data18. グッバイ、嵐の日々
手紙の練習に付き合ってから、4日と23時間が過ぎようとしている。
渡すつもりだと言っていた来週が訪れたわけだが、今のところその動きはない。朝はずっと教室にいるし、昼休みも変わらず裏庭へ来てムタと遊んで帰る。
成瀬永久と付き合い始めた素振りがないと確認して、今日もほっと胸を撫で下ろしたところだ。
「ねえねえ、どれにする〜? チョコ付けるなら、やっぱり塩ポテだよねぇ」
コンビニの菓子棚とにらめっこをしながら、百合園さんがポテトチップスを手に取った。
「おっ、百合園さんやるなぁ〜! じゃあ、俺はこれ」
その隣で、崎田がドーナツを入れようとしたところ、大量のマシュマロをがドサッとカゴへ放り込まれる。
「鬼頭さん、ちょっと買いすぎじゃね?」
「チョコパつったら、本命はマシュマロだろ! こんくらいはいる」
「……そっすね!」
楽しそうに買い物をする3人の端で、僕は浮かない顔をしていた。
話の成り行きで、これからチョコパーティーをすることになったのだ。しかも、なぜか僕の家で。
だから今、自宅近くのコンビニで買い出しをしているのだが、落ち着かない。
どれほどかと言うと、スカートを履いて歩くくらい生きた心地がしていない(履いたことは、まだないのだが)
みんなが飲み物ゾーンへ行ってからも、そわそわして動けなかった。
早く終わってくれないかな。
本売り場をチラリと確認しつつ、その場を離れようとした。
「あれー? 山田じゃね?」
ぞくりと、心臓が飛び上がる。一歩踏み出した足が、震えていた。
「ほんとだー。ゾンビ山田だ。久しぶり〜」
他校の制服の男たちが、僕に近付いて来る。
……最悪だ。見つかってしまった。
この2人は、同じ中学だった同級生。それでいて、僕をいじめていた奴らでもある。
「なあなあ、向こうにいるのって南高だよな。すっげぇヤンキーみたいな女とチャラそうな男」
「えー、ゾンビと一緒じゃん」
「もしかして、またパシられてんのー?」
ぐっと頭を押さえつけられて、顔が沈む。
卒業してやっと解放されたはずの手が、また僕を痛めつけている。
「俺らにもなんかおごれよー」
ガシッと肩を組む手が、首を絞められた昔を思い出させた。
手足の震えを抑えながら、パシッと同級生の手を払い除ける。チッ、と不機嫌な顔が僕を見下ろしたとき。
「おーい、山田。なにしてんの?」
「知り合いか?」
カゴを持った崎田とカザネが、背後から近付いて来る。
ーーこんな惨めな姿、過去も知られたくない。
同級生を押し退けて、この場から走り去ろうとするけど。
「ねえねえ、山田くんはどっちがいい?」
「……えっ」
ひょこっと現れた百合園さんに、行手を阻まれた。カフェオレかりんごジュースのどちらがいいか、聞いてくる。
それどころではないのだが、どうしたらいいんだ。
「あの子、めっちゃ可愛くね?」
「ゾンビと同じ制服じゃん」
後ろから、同級生たちのそんな声が聞こえて来た。
あいつらのことだから、百合園さんを紹介しろとか脅迫してこないだろうな?
絶対にしないぞ。死んでもするものか。
「やまだー、先出てていいぞ。鬼頭さんと買ってくから」
崎田の言葉に、同級生が眉間にしわを寄せる。詰め寄るように、顔を近づけて。
「は? 俺らまだアイツに用あんだけど」
同じくらいの背丈であろう崎田と睨み合いになると。
「じゃあアタシが聞いてやるから、表出ろや」
ずいっとガンをつける角度で、カザネが入り込む。その鋭い眼差しと迫力に怯んだのか、奴らは少しずつ後退りしていく。
「……ヤベェ、こいつガチのやつだ」
逃げるように僕の前を通り過ぎて、コンビニを出て行く後ろ姿は情けなく見えた。
みんなに守られて、何も出来なかった僕もーー同類だ。
外で2人を待つ最中、今にもこぼれそうな雫をこらえる。唇を噛み締めていると、隣に立つ百合園さんが小石を蹴りながら。
「雨、降りそうだね。大丈夫かな」
そう話してきたから、からりと乾いた地面を向いたまま、うんと頷いた。
会計を終えて出て来た崎田が、僕の肩に腕をまわす。
「腹減ったぁ〜。早く山田ん家行こうぜ」
「バナナチョコ! チョコマシュマロ!」
食べ物のことばかりで、誰もさっきのことを聞いてこない。その騒がしさに、ふっと笑みがこぼれてくる。
みんなにとって、僕の過去なんてどうでもいいのだ。僕が彼らのことをそう思うように。
何があったのだとしても、この時間は変わらない。
晴れ晴れとした空の下、心の底から笑えたのは、たぶんもう何年かぶりだった。




