになりました。

 「それが……水着?」

 「そうでございますよ。国内でも名うての職人達に作らせたものでございます。とはいえ此度のためにとはまいりませんでしたから、少々流行から外れたものとはなりますが」

 「あの、たぶん、そこじゃなくて。なんというか、その、普通の服、みたい、です」

 ミル様はその後も普通の定義についてお話されておりましたが、うまく耳に入りませんでしたのでこちらも割愛させていただきます。

 さて、お2方の困惑されていたことにも合点がまいりました。たしかに、今回ご用意した水着はどれも普段のお召し物としても問題の出るものではございません。

 もちろん、水遊びの際に邪魔にならぬよう、動きやすいデザインとなってはおりますが、それ以上に特徴がございます。

 「こちらのお召し物を『水着』と申しますのは、こちらが魔術によって水をはじくようになっているからでございます」

 「魔術」

 ヤーレ様とミル様が声を揃えてつぶやいたあと、納得されたように息をお漏らしになりました。

 「ですから、こちらの水着を着れば、水から上がった後でも服が肌に張り付くような感覚はございません。さらに副次的な効果として、汚れが大変落ちやすいと洗濯係にも――」

 「サレッサ」

 姫様に釘を刺され我に返ります。どうもこのような便利なものに対しては熱が入ってしまいます。

 「ともあれ、こちらをお召しになっていただければ、不快な思いをされることも少なくなることでしょう。もちろん、体を拭くものなどは必要になりますが、そちらのご心配も不要です」

 「とにかく、見てみましょう」

 姫様の言葉を号令に、ミル様とヤーレ様、遅れてナリサリス嬢も水着の方に近寄ってまいりました。


 お客様方それぞれの水着のお世話については屋敷の使用人達に任せ、全体を見ることといたします。しかし、こうしてみるとどうしてこうも似ても似つかぬ方々がお集まりになったものでございます。水着の試し方一つとっても、まさに三者三様といったご様子です。

 ミル様の方を見れば、自信なさげに耳を折りたたまれ、使用人に言われるがままに姿勢を変えて、水着を体に当てられるがままとなっていらっしゃいます。少々不安になるご様子ではありますが、問題も起こらないことでしょう。


 ナリサリス嬢の方を見れば、水着を体に当てることなどはせず、使用人に持たせたまま詳しく説明させているようです。

 「こちらはあえて折り込みを深く付け、水に入るとそれがふわっと広がりさながら湖に咲く花のように映るのでございます」

 「そうすると、なかなかの重さがありそうですわね」

 「そうですね……ただ水に浮く服ですから、入ってしまえば重さはそれほど気にならないかと」

 ナリサリス嬢は納得されたように鼻を鳴らし、「そちらは」と別の水着を取り出させました。

 「こちらははじいた水をあえてレースで受け止めるようにして、あたかも――」

 まあなんでも良いですが、この調子で選べるのでしょうか。


 対称的にヤーレ様はすでに水着に着替えていらっしゃいます。お選びになったのは存外にシンプルなもので、装飾もほとんどないカジュアルなワンピースでございました。シンプルといってももちろんつまらないものということではなく、むしろ薄く入った色合いが彼女の少女性を際立たせているといえるでしょう。

 「ど、どう……ですか」

 少し気恥ずかしそうに微笑む彼女を周囲の使用人達が褒めそやします。その言葉でさらに顔を真っ赤にして、避けるように視線を逸らします。

 「あ、ほ、ほらケラマは? ケラマは水着選ばないの?」

 「私は、もう私のものがありますから」

 そうして姫様もまた微笑みを浮かべて「よく、似合っておいでです」とヤーレ様をお褒めになりました。それでミル様の方をお伺いになりますが、服を脱ぐの脱がないのでいっぱいいっぱいのご様子。そうして逃げ場を失ったからか、逆に姫様の方にお寄りになりました。

 「ダメだよ! やっぱりみんなで選ばないと。ね、サレッサさん!?」

 「え?」

 完全に不意打ちとなり、思わず声が漏れてしまいました。しかしなるほど。もちろん、姫様がお持ちの水着はいいようのない美しさをたたえておいでではございますが、それはそれとして様々な趣向で楽しませることも重要なことのように思えます。そしてもちろん、姫様の可憐さはここにあるどの水着であっても、皆様の目を喜ばせるに足らぬことなどあり得ないことでございます。そしてまたご友人と同じ時間を過ごすこともまた必要なことであるのかもしれません。

