試験-5
それから。はっきり言って、歴史と生活の勉強会はめちゃくちゃ大変だった。ケラマに言われたからとはいえ、よくナリスもいつまでも付き合ってくれたものだと我ながら思う。
運良く歴史と生活は試験2日目で、それはつまり読み書きや算術よりも1日多く勉強できるというわけで。
「……まあ、なんとかなりそうな感じにはなってきましたわね」
というお言葉を先生からなんとかもらえたのであった。
そして試験が終わった。結果は後日まとめて郵送されるらしく、それまでは生殺しの日々となった。
「ど、どうだった?」
と聞かれても、正直なところよく分からない。
「うん、書いたよ」
それだけ答えると、みんな不安そうになったりため息をついたりとなった。
*****
そして休み前の最後の授業日、つまりは結果が帰ってくる日。窓を叩く音に目が覚める。すでに目覚めていたらしいケラマが窓を開け、封書を配達鳥から受け取っていた。
私がもう起きていることに少し驚いた様子だったが、すぐにいつもの微笑みに戻って、ひとつ私に差し出す。
「どうぞ」
受け取った封書はもちろん学院の印で封がされている。これを開ければ、当然結果が書いてあるのだろう。
……ひとまず他の2人の様子を伺おう。うん。
というわけでミルにも渡し終えたケラマを見ると、さっさと中身を見てすぐに閉まってしまった。表情は……特に変化がない。
「どうだった?」
「そうですね。わるくは、ないかと」
どう答えるか困った様子。これはケラマ語ですごく良いという意味だろう。その辺なんとなく分かるようになってきた。
さて、気になるのはミルだな。ベッド2段目の手すりを掴んで上に顔を出すと、ちょうど開封したところだったようだ。ちらりと見えた紙に書かれた数字は。
「ひゃ、百!?」
危うく手すりを離しそうになった。体勢を整えている間に上からゴンと鈍い音が聞こえてきた。
「大丈夫!?」
もう一度上に行くと、耳を伏せたミルが右目に涙を抱えながら頭をさすってる。
「あ、み、見た……?」
「あ、ごめん。見る気は無かったんだけど、ひとつだけ。っていうかすごいじゃん!」
「い、いや、読み書きだけだから! 他は、その、生活とかはちょっとよくなくて」
よくないといっても私ほどじゃないんだろうな。そんな気がする。
ミルの手元にある紙は5枚かな。読み書き算術歴史生活の4科目とまとめの紙で5枚ということかな。
「一応聞くけど、補習とかは」
「あ、うん。それは大丈夫だった」
なるほど。つまり5枚であれば問題ないということだろう。
よし、覚悟を決めよう。
封筒を改めて触った感じ、そんなに多くなさそうだな。少なくとも10枚とかは入っていないだろう。しかし補習をするならその連絡用に1枚紙を増やせば十分なはずだ。6枚。6枚だとアウト……。
「あの、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
今度はミルが上からこっちを覗いてきた。ケラマも少し心配そうな目をこっちに向けてきている。
よし、覚悟を決めよう。決めたぞ、覚悟。うん。
「代わりに」
「いや開けるから! いま開けようとしたところだったから」
こ、今度こそ。うん、よし、覚悟は決めたぞ。
ゆっくりと封の上側を割いていく。ぴりぴりぴりぴり。生唾を飲み込んで、ゆっくりとちぎれた三角を押し上げる。
中身を見る前に紙の枚数を数えると、はたして、そこには6枚あった。
*****
「で、どうだったんですの?」
休み前最後の授業を終えて、ナリスとヨミーさんがこっちに寄ってきた。表情を見ても、よく分からなかったんだろう。なんせ、私もどう返してよいものかよく分かっていないのだ。
私の代わりにケラマがナリスの手を取った。
「ありがとうございました。おかげさまで、ヤーレさんは、夏休みを、楽しめるようです」
ケラマの言葉にヨミーさんは分かりやすく顔を緩ませた。しかしナリスは納得していなさそうだ。
「それで、その顔はなんですの」
私が答えたがらないのを見て、代わりにミルが手を挙げた。
「あ、えっと、その。ほ、補習は大丈夫だったけど、その、宿題が……」
