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試験-4

 翌日。2段ベットの下にも、窓から漏れ入る朝日のまぶしさがまどろみを奪おうとしてくる。しかし今日はお休み。そう、いくらでもベッドの中にいてもよい日なのだ。

 そういうわけで光を拒むようにシーツの中に深く潜ってもうひと眠り――。

 「というわけには行きませんわよ」

 視界が暗くなって安心したところで猛烈な勢いでシーツが剥がされた。油断したところに入ってきたまぶしさに我慢できず、ゆっくりと目を開けると、逆光の中でもフリルが目立つナリスがいた。

 「さ、お勉強の時間ですわよ」

 それで頭が冴えてきた。そうだ、私の休みはどこかに行ってしまったんだった……。


 *****


 午前のお勉強を終え、私とナリスは学院の前庭でお昼ご飯を取ることにした。前庭はちいさな池とそれを囲むようにいくつかベンチが置かれていて、暑くなってきたこの時期の休憩場所としてはぴったりだ。

 今日のお昼はなんとミルとケラマが昨日のうちに用意してくれていたらしく、今朝出かけに2人分預けてくれたのだ。ちなみにヨミーさんは今日は用事があるとのことで、今日はお休みらしい。

 「あ、これ砂川通りの屋台のパンだ。挟んでるジャムがおいしくてね」

 ナリスはパンを引きちぎって(パンがちょっと堅いのだ)かけらを口に運ぶ。

 「たしかに美味しいですが、少々食べづらいですわね」

 パンの横あたりからでろりとジャムが顔を見せてナリスの指についてしまっていた。ちぎるときにはみ出たんだろう。

 「ちぎって食べようとするからじゃない?」

 この手のパンはまず小さくかじって、とがった部分を丸めるように食べ進めていくのが定石なのだ。そうやってきれいに食べるところを見せると、ナリスはなるほどと言って、今度は小さくちぎるようにした。

 「かじったりはしないんだ」

 「別にあなたの食べ方にケチを付けるつもりはありませんが、やはり抵抗感が……」

 「ケラマはかじって食べてたけど」

 そう伝えると意を決したかのようにパンと向き合うけれど、いざ口を開いてパンを口元に近づけると、また動きが止まってしまった。

 「……えーっと、無理はしないでいいと思う。うん」

 「その、幼いころより厳しく言いつけられていたものですから。『魔女も寒所では厚着をする』とは言いますけども……」

 それでまたジャムのパンをちぎって食べ始めた。しかしやはり変わった食べ方につい目を向けてしまう。ちぎるときにはみ出たジャムをちぎったかけらで丁寧にすくい口に運んだ。なるほど、うまいな。

 「……人のことをご覧になるのも結構ですが、あなたのも垂れてますわよ」

 いわれて自分のパンを見ると、言われたように下からジャムが垂れていた。

 「わわ」

 慌てて下からかじると思わず力が入ってしまって、今度は横からジャムが吹き出てきた。もうどうにでもなれといっきに全部食べたけれど、手や膝元にジャムが付いてしまった。

 「あーもう、じっとして」

 どうしたものかとわたわたしていたら、ナリスがレースのハンカチで拭いてくれた。

 「あ、ありがとう。……えっと、それ」

 「お気になさらず。洗えば済むことですわ」

 「じゃあ私が」

 「お気持ちだけでよいですわ。レースの手入れの方法もご存じないでしょう?」

 「う、うん。その、ありがとう」

 ナリスはなんてことないという風に手を振った。


 *****


 とりあえずハンカチを洗いに行くか残りのパンを食べるかという話をしていると、アミー先生がアカデミアから出てきた。

 「あ、アミー先生! こんにちは!」

 声を駆けながら手を振ると気付いたようで、こちらに近寄ってきた。

 「どうも。お2人とも」

 「ごきげんよう。本日は研究なのでしょうか?」

 「ええ、担任はお休みでも魔女に休みはありませんから。お2人は……試験前の勉強会といったところでしょうか」

 「はい! いまは休憩してたんですけど、ちょっとやらかしてナリスのハンカチが汚れちゃって」

 「ハンカチ? ちょっと見せてください」

 言われるがままにナリスがハンカチを見せる。赤いジャムがべたりと付いていて、私が言うのもなんだけどちょっと汚い。

 アミー先生はハンカチの様子を見ると小さく頷いて、「この程度なら」と杖を取り出して小さくつぶやいた。

 「faparat (悪しきもの)fanumo(よ去れ)

