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真理を説かない釈迦
巷には多くの似非仏教信者がうろついている。私自身、仏教を研究はするが、仏教徒ではない。
仏教を語る偽者の多くが、「お釈迦様が言っている」とか「観音様が言っている」とか、権威を笠にして語っている。
仏陀の教えというのは、知恵である。その知恵は、相手によって表現が異なり、実践してみて心理が体得できるものである。
鬼子母神は、隠されたわが子を捜し求めることで人の子を食すことの罪を知った。
しかし、釈迦はその意味は説いていない。他の多くの逸話も同様で、言葉で伝えるのではく、行動することで発見させるのである。
かといって、その行動は個人によって異なる。この点において、仏教は不変的ではなかった。
それがなぜ、不変的でいられるのか。
それは、釈迦が真理を言葉でわかるよう解説していないからである。つまり、人によって解釈が変わる。それは環境によっても解釈が変わるということだ。それはまるで時代によって解釈を変えてきた、日本国憲法にも似ている。