表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/19

data.2 哀しき勘違い

 男とは単純な生き物だ。そう誰かが言っていた。全くその通りだと僕も思う。

 だってさ、一瞬女子と目が合ったり、消しゴムを拾ってもらっただけで、自分のことが好きなんじゃないかと錯覚出来るんだぞ?

 素晴らしくポジティブでいいじゃないか。

 でもそれは、自分に自信があるからこその思考なのだ。


 例えば、僕の斜め前の席に座る崎田さきた。クラスのムードメーカーで、男女とも友達が多い。

 最近ピアスを開けたとかで、俺はモテるぜオーラが体中からプンプン出ている。


「どの角度から見ても可愛いよな〜百合園さん」

「マジで神だな」

「俺、さっき目合った」

「えー、ずりぃ」

「ぜってぇ気あるよな?」


 ねーよ。僕なんかがっつり見つめ合ったから。手まで握られちゃってさ。

 カリカリと書き残していた黒板を写しながら、心の中でツッコむ。


「その辺の女子にはない、こう儚さっていうの?」

「分かるわー! 重い荷物持てなそう。腕細すぎだろ」


 片手で男子1人持ち上げられると思う。しかも、熊を飛び蹴りしてたからな。

 可哀想な妄想を繰り広げているところ申し訳ないが、人を見た目で判断すると痛い目に遭うぞ。

 彼女の本性を知ってもなお、お前らは好意を寄せられるのか?


 ……あっ、まだ途中だったのに。

 日直に消されていく文字を必死に追っていると、視界にスカートが入って来た。

 おもむろに顔を上げたら、百合園さんがにこりとして僕を見ている。


「これ、わたしの貸してあげる」


 差し出された現文のノート。緊張しなから受け取って、軽く頭をさげた。

 百合園さんは、誰に対しても優しい。

 だから、お前だけが特別じゃないんだ。

 斜め前からトゲトゲしい視線を感じながら、ノートを広げた。


 こっ、これは……!


 一面に敷き詰められた文字は、もはや文字という原形をとどめていない。

 暗号……いや、なにかの呪文かもしれない。


「山田くんって、字上手なんだね。わたし、下手だから恥ずかしいな」

「いっ、いや……そんなことはない」


 言いながら、手がぷるぷると震えてしまう。写そうにも、なにが書いてあるのか解読出来ない。よって、芯をノートに付けたまま動けないのだ。


「どうしたの? もしかして……余計なお世話だったかな」


 百合園さんが、申し訳なさそうに眉を潜める。


「……山田のヤツ、百合園さんに話しかけられて固まってね?」

「いいよなぁ。俺もノート借りてぇ。めっちゃ字キレイそう」


 外野の視線がうるさくなってきたので、僕はノートを持って教室を出た。

 あのアラビア語のような字をみんなに知られたら、きっと百合園さんは恥ずかしがるだろう。からかわれでもしたら、立ち直れないかもしれない。


 案の定、彼女がついて来た。

 よし、そのままこっちへ。猫が迷い人を案内するように、振り返りながら誘導する。

 誰もいない資料室へ入って、一呼吸置く。ここでなら、人目を気にせず話が出来る。


「山田くん、急にどうしたの?」


 さりげなくドアを閉められて、二人きりになった。

 この静けさが妙にうるさく脳に響く。

 とりあえず教室から離れようとしただけなのに、この密室空間はダメだ。呼吸がもたない。


「……もしかして、迷惑だったかな」

「そ、そうじゃなくて……!」


 ただ、字が分かりづらかったと告白したかっただけなのに、勘違いしているらしい。

 慌てて否定したのがまずかったか、百合園さんはさらに憂いため息をついて。


「この前もね、成瀬先輩に告白したんだけど、返事をもらえなかったの」

「……えっ?」


 告白って……いわゆる愛の告白ってやつだよな?

 昨日、あんなお願いをされたから、てっきり自分がヒーローポジションになれるものだと思ってたのに。

 くそぉ、僕は噛ませ犬だったのか。早とちりで、変な発言をしなくて良かった。


「……へぇー、百合園さんって、成瀬先輩が好きだったんだ」


 あからさまな棒読みになっているけど、致し方ない。

 人間、驚きのあまり空いた口が塞がらないというのは、あながち嘘じゃないらしい。


「生まれて初めてラブレター書いてみたんだけど、やっぱり迷惑だったのかな」

「……ん、ラブレター?」

「うん、文字にした方が、気持ち伝わるかなぁって思ったんだけど」


 うつむき加減で、少し瞳が潤んでいるようにも見受けられた。

 本人は真剣に悩んでいるんだ。はっきり教えてやらないと、また百合園さんが傷付く前に。

 それはフラれたのではなく、暗号を解けなかっただけなのだと。


「あの……もし、よかったら、書き方教えましょう……か」

「えっ、山田くんもラブレター出したことあるの?」

「いや、それはないけど。一文字ずつ気持ちを込めたら、たぶんイケるんじゃないかと」


 自分のノートを破って、僕が先に書く。止め、ハネ、払いを協調させて、文字の基本を丁寧に見せた。

 ラブレターの書き方を教えていると見せかけて、字を正す。これなら抵抗なく修正出来るはず。


 ふむふむと、となりに座った百合園さんの肩が当たりそうになって、心臓が穏やかでなくなる。

 こんな息がかかりそうなほどの距離で、果たして僕は生きて資料室を出られるのだろうか。


「やっぱり山田くんの字ってすごい! 見やすいし、これなら思いが伝わるね」


 キラキラと瞳を輝かせながら、ゆっくり字を書き出した。

 一文字ずつ集中して、いい感じにちゃんとした字になっている。これなら読めるぞ、と思った矢先に違和感を覚えた。

 なにやら、とても重厚感のあるオーラを感じる。彼女の身体中から出ているのは、気か?


「えっと……なんだろう。なんか、圧がすごいんだけど……?」

「念を込めてみたんだけど、どうかな?」


 次の瞬間、青い炎が立ち上がって、紙がボワッと燃えて消えた。

 ええー、そんなことある? 百合園さんって、念も使えるのか。気の毒だけど、少し羨ましい。


「たまに集中すると、こうなっちゃって。これじゃあ、少女漫画みたいな甘い展開なんて一生無理だよね」


 がっくりと肩を落とす彼女に、なんと声を掛けたらいいものか。


「……まあ、僕で良ければいつでも。練習、付き合うけど」

「ほんとっ? やっぱり山田くんにお願いしてよかったぁ!」


 やはり笑顔が極上に、別格に可愛い。

 成瀬永久との恋愛成就は正直どうでもいいけど、百合園さんが喜んでくれるのなら、まあいいか。


 彼女が少女漫画の世界へ行き着くには、まだまだ道のりは遠い。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