間話 ヨミー・エンヌル
朝、目が覚めましたら、まずは着替えから始めます。アカデミアの支給服は1人でも慣れれば簡単に着脱可能なものばかりで、家で用意されていたドレスなどよりも肩肘張らずに着ることができて、正直なところ大変助かっています。
服を着終えたところで、こつこつと窓が叩かれました。ここは1階ですが、窓から訪問される方はいらっしゃいません。……ひとつの例外を除いて。
窓を開くと、今日は茶色の鷹がいらっしゃいました。抱えていらっしゃる鞄から、この部屋宛のお手紙を受け取ります。この辺りでは鳥を使った郵便が普及しているのです。
正しいお手紙を受け取ったことが分かると、鷹はまた別の部屋へと飛んでいきました。
鷹を見送っていると、いつの間にか同室のナリスさんが起床されていました。
「……おはよう……ございます」
「はい、おはようございます。今日は……ナリスさん宛のお手紙はないようですね」
ナリスさんはこめかみのあたりを押さえながら小さく頷いていらっしゃいました。今日の2通はどちらも私のもので、どちらも家の者からでした。少し頻繁過ぎるのではないかとは思いますが、まあよいでしょう。
簡単に内容を確認して、急ぎの用が書かれていないことをみたところで、ナリスさんの着替えが終わりそうです。
ナリスさんは家から持ってきたドレスを今でもお召しになっています。1人でも着用可能なほど着やすく、それでいてゴージャスさを失わない新商品を持ってきているとのことでした。近くナリスさんにお試しできるか伺ってみましょう。
「お待たせいたしましたわ。さ、朝食に向かいましょう」
「はい、喜んで」
ちょうど2刻をお知らせする鐘が鳴り響きました。それで、私達は食堂へと向かいました。
******
こちらの食堂は夜明けも近い1刻の頃からやっているそうで、魔女や魔女見習い、それにアカデミアを訪れた魔女でない方々、いわゆる「ただ人」も利用されます。とはいえ朝から来るのは寮に住む人が大半を占めるようです。
寮に住む方は、魔女でも規則正しい生活をされているのか、大体いつも同じ時間に食堂を訪れます。そのため、自然と知った顔の方ができていきますが、もちろんお話をしたりするわけではありません。ただ、あの人は今日もお肉ばかり食べていらっしゃるのだなとか、そんなことを思うだけです。
ナリスさんは、朝はあまり食が太くないようで、いつもさっくりしたパンやビスケットとお飲み物だけで満足されます。私の方は、習慣でしょうか、どうも朝こそいろいろ食べないと落ち着かないので、いつもナリスさんをお待たせしてしまっています。
しかし、最近は少し事情が変わってまいりました。
「お隣、よろしいでしょうか?」
森の中で木々のすれる音のような涼やかな声に、カフェーを飲むナリスさんの手が止まりました。それでなかなかお返事を返さない恥ずかしがり屋のナリスさんに代わって「もちろん」と伝えると、声の主、ケラマさんがナリスさんのお隣にお座りになり、ご一緒のヤーレさんやミルさんもそれぞれ隣にいらっしゃいました。
ケラマさんはナリスさんと同じように、朝はあまり召し上がらないようです。お国柄なのかもしれません。ヤーレさんはお食事の前にまだ目が開いていない――これは見た目のお話ではなく、つまりは寝ぼけている――ご様子、一番お食べになるのはミルさんのようです。
お話はあまり弾みません。ヤーレさんは半分お休みされていますし、ナリスさんはなぜか静かにカフェーをすするばかりですし、私を含めて他の方々は食事中です。……あるいはだからこそナリスさんも口を開かないのかもしれませんが。
個人的には静かに食事を楽しむ時間も好ましく思いますが、こうしてケラマさんの方からいらしてくださるのですから、ナリスさんもいろいろお話すればよろしいのにと思ってしまいます。
と、いうより。お2人が仲良くされているところをもっと眺めていたい、そう思ってしまうのです。
あえて言い切るなら、ナリスさんがケラマさんに特別な感情を抱いていることは周知の事実。確認したわけではありませんが、ケラマさん自身もご存知のように思います。でありながら、こうしてケラマさんからもお声がけしていただいているというのに、何を悠長に喉を潤しているのかと。ほら、ケラマさんもお食事を済ませてお茶を召し上がっていらっしゃいます。さあ今こそそのカップから口を外して。
まさにその時、ナリスさんがカップをテーブルに置いて口を開きました。そうです。さあ何を話すのでしょう。
「ヨミーさん」
「私ではなく!」
予想外の言葉に思わず声を荒げてしまいました。隣で船を漕いでいらっしゃったヤーレさんも目を覚ましてしまったようです。
……ひとまずここは笑って誤魔化しましょう。
「失礼いたしました。どうやら聞き違えたようです。それで、なんでしょう?」
「いえ、その、手が止まってますが、何かありましたの?」
どうやらお2人の動向に注目しすぎ、自分の食事が疎かになってしまっていたようです。ミルさんももう終わらせようとしていらっしゃいます。このままでは皆さんをお待たせしてしまいそうですね。
「ご心配なさらず。少し考え事を」
「お困りごとでしたら、いつでも」
ケラマさんは微笑みながらそうおっしゃってくださいます。「ありがとうございます」とお返事をしながら、まさかご本人に「もっとナリスさんとお話を」とお伝えするわけにもいかず、ひとまず食事に戻ります。
しかし、ああどうでしょう。先ほどのことが口火を切ることになったのでしょうか、他愛ないことではありますが、お2人が本日の授業のことなどについてお話を始めたではありませんか。そして、ああ、ご覧になってください。そんな会話の中でもケラマさんがナリスさんに挑発的な視線を送ります。あのようなお顔を向けるのは、私の知る限りではただ1人、ナリスさんにだけ。隣のお2人にすら向けたことはないのではないかと。だからこそ、そう、『ネルまき』のマイレとルア姫のように。
「ヨミーさん、本当に大丈夫ですの?」
「ええもう解決いたしました」
答えてから正気に戻ると、怪訝そうな顔が3つ、こちらに向けられていました。
ナリスさんは私が正気に戻ったのを見て、ため息をつかれました。
「よろしいなら良いですが、もう時間がありませんわよ」
そう言われ、少々はしたないですが慌てて残りを口に運びました。
なんにせよ、今日は朝から良い日でした。




