休暇-2
ひととおりお屋敷をご案内差し上げたところで、どなたかのお腹が鳴りました。聞かぬふりは得意ですが、どうやらミル様のようですね。
ヤーレ様がなにか口を開こうとしたところで、それを遮るようにナリサリス嬢が口を開きました。
「そういえば、お食事はどちらで頂くんですの?」
珍妙な言葉遣いが耳に障りますが、まあ良いでしょう。
「時間も良いころでございますし、お茶などはいかがでしょうか」
姫様のご様子をうかがうと、ゆっくりと頷きなさいました。
多目的に使えるよう最低限の物以外置かれていなかった部屋に食事用の机などを持ち込み、食堂風に仕立てた1室へと皆様をお連れして、キッチンに連絡いたします。
お茶が届くのを待つ間、特別なしつらえがあるわけではございませんが、やはりミル様やヤーレ様にとっては物珍しいご様子で、ソファに座りながらも興味ありげに周囲を見渡していらっしゃいます。姫様はそんなお二人を微笑ましげに、ナリサリス嬢はどこか気になっている様子で、そんなお二人をご覧になっていらっしゃいます。
さほど間を開けず、お茶が運び込まれました。
お茶と菓子を準備したあとは私としてはドア役に徹するつもりだったのですが、どういうわけかミル様とヤーレ様に作法をお教えすることとなりました。姫様も気にする必要はないとお伝えなさったのですが、どうやらやってみたいという気持ちが強いらしく、それならばということの次第でございます。
実際にお茶を楽しみながらひととおりお教えしたところ、ミル様もヤーレ様もやはりなかなか慣れない所があるようでした。
「お2方ともぎこちない点は目をつぶるとして、ミル様はもう少し堂々となさるのがよろしいかと。」
「う……はい」
「相手に不安感を与えてしまいますからね。それ以外は、意識せずに今のように動ければ問題ございませんよ」
フォローを入れたつもりでしたが、それでもミル様はかえって萎縮されてしまったようでした。まあ仕方がありません。ひとまず次に行きましょう。
「ヤーレ様はどうにも音を立てずにいることが苦手なようでございますね」
「……いや普通音鳴っちゃわないですか?」
不満げな無言で姫様の方に顔を向けますと、ヤーレ様もそちらをお向きになりました。姫様はナリサリス嬢とお話しなさっているところでございました。
「そういえば、ヨミーさんは」
「やはり難しかったようですわね。家のこともあるからと」
ヨミー様はレーゼバルト首長国における要人の娘でございます。姫様と異なりまだ家を捨てたわけではないようで、他国の地にはそう簡単には踏み入ることができないという判断があったのでしょう。
本題の方に戻りますと、姫様やナリサリス嬢がお茶を嗜むお姿はごく自然なもので、ともするといつお茶をお飲みになったのか見逃すほどでございました。
ヤーレ様の方にむき直すと、口をとがらせていらっしゃいました。
「いやでも、ほら、あの2人は特別というか」
それを言い出すと終わりなようにも思え、ついため息を漏らしてしまいましたが、まあよいでしょう。
「それでも、あのようなお姿こそ目指すべきものなのです。とはいえ、はじめに殿下もおっしゃいましたが、作法というのはその場に関わる者への配慮を表すためのものでございますから、それが示されるのであればどのような形でもよいといえます」
それゆえ特別にこだわる必要はないとお伝えして、この場は終わりといたしました。
*****
その流れのまま、私も同席することとなってしまいました。どうやら姫様としては私を紹介したいというところもあったようで、どちらにしても同席させる心づもりだったのかもしれません。
そうはいってもやはり知らぬ人がいると気になるようで、特にミル様におかれましては目線を向けるだけで体を凍らせてしまう始末。自分を親しみやすい人間であると考えたことはございませんが、それでも道理も知らぬ年でもない子にあからさまに拒否されれば、いくら私でも思うところができてしまうというものでございます。
こうなると、どなたかに話題を振っていただきたいところです。
「それで、これからのご予定ですけど」
……できればナリサリス嬢以外の方がよろしかったのですが、止められることでもないでしょう。
姫様が窓の方をお伺いになります。入り込む日差しはずいぶんと斜めになり始めており、夏のなかでは涼しくあるこの辺りでは少々肌寒いものであると思われます。
そして今度は戸棚の方にそっとご注意を向けられました。急ごしらえの食堂でございますから、その戸棚には大したものはないことでしょう。姫様もそのことはご存じでしょうから、本来ここに存在しているはずのものを指していらっしゃるはず。
「皆様も長旅でお疲れのところでございましょうから、本日はゲームでもおやりになるのはいかがでしょうか」
「ゲーム!? どんなのですか?」