 「まあ、そうですね」

 「サレッサ?」

 「よしっそれじゃあほら、こっち来て」

 「あっ」

 ヤーレ様は姫様のお手を取って引っ張ってしまいました。さすがに不敬ではないかとも思えましたが、しかし本来姫様はすでに姫ではないわけでございますし。

 「失礼いたします」

 声を掛けられて思考を中断すると、ミル様に付いていたはずの使用人でございました。


 姫様方のことも気にはなりますが、あちらにも使用人がついておりますから問題は起きないことでしょう。それよりも呼ばれればそちらが優先、ミル様の方へと向かいます。

 「どうかなさいましたか」

 質問をしても困ったようなお顔をなさっているミル様。水着をお召しになっているようですが、そのお尻のあたりも膨れてしまっております。はて、あのような仕様の水着は用意など。

 「あ」

 ミル様の困り顔の上、同じように困ったご様子を見せる猫の耳を見て思い当たりました。

 「尻尾……」

 衣服の中で猫のような尻尾を逃がすことができず、柔らかい棒が入っているように不自然な膨らみを作ってしまっているようです。これは、完全に盲点でした。この屋敷に獣人が訪れることはこれまでございませんでしたから、当然尻尾の通る衣服の用意はございません。しかし、だからといってこのまま仕方ないで済ませてしまっては名折れというもの。

 しばし考えたところで、妙案を思いつきました。ミル様の元に近づいて、尻尾の出所を探ります。

 「失礼」

 「あ、あの……?」

 想像よりやや下ではありましたが、この位置であれば、ツーピースなら着こなせることでしょう。実際、こちらにいらした際の衣服もジャケットとスカートに別れておりました。

 次に背丈……背筋を伸ばしていただくと、どうやら私とそう変わらない身長。細身なのが気になる所ではございますが、まあどうとでもなることでしょう。

 使用人を呼びつけ、考えを口にすると、意を得たように頷き、代わりの水着を取りに行きました。

 ほかの皆様も騒ぎにお気づきになったようですが、折角ですから種明かしは明日といたしましょう。


 *****


 皆様の水着選びで大盛り上がりとなった後のこと。この屋敷には灯りが多くありませんし、移動の疲れもあったことでしょうから、お夕食のあとはお部屋でお休みいただくこととなりました。皆様を再度お部屋にご案内した後は、姫様の部屋番となります。本来であればお客様方にも部屋番を付けるべき所でございますが、知らぬ人がいればかえって寝づらいだろうということで、あえてそのままとしております。

 部屋の片隅、天蓋より垂れる幕の中にあるベッドで姫様がお休みになっておいでです。窓から漏れる月明かりのもとでは幕の向こうのご様子をうかがうことはかないませんが、本日の姫様はいつもとはまた異なる体力の使い方をなされたはずですから、ゆっくりとされておいででしょう。

 「サレッサ、起きていて?」

 「いかがなさいましたか?」

 突然のお声がけを受けましたが、その意図が読み取れません。シーツのこすれる音などが聞こえないことを考えると、お立ちになろうとしているわけではないようです。

 「今日は、ありがとう」

 いつもよりも少し力の抜けたお声。お褒めの言葉を受けることはあれど、感謝の言葉など、あまり似つかわしいものには思えませんでした。

 「私にはもったいないお言葉でございます」

 「いいの。いつか、そう伝えたかったの。もう、許されることだから」

 そのお言葉に、身を引き裂かれるような感覚を覚えてしまいます。私と姫様の間には許されなかったことが、魔女になるにあたって許されてしまう。この関係が変わるときが、もう目に見えるところまで来てしまっているのだと、そう思い知らされます。

 お言葉を返すこともできずにいると、ベッドの方から体を起こすような音が聞こえてまいります。

 「そちら、硬くはない?」

 つまりは「一緒に寝ないか」というお言葉に面食らってしまいます。もっと幼い頃ならいざ知らず、今となっては流石に気安さが過ぎるというもの。恐れ多くもお受けすることなどかなうはずもございません。

 「こちらでも十分にございます」

 「……そう。困らせてしまったかしら」

 「まさか。ただ、いかがなされたのかと」

 姫様はしばらくお言葉をお選びになり、呼吸の音が聞こえそうな静寂が訪れます。3呼吸ほどののち。

 「今日は、楽しかったものだから。だから、かしら」

 お選びになるのにかかった時間に比べ、姫様は淡々とお呟きになられました。

 考えてみれば、寮では寝る間もあのお2方とともにいらっしゃるのでございますし、そのことが思い出されてもの寂しい気持ちになったのかもしれません。

 ベッドの方を見れば、色を失った部屋の中にただ大きな黒い箱があるようにしか見る事がかないません。その中にあるものを窺い知ることなど、どのようにすれば良いか考えることすら難しいことのように思えます。

 その中に入れずとも、できることはあるはずであると、ない頭で考えを巡らしますが、月並みなものしか出てまいりません。

 「……恐縮ながら、お話を聞くことはできるかと」

 少しの間のあと、

 「ありがとう。でも、今日は、おやすみなさい」

 そのような優しい響きのあと、また体を寝かせるような音が、カーテンの向こうから耳に届きました。

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