 つぶやきと同時に杖から出た赤い光が赤いジャムと混じって、そして一緒に消えていった。

 「はい、これで綺麗になったと思いますよ」

 「あ、ありがとうございます」

 アミー先生のいう通り、ナリスのハンカチは元の真っ白に戻っていた。

 「す……すごい、さすがです!」

 「まあこの程度は……あ、ちょっと待ってください」

 急に近寄られて心臓がドキリと鳴った。金色の髪を垂らしながら少しかがんで、私の下半身をじっくりと見て、え、なにこれなにこれ。

 「手も下に」

 「ひゃい!」

 無意識に上がり始めていた手をビシッと下げる。すると先生の髪の間から赤い光が漏れ出て、下も見れなくなった。もうどうにでもなれと思っていると、「終わりましたよ」と下から聞こえてきた。

 「あの、もしかして痛かったですか?」

 「え? いえいえ全然!!」

 ふと下を見ると膝元に残っていたジャムのシミもなくなっていた。そういえば手に残っていたべたつきもなくなっている。どうやらナリスのハンカチと同じように綺麗にしてもらったらしい。

 「ありがとうございます! 光栄です!」

 「いえ、あなたには見慣れたものとは思いますが」

 「そんなこと」

 たしかに考えてみればこの手の魔法はパパによくかけてもらった。けどなんというか、何かが違うのだ。

 「ともあれ、勉強のほうもがんばってください。ところで他の2人は? いや、3人?」

 他の2人……ミルとケラマかな。もう1人はヨミーさんか。

 「今日は2人だけですが、何かありました?」

 「いえ、珍しい組み合わせと思ったので。あ、他意はありません。仲がよいのならそれはよいことですから」

 それではとアミー先生は街の方へと去って行った。


 *****


 ひとまず残っているパンを食べようということになってベンチに戻った。

 「しかし、アミー先生にも3人1組みたいに思われてたのかぁ」

 「というよりは私とヤーレの組み合わせが珍しかったのでは?」

 「まあ正直私の中の第一印象は最悪だったし。あ、いまはそんなことないけど。面倒見のいいお姉ちゃんみたいな」

 ナリスは「それもどうかと思いますけれど……」と苦笑しながら何かを考えていた。

 「何かあった?」

 「いえ、何かそんな気に障るようなことをしていたかと」

 「は? 覚えてないっていうの、私に……はたしかになにもしてないけど、ミルには結構ひどい態度してたじゃん」

 よく考えたら初対面のアレからほとんど喋ることもなかった。しかし第一印象としてはアレで十分だ。

 ともあれナリスは気付いたようで苦い顔をした。

 「あれは……まあちょっと虫の居所が悪かったといいますか」

 「でもミルのあの怯えようだと前の日からなんかあったっぽいじゃん」

 そう指摘すると、ナリスはため息をついた。

 「ミルのアレは私にだけではありませんわよ」

 「それはナリスの取り巻きみたいになってたからじゃないの?」

 「そうではなく、人に見られることそれ自体に恐怖を感じるのですわ。恐らくは、特に耳や尻尾に対する視線に」

 今は大分ましになったようだとは言われるけど、え、全然知らなかった。

 「というか、え、私初対面の時にすごいじろじろ見ちゃってたんだけど。あれ、でも別に普通だったような」

 「まあ推測でしかありませんから……あるいは、あなたがどこを見ているのかいまいち分からなかったのでは」

 どういう意味だ……まあいいか。

 「というか、どうしてそんなこと分かるの?」

 「まあそう珍しい話ではありませんから。人の元で生まれ育った獣人が、いじめられたり人の視線に過敏になるということは」

 「いじめって……いじめられてたの!?」

 「知りませんわよ。あくまで一般論として、ですわ。まあ、明らかに自分たちと異なるものを迫害するという話は、別に獣人に限ったものではありませんから。面白くもない話ですが」

 でも言われてみると思い当たる節がある。帰りたくない理由は遠いからだけじゃなさそうだったし、それに思い返せば出会った時も獣人であることを気にしている風だった気がする。

 「ど、どうしよう」

 「どうしようもなにも、気にしないのが良いのではありませんか。さっきも申しましたが私の推測でしかありませんし、そういう気を遣い合う仲じゃありませんでしょう」

 「でも」

 「それじゃあ遊びに行くついでに聞けばよいじゃないですか。ほら、そのためにもお勉強しますわよ」

 なんだか雑にまとめられてしまったけど、まあたしかにミルに聞くのが早いか。それに、ミルのために何かをしたいというなら、それこそちゃんと休みに一緒にいれる方が良いだろう。うん。

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