data17. 悪夢のカウントダウン
2学期が始まって、一週間が過ぎた。
最近、百合園さんの調子が良い。変なものに巻き込まれて、力を発揮する機会が極端に減ったし、字の練習も順調のようだ。
このままいけば、少女漫画のようなシチュエーションにたどり着くのも時間の問題。もちろん、成瀬永久と。
それはなんとしても防ぎたいと思いながら、なにも出来ずに現在もムタと戯れている。
仕方ないじゃないか。
映画にでも誘おうかと思ったけど、断られた時のことを考えると、震えて飛行機マークを押せないのだから。情けない。
僕の顔を見て、何か訴えるようにムタがニャーと鳴く。
『パパー!』
『イクジナシ』
『愛を探しているんだ!』
スマホ画面を見ながら、うっとフリーズしてしまう。
意外と的を得ていて、ツッコめない。
そうこうしているうちに、人の声が聞こえて来た。
また百合園さんかと思ったが、1人じゃなさそうだ。なにか話をしている。
だんだん大きくなって近づいているぞ。
こんな惨めな昼休みを目撃されたら、軽蔑の眼差しを向けられて、明日には学校中の笑い物だ。それだけは、なんとしても避けたい。
ムタを抱き抱えたまま、じっと草陰に身を潜める。
人よ、早く過ぎ去ってくれ。
「……話してるうちに、いつの間にか好きになっちゃったんだよね」
突然の告白に、思わずむせそうになる。少し声が出そうになるが、口を押さえてなんとか鎮めることが出来た。こ、堪えろ。
もぞもぞと、ムタが降りたがっている。お前も、もう少し我慢していろ。
「すぐに返事が欲しいわけじゃないから。考えてくれると嬉しい」
少しして、足音が遠のいていく。
ーー行ったか。
ふう、と張り詰めていた空気が途切れると、もがいていたムタが腕から飛び出す。
男の方、聞いたことのある声だった。落ち着きのあるいかにもカッコいい声。おそらく、成瀬永久だろう。
もう一方は、小さかったのか相槌だったのか、分からなかった。告白の相手は誰なんだ!
意を決して草陰から顔を覗いた時には、もう誰の姿も見当たらなかった。
放課後、帰宅の支度をしていると、誰かに背中をツンと突かれた。
いつもの可愛らしい笑顔で、百合園さんが立っている。
「山田くん、これから予定とかあるかな?」
「えっ、いや、なにも」
「迷惑じゃなかったら、また練習に付き合ってくれないかなぁ?」
「……なんの?」
少し恥ずかしそうにノートから顔をチラッと出して、ぽつり。
「……字の。手紙、書きたい人がいて」
止めていた手を再び動かす。
まさか、昼間の相手って……百合園さんじゃないよな?
成瀬永久に書くための手紙なのか?! なんて返事をするつもりなんだ?!
考え出したらキリがない。
だらだらと冷や汗が流れるなか、百合園さんが不安そうに首を傾げた。
「やっぱり、迷惑かな?」
思い切り首を横に振る。
断ることが出来ず、またしても練習に付き合うことになってしまった。
教室に何人か残っていたため、目立つと思いオカ部の部室を使うことにしたのだが、何週間も使っていないため埃っぽい。
百合園さんが開けた窓から、気持ちのいい風が入ってきた。
さらさらと髪を靡かせながら、真剣な目でルーズリーフに字を書いている。前に出ていた念のオーラも、ほんとに出なくなっている。
成瀬永久への手紙……気になるな。
チラリと視線を向けたら、真正面に座っているから多少は見えるだろう。
いや、いくらなんでも盗み見は良心が痛む。でも……見たい!
心で葛藤をしていると、できた〜とルーズリーフが僕の机に差し出された。
「変じゃないか、見てくれる?」
あれ、テスト勉強でもしてたっけ。まるで、答案の採点をお願いされている空気だ。
ラブレターの練習で……いいんだよな?
「……えっ、えっと、読んでいいの?」
「うん」
特に気にしていない様子で、にこりと笑っている。
文章のチェックだから仕方ないのか。変なものは渡せないからな。
他の男宛に書かれた手紙だ。よく考えたら、恐ろしいという言葉以外なにもない。
一度目を瞑り、深呼吸をしてから、一気に瞼を開いた。
『ずっと考えていました。数学の授業のときも、図書館にいるときも。きっとそうなんだろうなって。でも、やっと分かったんです。下から見るか、横から見るか。たぶん、斜めから見るのが正解なんです』
パチパチと数回瞬きをして、頭上にハテナを浮かべる。告白の返事……なんだよな?
「あのぉ……これは、一体?」
「手紙だよ?」
「そ、そうだよな」
静かに置き、そっと机の上へ返す。
申し訳ないが、全くワラカナイ。もしかして、告白の返事じゃないのか?
だとしても、誰かに宛てた手紙とは思えない。さて、なんと反応したらいいものか。
「山田くん、知ってた?」
百合園さんの持つ手紙が、窓の隙間からくる風にゆらゆら揺れている。
「なんでもないような文章に見えても、実は意味があったりするんだよ」
「……へ、へぇ」
人差し指で、初めの文字を指さしながら、
「たとえば、丸で区切った頭文字を繋げてみるとか」
言われた通りに視線で追ってみる。
ず……す……。
だけど、すぐに紙は折られて、桃色の封筒へ入れられた。
「これ以上はひみつだよ」
人差し指を唇に当てて、百合園さんはシーッというポーズをする。
「……でも、これ、伝わるのか?」
普通の人間なら、ただの作文にしか見えないぞ。暗号を解くヒントでも書いておかないと。
「絶対、分かってもらえると思う。完成させて、来週には渡すつもりなの」
「……そっ……か」
ありがとねと手を振って、百合園さんは弾むように部室を出て行った。
がくんと机に突っ伏したまま、しばらく動けそうにない。もう、死にたい。
開けた窓から、しとしと雨が降る音が聞こえてきた。
予報だと、夜から降るはずだっただろ。嘘つきめ。
百合園さん、傘持って来たかな。来週、告白の返事をしたら、きっと付き合うことになるんだろう。
そしたら、成瀬永久の傘に入って帰るのも、時間の問題というわけか。想像しただけで、体調を壊しそうだ。
下校の音楽を聴きながら、のっそりと体を起こす。
悪夢のカウントダウンは、まだ始まったばかり。




