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18/19

data18. グッバイ、嵐の日々

 手紙の練習に付き合ってから、4日と23時間が過ぎようとしている。

 渡すつもりだと言っていた来週が訪れたわけだが、今のところその動きはない。朝はずっと教室にいるし、昼休みも変わらず裏庭へ来てムタと遊んで帰る。

 成瀬永久と付き合い始めた素振りがないと確認して、今日もほっと胸を撫で下ろしたところだ。


「ねえねえ、どれにする〜? チョコ付けるなら、やっぱり塩ポテだよねぇ」


 コンビニの菓子棚とにらめっこをしながら、百合園さんがポテトチップスを手に取った。


「おっ、百合園さんやるなぁ〜! じゃあ、俺はこれ」


 その隣で、崎田がドーナツを入れようとしたところ、大量のマシュマロをがドサッとカゴへ放り込まれる。


「鬼頭さん、ちょっと買いすぎじゃね?」

「チョコパつったら、本命はマシュマロだろ! こんくらいはいる」

「……そっすね!」


 楽しそうに買い物をする3人の端で、僕は浮かない顔をしていた。

 話の成り行きで、これからチョコパーティーをすることになったのだ。しかも、なぜか僕の家で。

 だから今、自宅近くのコンビニで買い出しをしているのだが、落ち着かない。

 どれほどかと言うと、スカートを履いて歩くくらい生きた心地がしていない(履いたことは、まだないのだが)


 みんなが飲み物ゾーンへ行ってからも、そわそわして動けなかった。

 早く終わってくれないかな。

 本売り場をチラリと確認しつつ、その場を離れようとした。


「あれー? 山田じゃね?」


 ぞくりと、心臓が飛び上がる。一歩踏み出した足が、震えていた。


「ほんとだー。ゾンビ山田だ。久しぶり〜」


 他校の制服の男たちが、僕に近付いて来る。

 ……最悪だ。見つかってしまった。

 この2人は、同じ中学だった同級生。それでいて、僕をいじめていた奴らでもある。


「なあなあ、向こうにいるのって南高なんこうだよな。すっげぇヤンキーみたいな女とチャラそうな男」

「えー、ゾンビと一緒じゃん」

「もしかして、またパシられてんのー?」


 ぐっと頭を押さえつけられて、顔が沈む。

 卒業してやっと解放されたはずの手が、また僕を痛めつけている。


「俺らにもなんかおごれよー」


 ガシッと肩を組む手が、首を絞められた昔を思い出させた。

 手足の震えを抑えながら、パシッと同級生の手を払い除ける。チッ、と不機嫌な顔が僕を見下ろしたとき。


「おーい、山田。なにしてんの?」

「知り合いか?」


 カゴを持った崎田とカザネが、背後から近付いて来る。


 ーーこんな惨めな姿、過去も知られたくない。

 同級生を押し退けて、この場から走り去ろうとするけど。


「ねえねえ、山田くんはどっちがいい?」

「……えっ」


 ひょこっと現れた百合園さんに、行手を阻まれた。カフェオレかりんごジュースのどちらがいいか、聞いてくる。

 それどころではないのだが、どうしたらいいんだ。


「あの子、めっちゃ可愛くね?」

「ゾンビと同じ制服じゃん」


 後ろから、同級生たちのそんな声が聞こえて来た。

 あいつらのことだから、百合園さんを紹介しろとか脅迫してこないだろうな?

 絶対にしないぞ。死んでもするものか。


「やまだー、先出てていいぞ。鬼頭さんと買ってくから」


 崎田の言葉に、同級生が眉間にしわを寄せる。詰め寄るように、顔を近づけて。


「は? 俺らまだアイツに用あんだけど」


 同じくらいの背丈であろう崎田と睨み合いになると。


「じゃあアタシが聞いてやるから、表出ろや」


 ずいっとガンをつける角度で、カザネが入り込む。その鋭い眼差しと迫力に怯んだのか、奴らは少しずつ後退りしていく。


「……ヤベェ、こいつガチのやつだ」


 逃げるように僕の前を通り過ぎて、コンビニを出て行く後ろ姿は情けなく見えた。

 みんなに守られて、何も出来なかった僕もーー同類だ。


 外で2人を待つ最中、今にもこぼれそうな雫をこらえる。唇を噛み締めていると、隣に立つ百合園さんが小石を蹴りながら。


「雨、降りそうだね。大丈夫かな」


 そう話してきたから、からりと乾いた地面を向いたまま、うんと頷いた。

 会計を終えて出て来た崎田が、僕の肩に腕をまわす。


「腹減ったぁ〜。早く山田ん家行こうぜ」

「バナナチョコ! チョコマシュマロ!」


 食べ物のことばかりで、誰もさっきのことを聞いてこない。その騒がしさに、ふっと笑みがこぼれてくる。

 みんなにとって、僕の過去なんてどうでもいいのだ。僕が彼らのことをそう思うように。

 何があったのだとしても、この時間は変わらない。


 晴れ晴れとした空の下、心の底から笑えたのは、たぶんもう何年かぶりだった。

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