思った以上にヤーレ様が食いつかれて、細い目の中が見えそうになるほどでございました。年相応ともいえるそのご様子に場の空気も和み、皆様のお顔に笑みがおこぼれになりました。
「それでは、いくつかお持ちいたしましょう」
そうしてゲームを取りに離席いたしました。
戻ってくると、皆様はお話に夢中になっていらっしゃったようでした。少し近づいたところでお気づきになったようで、ヤーレ様がこちらへと近寄ってこられました。先ほどの反応といい、そこまでゲームがお好きだったのかと少し驚きましたが、どうやら違ったようです。
「ねぇねぇ、サレッサさんが手品が得意っていうのは本当ですか?」
思いがけない言葉に戸惑いながら姫様の方をうかがうと、少しいたずらっぽい表情をされておりました。なるほど、主からのご希望ということであれば、答えないわけにはまいりませんね。
ヤーレ様には席に戻っていただいて、ひとまず持ってきたものをテーブルに置き、その中からカードセットを取り出します。
まずは表にした状態で並べて、同じカードがないことをお示しします。そうしたあと裏返しにしてまたひとまとめにして、山札の一番上をお見せいたします。皆様の印象に残ったところで山の中ほどに見せたカードをしまった後、音をたてながら山札をはじき3度たたいてから、ヤーレ様の方に差し出し、おめくりいただくよう促します。
そうしてヤーレ様が開いた山札の一番上のカードは、初めにお見せした、山札の中ごろに入れたはずのものでした。
ナリサリス嬢は面白くなさそうに、ヤーレ様やミル様は困惑したご様子で山札と開いたカードをご覧になっています。
「どゆこと?」
「ではもう1度」
あえてヤーレ様の開いたカードはそのままテーブルに置いておき、その次のカードを開いてお見せします。そうしてまた中ごろにカードを入れ、次のカードもお見せして、異なるものになっていることを示します。そうすると皆様納得されたご様子となったので、また山札をはじいて
「あら」
――姫様のお声は無視してまた山の上を3度叩きます。そうして今度はミル様にカードを開くように促します。
ヤーレ様ほど積極的ではございませんが、いくぶんか緊張も解けたのかミル様もおそるおそるといったご様子ながらも山札の方に手を伸ばし、一番上をおめくりになりました。果たしてそこにあったのは、先ほど見せた2枚のカードとはどちらとも異なるものでありました。
「えっ」
「あれ?」
ミル様とヤーレ様は見覚えのないカードに頭を悩ませていらっしゃるご様子でしたが、ナリサリス嬢がカードの正体にお気づきになったようでした。
「それは最初の時のカードでは」
ヤーレ様やミル様もお気づきになったようで、先ほどヤーレ様のお開きになった、テーブルに置いておいたカードの方に目を向けられました。表となっていたはずのカードが裏になっており、手を震わせながらヤーレ様が再度カードを表にすると、そのカードは2番目のカードでございました。
「ええーー!? なんでー!?」
ヤーレ様ほど声は上げられませんでしたがミル様も十分驚きになったご様子で、どうやら皆さんを楽しませることはできたようでした。
*****
そのままいくつかカードを使ったゲームをお教えして、それに興じながら話題は明日のこととなってまいりました。
「実際のところ、貴族の人ってこういうとき何をして過ごすもんなの?」
「人によるとは思いますが、自然を愛でたり詩作に励んだりというのは聞いたことがありますの」
「あとは、このころですと、やはり水遊びとか」
「水遊び……!」
「それ楽しそう! あでもここだとあの湖だよね……」
席をお立ちになるほどだったヤーレ様でしたが、なぜか急に意気消沈して口をとがらせました。
「あそこだと結構開けてるよね……さすがにちょっと気になるお年頃というか」
ヤーレ様のつぶやきにミル様も気づくところがあったのか、頭の耳が折りたたまれてしまいました。その後様子にナリサリス嬢がため息を漏らします。
「なにを気にしていらっしゃるかわかりませんが、ふつうは水着をお召しになるものでしてよ」
「水……着。あ、あー、なるほどね。いやそうだよね。それなら安心して遊べるね」
「え、でも、そんなの持ってないよ」
ミル様のお言葉にヤーレ様も声を漏らし、また肩を落とされてしまいました。そこで姫様が此方に目配せされたので、咳払いをしてこちらに注目いただきます。
「僭越ながら、こちらでいくつか水着をご用意させていただきました。きっとお似合いになるものがあるかと」
それでようやく、ミル様も手放しにお喜びになりました。
「じゃあ今から選ばない?」
「あら、負けそうだからとお逃げになるんですの?」
「ぐ……じゃあ終わったら」
「では、ご準備しておきましょう」
ちょうど上がれそうでしたので、数あわせの身には僭越な行為ですがそのまま上がりとさせていただき、水着の用意へと向かうことといたしました。