ミルがちらりと私の鞄に目を向ける。口から紙がはみ出しているその鞄を見て、ナリスはため息をついた。
6枚目の紙は呼出状で、指定された場所に向かうとアミー先生に大量の紙束を渡され、休暇中にすべて終わらせるようにと、それができれば問題ないだろうという話をされたことを告げると、
「あー、そうですわね。まあ私への依頼は補習回避でしたから、そこは回避できてよかったですわね。それではみなさん楽しい休暇を」
それでヨミーさんを連れてそそくさと帰って行ってしまった。
「こんなの抱えて楽しめるかぁーーー!!!!!」
ナリスの背中に向かって久しぶりに大声出して、倒れそうになったわ。
*****
夏休みに入ってから、ちょっと経ったある日。
「ただいまーって誰もいないか」
久しぶりに開いたドアの先には誰もいない居間、覚えのある傷の付いたテーブル、私じゃまだ付けられない魔力式のランプ。まだそんなに月日も経っていないはずなのに、どうしてか少し懐かしく感じる匂いがする。
宿題がたっぷりあるとはいえ夏休みは夏休み。私もひとまず実家に帰ってみることにした。とはいえ同じ街にあるから本当はいつでも帰ってこられるんだけど。
「お、お邪魔します……」
「誰もいないから気にせず入って入って」
そして折角だからミルを家に招待することにした。今日帰るとは言ってたけど、そういえばミルのことは伝え忘れていたかもしれない。まあいいか。
「えっと、ご両親は?」
「この時間だとまだアカデミアにいるはず。言ってなかったかもだけど、パパもママもアカデミアの魔女だから。さ、お茶準備するから座ってて」
買ってきていたお昼をテーブルに並べて、台所でお湯を沸かす。そういえば私用のマッチがまだ用意されていて助かった。
茶葉をポットに適当に入れて、沸いたお湯を注いでテーブルに戻る。ミルはそわそわと周りを見渡していた。耳や尻尾がひょこひょこしているところを見ると、ちょっと楽しそうにも見える。
「なにか見つけた?」
「あ、うん。えっと、その、魔女のお家に来たの初めてだったから」
なるほど。それは初めて見るものが多いのかもしれない。それなら。私はランプを転がしてミルに底が見えるようにした。
「ね、ほら見て。この底の所、魔法陣があるでしょ? これを発動させると光が灯るんだよ」
「あ、だから芯がないんだ。熱くもならないの?」
「全然。よくガラスをぎゅって握ってて、暗いって怒られてたっけ……。小さい頃の話だけどね」
ぎゅっと握っていたのは、私にも灯りを付けたり消したりできないか、試したかったからだったと思う。
私の部屋には、代わりのオイルランプがある。それなら私でも火を付けられる。さっきのかまどと同じ。
この家には、パパやママ用のものと私用のものがそれぞれある。当たり前だけど魔女にはどちらも使えるけど、私には片方しか使えない。だからこそ魔女に憧れて、だからすごく――怖かった。
「大丈夫?」
様子を伺うようにミルがこっちを見ていた。普通の人にはない猫みたいな耳と尻尾。それを見ると、私も普通じゃない世界への一歩を踏み出していることを思い出せる。
そうして、ちょっと気持ちが軽くなる。
本当はミルの昔のこととか聞こうと思ってたんだけど、やっぱりやめた。そんなのどうだっていい。
「そうだ、ミルは魔力すごい出せるわけだし、魔法陣を発動したりできちゃったりして」
「えぇ!? えっと、まだ形を作るのが難しくて……でもやってみる」
かつての私のように、ミルはガラスを包むように両手でランプを掴んで、白い光を流し込む。円を作ろうと回っているようだったけど、光は固まらないで手の隙間から流れ出るように消えてしまった。
それでミルは「やっぱりダメだった」と苦笑いした。でも私がやっても、あんな風に光を出すことすらまだできないだろう。
私の一歩先を行く、私が最初の目標にしている少女。耳と尻尾がコンプレックスらしい、ちょっと自信なさげな女の子。
本当は、引っ張ってもらっているのは私だったんだと、その耳と尻尾にこそ救われていたんだと、いつか並べるようになったら伝えようかな。
ぐぅと音が聞こえて、ミルの顔が赤く染まっていった。とりあえず、今日はご飯にしよう。




