data7. 告白予行練習⑵
「……えっ、なんで?」
いつもと同じ昼の裏庭。猫じゃらしでムタと戯れていた僕は、自分の耳を疑った。
なぜか、昼食後ここへ通うようになった百合園さん。隣にしゃがみ込んだ彼女が、さっきの言葉を繰り返す。
「山田くん、わたしに告白してくれないかなぁ?」
「それって……どういう……」
待て待て、落ち着け、僕。
一度深呼吸して、冷静になってみたら自然と見えてきただろう。
これはつまり、昨日行われた告白予行練習の逆バージョンだ。それしかない。
「……いいけど」
「じゃあ、今お願いしていい?」
「い、今?! また急だな……」
いくら練習だとしても、心の準備ってもんがいる。
逃げようとするムタを抱き抱え、一呼吸置く。
簡単なことさ。好きだと一言言えばいい。しかも、ただの練習だと彼女も承知の上での告白だ。
こんな時くらい、男をみせろ!
「あ、あのさ……好き……」
「あぁん? 好きぃ?」
僕らの間を割くように、見知らぬ人が挟まっている。金髪の長髪に、口元には黒いマスク。
「ーーうぎゃあ!!」
飛び上がりながら、僕は横へ尻もちをついた。その拍子に、ムタが茂みへ走って行く。
だ、誰だ……コイツ。いつの間に……男? いや、セーラ服の胸元に膨らみがあるから女子か。
「おい、てめぇどこ見てんだよ」
「ひっ、す、すみませんっ!」
片側の眉を上げて、ガン付けている。
ヤンキーだ。人生の中で、絶対に関わりたくない存在ナンバーワン。
うちの学校にこんなおっかない女子がいるなんて、聞いてないぞ。
「風袮ちゃんじゃない! 今日は久しぶりに登校したんだねぇ」
青ざめた顔でいると、百合園さんがヤンキーの後ろから抱きついた。
この絵面、上半身だけに注目すると彼女が彼氏といちゃついているように見えなくもない。相手が女子だと分かっているばかりに、少し胸が熱くなる。
「六花ぁ〜! そうなんだよ、聞いてくれ! バイクで来んなって言われてっからさぁ〜、そこのコンビニに停めてきたんだよ。えらいだろぉ?」
ええ……それ校則違反の前に、コンビニに大迷惑だからやめろよ。
しかも、この馴れ馴れしさ。まさかの百合園さんの友達? このヤンキーが? ありえない。
じとじと見ていたのを察したのか、カザネとか言うヤンキーが僕の方へギロリと視線を向けた。
「おまえ」
「は、はい!」
「さっき、六花に好きだとか言ってなかったか?」
見下げる体勢で、カザネが眉間にシワを寄せる。
「指一本でも触れてみな? 脳天かち割るからな」
こめかみに人差し指を当てて、さらに鋭い視線を向けて来た。
ほんとに、なんなんだコイツは。恐ろし過ぎて、声が出ないぞ。
「カ〜ザ〜ネ〜ちゃん?」
背後から、なにやら黒い影がもやりとしている。胸に響く低音の主は、百合園さんだ。
一瞬だけ、顔にどす黒いオーラが見えたぞ。少年漫画の主人公が覚醒したみたいな。心なしか、カザネの肩もビクッと跳ね上がっていた。
「……やだ、また変なのが出てた?」
ハッとした様子の彼女に、こくんと無言で頷く僕とカザネ。
「山田くんはね、いろいろ手伝ってくれてて……だから、あんまりいじめないで?」
キュルルンとした瞳。いつもの可愛らしい姿に戻っている。
「お、おう。悪かったな」
このヤンキーですら手名付けているなんて、百合園さんは何者なんだ。
ふう、とひとまず胸を撫で下ろす。
「風袮ちゃん、ほんとはすっごく恥ずかしがり屋で優しい子なの。山田くんも、仲良くしてね」
ぐっと顔が近付いて、手の指先が触れた。
ま、待て待て。少し近すぎるのでは……。ドキドキしていると、反対側から嫌な圧を感じた。
「おい、山田」
いきなり呼び捨てかよ。
「今、触ったな?」
「こ、これは不可抗力だろ……」
「問答無用だぁ! さあ、覚悟しろーー!」
羽交い締めにされて、身動きが取れなくなる。
い、いててて! もうめちゃくちゃだ。
百合園さん、微笑ましそうに眺めていないで助けてくれ。
僕の平穏な昼休みは、こうして幕を閉じたのであった。