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17/19

data17. 悪夢のカウントダウン

 2学期が始まって、一週間が過ぎた。

 最近、百合園さんの調子が良い。変なものに巻き込まれて、力を発揮する機会が極端に減ったし、字の練習も順調のようだ。

 このままいけば、少女漫画のようなシチュエーションにたどり着くのも時間の問題。もちろん、成瀬永久と。


 それはなんとしても防ぎたいと思いながら、なにも出来ずに現在もムタと戯れている。

 仕方ないじゃないか。

 映画にでも誘おうかと思ったけど、断られた時のことを考えると、震えて飛行機マークを押せないのだから。情けない。

 僕の顔を見て、何か訴えるようにムタがニャーと鳴く。


『パパー!』

『イクジナシ』

『愛を探しているんだ!』


 スマホ画面を見ながら、うっとフリーズしてしまう。

 意外と的を得ていて、ツッコめない。

 そうこうしているうちに、人の声が聞こえて来た。

 また百合園さんかと思ったが、1人じゃなさそうだ。なにか話をしている。


 だんだん大きくなって近づいているぞ。

 こんな惨めな昼休みを目撃されたら、軽蔑の眼差しを向けられて、明日には学校中の笑い物だ。それだけは、なんとしても避けたい。

 ムタを抱き抱えたまま、じっと草陰に身を潜める。

 人よ、早く過ぎ去ってくれ。


「……話してるうちに、いつの間にか好きになっちゃったんだよね」


 突然の告白に、思わずむせそうになる。少し声が出そうになるが、口を押さえてなんとか鎮めることが出来た。こ、堪えろ。

 もぞもぞと、ムタが降りたがっている。お前も、もう少し我慢していろ。


「すぐに返事が欲しいわけじゃないから。考えてくれると嬉しい」


 少しして、足音が遠のいていく。

 ーー行ったか。

 ふう、と張り詰めていた空気が途切れると、もがいていたムタが腕から飛び出す。


 男の方、聞いたことのある声だった。落ち着きのあるいかにもカッコいい声。おそらく、成瀬永久だろう。

 もう一方は、小さかったのか相槌だったのか、分からなかった。告白の相手は誰なんだ!

 意を決して草陰から顔を覗いた時には、もう誰の姿も見当たらなかった。


 放課後、帰宅の支度をしていると、誰かに背中をツンと突かれた。

 いつもの可愛らしい笑顔で、百合園さんが立っている。


「山田くん、これから予定とかあるかな?」

「えっ、いや、なにも」

「迷惑じゃなかったら、また練習に付き合ってくれないかなぁ?」

「……なんの?」


 少し恥ずかしそうにノートから顔をチラッと出して、ぽつり。


「……字の。手紙、書きたい人がいて」


 止めていた手を再び動かす。

 まさか、昼間の相手って……百合園さんじゃないよな?

 成瀬永久に書くための手紙なのか?! なんて返事をするつもりなんだ?!


 考え出したらキリがない。

 だらだらと冷や汗が流れるなか、百合園さんが不安そうに首を傾げた。


「やっぱり、迷惑かな?」


 思い切り首を横に振る。

 断ることが出来ず、またしても練習に付き合うことになってしまった。


 教室に何人か残っていたため、目立つと思いオカ部の部室を使うことにしたのだが、何週間も使っていないため埃っぽい。

 百合園さんが開けた窓から、気持ちのいい風が入ってきた。


 さらさらと髪を靡かせながら、真剣な目でルーズリーフに字を書いている。前に出ていた念のオーラも、ほんとに出なくなっている。

 成瀬永久への手紙……気になるな。

 チラリと視線を向けたら、真正面に座っているから多少は見えるだろう。


 いや、いくらなんでも盗み見は良心が痛む。でも……見たい!

 心で葛藤をしていると、できた〜とルーズリーフが僕の机に差し出された。


「変じゃないか、見てくれる?」


 あれ、テスト勉強でもしてたっけ。まるで、答案の採点をお願いされている空気だ。

 ラブレターの練習で……いいんだよな?


「……えっ、えっと、読んでいいの?」

「うん」


 特に気にしていない様子で、にこりと笑っている。

 文章のチェックだから仕方ないのか。変なものは渡せないからな。

 他の男宛に書かれた手紙だ。よく考えたら、恐ろしいという言葉以外なにもない。

 一度目を瞑り、深呼吸をしてから、一気に瞼を開いた。


『ずっと考えていました。数学の授業のときも、図書館にいるときも。きっとそうなんだろうなって。でも、やっと分かったんです。下から見るか、横から見るか。たぶん、斜めから見るのが正解なんです』


 パチパチと数回瞬きをして、頭上にハテナを浮かべる。告白の返事……なんだよな?


「あのぉ……これは、一体?」

「手紙だよ?」

「そ、そうだよな」


 静かに置き、そっと机の上へ返す。

 申し訳ないが、全くワラカナイ。もしかして、告白の返事じゃないのか?

 だとしても、誰かに宛てた手紙とは思えない。さて、なんと反応したらいいものか。


「山田くん、知ってた?」


 百合園さんの持つ手紙が、窓の隙間からくる風にゆらゆら揺れている。


「なんでもないような文章に見えても、実は意味があったりするんだよ」

「……へ、へぇ」


 人差し指で、初めの文字を指さしながら、


「たとえば、丸で区切った頭文字を繋げてみるとか」


 言われた通りに視線で追ってみる。

 ず……す……。

 だけど、すぐに紙は折られて、桃色の封筒へ入れられた。


「これ以上はひみつだよ」


 人差し指を唇に当てて、百合園さんはシーッというポーズをする。


「……でも、これ、伝わるのか?」


 普通の人間なら、ただの作文にしか見えないぞ。暗号を解くヒントでも書いておかないと。


「絶対、分かってもらえると思う。完成させて、来週には渡すつもりなの」

「……そっ……か」


 ありがとねと手を振って、百合園さんは弾むように部室を出て行った。

 がくんと机に突っ伏したまま、しばらく動けそうにない。もう、死にたい。


 開けた窓から、しとしと雨が降る音が聞こえてきた。

 予報だと、夜から降るはずだっただろ。嘘つきめ。

 百合園さん、傘持って来たかな。来週、告白の返事をしたら、きっと付き合うことになるんだろう。

 そしたら、成瀬永久の傘に入って帰るのも、時間の問題というわけか。想像しただけで、体調を壊しそうだ。


 下校の音楽を聴きながら、のっそりと体を起こす。

 悪夢のカウントダウンは、まだ始まったばかり。

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