試験-2
お昼休みの後は魔術の授業で、まあとりあえず試験と関係あるようなことは特になかった。
しかし、試験、試験か。あと7日ほどはあるとはいえ、科目数で割ると1科目あたり2日もない。いまからがんばって間に合うものなのだろうか。この際未来の自分によろしくしてしまうのもありなのではないだろうか。
「まあ、未来もいまになってしまえば今なわけだし」
「なーにわけの分からないことを仰ってるんですの」
急に声が聞こえてきたと思ったら、ナリスだった。放課後の伸びの時間を邪魔するとはいい度胸だ。お隣は……ヨミーさんだっけ、たしかナリスの同室の人だ。
「ってあれ、2人は?」
気付いたらケラマとミルがいなくなっていた。
「お2人なら用事があるとのことで先ほど出て行かれましたわ」
「そっか。愛しのお姫様とお話しできなくて残念だったね」
からかうとナリスは分かりやすく顔を赤らめる。こういう反応をされると、もっとイジりたくなっちゃうなぁ。
「そ、そういうのではありません!」
「な、ナリスさん、私は応援しますよ」
「ヨミーさんまで。ですから、違いますわ。そもそも住む世界も」
「今は一緒だけどね」
ナリスは口ををパクパクさせて、こちらに指をさしてくる。手が出たり地団駄踏んだりしないのは、育ちというものだろうな。
「ごめんごめん。それで、わざわざなんの用?」
別に嫌いあっているというわけではないけど、私とナリスは用もないのに話し合うほど仲良くはない。ヨミーさんは最近ケラマと話したりするらしいけど、やっぱり私と個別に話すようなことはないはずだ。
しかし、予想外に2人の用事は私だったらしい。
「ヤーレさん、お勉強しますわよ」
「……はい?」
*****
それで、一般図書館に半ば引きずられていった。
「そもそも、なんでナリスが私に勉強を」
「私だって、別に誰彼構わず教えるようなことはしませんわよ。ただ、その、頼まれましたから」
……ケラマか。あのちいさなお節介焼きめ。
しかめっ面をしていたら、ヨミーさんと目があった。
「あ、私は元々ナリスさんにお世話になっていまして」
「つまりあなたが生徒2号ですわ」
「2号ってなんだ。いや、それなら私は遠慮するよ。ヨミーさんの邪魔になっちゃうのも嫌だし。なんなら私は先生に聞きに行けばいいし」
というかその手があるじゃないか。先生から直接話を聞けるなんてそんな機会、この生徒という立場を利用しないとなかなかできないぞ。いろんな魔女からとなると、なおさらだ。
うん。そうしよう。
「そういうわけなので。じゃ」
それで立ち去ろうとしたが、襟のあたりを掴まれた。
「ヤーレさんは魔女からの授業をまともに受けられないから、よろしく頼むと言われておりますの」
扇子で口元を隠して、目尻を下げるナリス。表情作ってるの、丸わかりですね……。
街の人も利用できる一般図書館には、自習用に机と椅子が置かれているスペースがあって、私達と同じように勉強している人がちらほら見受けられる。同期もいるみたいだけど、大半はよく知らない顔。魔法学院はこの街唯一の教育機関でもあるから、一般の授業には教科生と呼ばれる、魔女にならない人もいる。そんな人たちが、私達と同じように試験前の勉強をしているのだろう。
「さて、ヨミーさんはともかく、ヤーレさんはどのようなことを勉強されているのですか?」
魔女系のクラスは二人とも同じだけど、一般のクラスは習熟度や年齢によってクラスが分けられる。だから、ナリスやヨミーさんとは違うクラスなのだ。なので、この質問は自然なものといえる。
とはいっても、本当に分からないときはなにをしているのかも分からないものだ。
「まあ、私に聞いたのが間違いなのかな」
ため息。隣のヨミーさんはちょっとオロオロし始めた。
「あ、あの。私は後回しでも」
「いえ、それは不要な気遣いですわ、ヨミーさん。予想していたことですから」
言いながらナリスは、どこからともなく紙の束を取り出した。
「ひとまず、こちらをやってもらえませんこと?分からないところはそのままにしていただいて結構ですの」
……簡単に言うけど、10枚とかじゃないよね、この量。
助けを求めるようにヨミーさんの方を向くけど、少し同情するように頷かれるだけだった。マジですか……。
「ねえ、試験範囲を知りたいだけならさ、これやるよりケラマとかに聞いた方が早くない?」
なんとかこの懲役から逃れんと口に出してみるが、ナリスは逃さんとばかりに、また扇子をぴしゃりと広げて口を覆った。
「ご心配なく、それはもう伺っておりますの。これは、ヤーレさんの学力がどれほどの状況かを測るためですわ」
「いや、それにしたって」
まだ口答えしようとしていると、ヨミーさんが肩を優しく叩いてきた。
「どうぞお受けになってあげて。せっかくナリスさんがご用意なさったものですもの」
そう言われてこの紙の束に目を向けると、当然ながらそこには手書きの文字が並んでいる。これを、この量をナリスが手作業で用意したのか。
……仕方がない、その努力に免じて少しは真面目にやろう。
さて、ナリスの用意した問題集は、大変綺麗な文字で書かれていて、私でもかなり読みやすかった。
ただ、読みやすいからといってすぐに解けるわけもなく、全部の問題に取り組み終わった(解き終わったとは言っていない)頃には、とっぷりと夜も更けてしまっていた。
「門限や閉館がないのは助かりますわね」
魔女には夜型の人も少なくないからか、一般図書館にしても閉館することはない。一定の時間は図書持ち出しが出来なくなるけど。
「私的にはあった方が助かったけど……というかごめんね、付き合わせて」
隣のヨミーさんに改めて謝ると。
「私もよい勉強時間が取れました」
そう言ってこちらに優しく笑いかけてきた。ケラマにも劣らぬ気品、なるほどこれが本物というやつか。
ちらりとナリスの方を見る。私の解答を見ながらもこちらの視線に気づいたナリスは、なんとなくばつの悪そうな感じだ。
「言いたいことがあるならおっしゃればよいのですわ」
「じゃあいうけど、ナリスって――」
「あーあー、本当に言うもんじゃないんですの!」
自分で言えって言ったくせに……。ナリスは咳ばらいをひとつ打って、私の解答と問題をささっと集めて鞄にしまった。
「とりあえず想像通り読み書きは問題なさそうですわね。もう遅いので、詳しい解析は明日にしましょう」
お、終わった~! ついつい大きく息を吐くと、目の前に鞄をどんと置かれた。
「明日からも、どうぞよろしくお願いしますわ。それじゃあヨミーさん、帰りましょう」
ヨミーさんもまた優しく笑って、「そうですね」と立ち上がった。
そうか、明日もあるのか……椅子に深く座って去って行く2人を眺める。ヨミーさんがチラリとこちらを振り向いたところで、私も帰らないといけないことを思い出した。
「あ、ちょ、ちょっと待って。私も帰るから」
それで慌てて荷物をまとめて、私も寮に急いだ。
 




