サレッサ・ノレイノウ
試験の話に入る前のある休みの日。205号室の3人組は、暇つぶしにと街中を歩き回っていた。
「しかしもう暑くなってきたね……。そろそろ夏物に替えないと」
そう言うヤーレの頬を汗が伝う。支給服のブレザーも脱いで、片手に抱えている。
「ミルは暑くないの?」
「帽子、だからかな」
ミルの被る耳隠しのための帽子には、広くツバがついていて涼しげではあるが、表情は少し痩せ我慢をしているようにも見える。習慣として耳と尻尾を隠さないと落ち着かないらしく、尻尾を隠しているブレザーをヤーレのようには脱げないと考えているようだ。
「ケラマは」
「あー! ケラマだけ夏服着てる!」
ケラマは半袖のワンピースに、薄手の長手袋を付けていた。長袖の隣2人に比べるとかなり涼しそうで、表情にも余裕が見える。
「暑くなりそうでしたから」
「言ってよー。そしたら」
「あれ、出がけにケラマの言おうとしてたの止めたの、ヤーレじゃなかったっけ」
「そうだっけ?」
実際のところはミルの言う通りで、ケラマは忠告しようとはしたのだが、ヤーレがそれを聞かずに飛び出したのだった。
「まあ休みは待ってくれないし、それならしょうがない」
「よく分かんないよ……」
「とはいえ、このままでは……」
言いかけたところで、ケラマは少し手を上げ、すぐに降ろして手を2度叩いた。どうしたことかと隣の2人が立ち止まり、口を開こうとしたところ、ケラマと2人の間に風が吹いた。鋭い風は土埃を巻き上げ、3人の姿を見えなくする。
やがて視界が晴れると、そこにあったのは1本の傘だった。
ケラマは地面に刺さった傘を抜き、ヤーレに差し出す。
「こちらを使えば、日差しは防げるかと」
「あ、ああうん。ありがと」
言われるがまま傘を受け取るヤーレ。
「ってそうじゃなーい!」
「お嫌いでしたか?」
「いや好きとか嫌いとかじゃなくて」
不思議そうにしているケラマだったが、やがてうなづき。
「持ち手に、渦が四つ、ありますでしょう? こちらが、私の紋ですから」
「いや落ちてるものを拾ったのか心配してるのでもなくて。これ、そもそもどこから来たの?」
「ああ、サレッサです。私のお付きのメイドで、とても良く働くのですよ」
つまり先ほどの手拍子が合図となって、サレッサなるメイドがケラマの元に傘を届けた(投げた)ということだろう。
「あ、危なくないの……?」
「もちろん。プロですから」
「いやというか、つまりサレッサという人は常に私たちを監視してるってこと?」
「外では、そうですね。色々あって、そばを歩かせられないもので」
げんなりするヤーレ、周囲を見渡すミルの様子に、小首を傾げるケラマだった。




