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data9. はじめての家庭訪問

 白塗りの壁に、赤茶色の瓦が一際目立つ一軒家。その前に立ち、深いため息を吐く。

 僕の後ろには、チャラ男の崎田とヤンキーのカザネが腕組みをして並んでいる。

 なぜ、こんなカオスな状況に陥ってしまったのか。

 遡ること1時間前。

 放課後、教室で帰宅の準備をしていたところ、担任に呼び止められた。


「ちょいと、山田くん。君、たしかオカ部と言う名の帰宅部だったよね?」

「……ええ、まあ」


 不思議や怪奇を好む人間が所属するオカルト部、通称オカ部。今年は1年の部員が入らなかったために、2人しかいない廃部寸前の部活だ。

 しかもその片割れは現在入院中で、今は実質僕のみ。部室にはめっきり立ち入らなくなり、帰宅部と化しているのだ。


「その空いた時間に、習い事でもしておるんだろうか?」

「えっ、いえ……特には」


 何を言い出すのかと思ったら、担任はホッとしたようにプリントのファイルを渡してきた。

 な、なんだ? まさか、雑用でもしろと言うのか。


「百合園さんが、もう2日も休んでおるだろう」

「……はい」

「明日提出期限のプリントがあるんだよ。悪いけど、山田くん、持ってってくれんか?」


 な、なんだと?!

 この期に及んで、こんなチャンスが僕の元へ回ってくるとは想定外だ。行くと即答したいが、がっつき過ぎても変に思われるかもしれない。

 ここは冷静に、面倒くさそうに返答するのが正解なのか?


「え、えっと、まあ、行ってもいいですけど……」

「せんせー、それ俺行くわ!」


 出たッ! チャラチャラした格好の崎田なんたら!


「山田、俺が行ってやるから貸して」


 奪われようとしているファイルを、無言で引っ張った。もう一度崎田の方へ動き、また引くを繰り返す。


「なんだよ、おまえ。離せって」


 ダメだ。人は見た目で判断してはならないと言うけど、今は違う。こんな遊び人を百合園さんの家へ送り込むことはなんとしても避けなければならない。


「……いや、僕が行く。ちゃんと……責任を果たさないと」

「は、何言ってんの?」


 不審な目で見られることには慣れている。

 ここで怯んではいけないと、ひと思いにファイルを天へ掲げた。

 あっ、と崎田が前へよろける。よし、勝ったぞ!


「あ〜、そんなに仲良しなら、2人にお願いすることにしよう」

「……はァ?!」


 声が揃ってしまった。互いに気まずい空気が流れる。

 無理、無理! 崎田と行動を共にするなんて、ゲテモノを食えと言われるより無理だ! いや、それも十分拒絶したいけども。


「おい、それアタシも行くからな」


 素早く振り返るタイミングが、崎田とばっちり合った。ここにもいたぞ。やっかいな人物が。


「……鬼頭きとうとか、マジかよ」


 少し引いた感じで、ボソッと崎田がつぶやいた。とんだ貧乏くじを引いたと言いたげに。

 ……カザネって、苗字じゃなかったのか。心の中の僕が、そうぽつりとツッコんでいた。


 ーーそして、現在に至る。

 ここへ辿り着くまで地獄だった。必要事項以外は、誰ひとりとして声を発さないのだから。空気が重い。


 百合園さん宅前で、僕はふるふると震わせた指をインターホンへ向けた。女子の家を訪ねるなんて、生まれて初めてじゃないか?

 しかも、その歴史的瞬間が百合園さんの家だとは、未だに信じられない。


「なにしてんだ、早くしろよ」


 ピンポーンと、カザネが男前に押して、僕は出遅れてしまった。くそっ、緊張を横取りされた気分で、少し不完全燃焼だ。

 家の中から、母親らしき人が出て来た。百合園さんと雰囲気が似ている気がする。


「あら、六花の高校のお友達?」

「えっと、そうなんすよ〜! 実は……」


 ヘラッとする崎田の肩をぐっと引いて、カザネがマスクを外す。


「仲良くしてもらってる鬼頭と言います。それと、その他諸々。六花の体調、どうですか?」

「そう、ありがとう。もう熱も下がって、明日から学校へ行けると思うわ」


 一度も聞いたことのなかった敬語が、この金髪の口から出てきた!

 しかも、想像してた顔と違う。なんか……めちゃお姉さんぽいぞ。どちらかと言えば、


「……めっちゃ美人」


 僕の隣で、崎田が放心としていた。あきらかに、カザネを見る目が今までと異なる。頬を赤らめて、見惚れている顔だ。

 現金な奴だな、と僕は目を細めた。


「みんなせっかく来てくれたんだから。どうぞ、上がって行って」


 百合園さんの母親に促されて、なぜかお邪魔することになってしまった。

 白とベージュで統一された部屋。ところどころにピンクの小物もあって、女の子らしい。

 これが、百合園さんの部屋か。キョロキョロと落ち着かないでいると、カザネがごほんと咳払いをした。

 じろじろ見るなとでも言いたいのだろう。


「みんな、わざわざ来てくれてありがとう。びっくりしたけど、嬉しいな」


 相変わらずのアイドルスマイルに、胸がキュッと締め付けられる。ベッドにちょこんと腰掛けている姿も、可愛らしい。


「こうゆう時、連絡先知ってると便利だよね〜。あっ、みんなココアトークしてる〜?」


 コイツ、自然な流れで番号をゲットしようとしているな。やっぱり陽キャは心臓が強い。

 この聞き方なら、やってないと断られても直接的なダメージは少なくて済むのか。勉強になる。


「やってるよ。じゃあ、みんなで交換しよう」


 百合園さんが、崎田とスマホを向け合わせた。

 えっ、マジで教えるのか。しかも、みんなって僕も入っているのか? いや、そんな都合の良い話はないよな。

 オロオロしていると、崎田が僕へスマホを向けた。


「山田、交換しようぜ」


 あれよあれよと、仰せのままにココアコードを受信する。他人の連絡先を登録するなんざ、初めての体験だ。

 少しだけ指が震えている。


「……えっと、鬼頭さんも、やってんの?」


 わなわなとスマホを握っていると、カザネが無言でスマホを取り出した。

 あきらかに緊張した様子の崎田が、コードを読み取っている。よく分からないけど、心の中で頑張れとエールを送っていた。


「山田くん、わたしも……いいかな」

「う、うん」


 百合園六花の名が、僕のスマホ画面に表示される。

 ーー友達が追加されました。

 ヤバい、これはヤバいぞ。クラスの男子がこぞって知りたがっている百合園さんの連絡先を、ゲットしてしまったのだ。

 一生かかっても、僕だけでは辿り着けなかっただろう。

 今日だけは、崎田とカザネに感謝するとしよう。

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