data16. とんでもない夏祭り
夏祭りと言えば、毎年、家のベランダから花火を見るだけだった。
タンスの奥から浴衣なんか出して来て、母親ははしゃぎすぎなんだよ。僕が、久しぶりに人と出かけるのがそんなに楽しいのか。
焼きそばの香ばしい匂い。わたあめの甘い香り。狐や猫の面を付けた客とすれ違って、ふと立ち止まる。
夏の夕方って、こんなにも明るかったんだな。すっかり忘れていた。
「山田くーん、こっちだよ!」
少し離れたところで、百合園さんが手を振っている。
うわぁ……浴衣姿が眩しいぞ。その隣にはカザネと崎田、それから……成瀬永久?!
なんで、ヤツがいるんだ。聞いてないぞ。
もんもんとしながら、輪に加わった。
すると、背後から誰かに抱きつかれて、バランスを崩しそうになる。
「まーくん、浴衣ですね〜! すごく可愛いです〜」
ずしっと肩にのしかかるこの声は、三又依子だ。
となりの百合園さんが、僕の方をじっと見ている。
さりげなく引き離して、呼吸を整えて。
「な、なんで……先輩たちが?」
何事もなかったように話を進めた。
「成瀬先輩が、夏祭り行きたいって言ってたから。ちょうどみんなで約束してるって話をしたの」
「……へぇ」
「それで、流れでここで合流しようってなって」
なんだ、ふたりココアしていたのか。
思った以上に、ちゃんとした反応が出来なかった。
だめだ、顔が引き攣っている。冷静、冷静に。
「ふーん、それってデートの誘いだったんじゃないかぁ?」
じろりと視線を向けるカザネに、なんのことかと言いたげに首を傾げる成瀬永久。
僕も激しく同感だ。
でも、このイケメンも何を考えているか分からない部分がある。考えていそうで、何も考えていないような。
「三又会長とは、ついさっきバッタリ会ったんだ。1人だったから、俺が誘ったんだ」
「なんか人数増えてよく分かんねーけど、ちょうど3対3(さんさん)でグループデートみたいっすね!」
崎田の発言に、一瞬みんなが固まった。
そうゆう思考でいるのは、お前だけなんだよ。
屋台の前を歩きながら、前の背中を眺める。顔を赤くした崎田が、カザネに話しかけている。
さっき買ったチョコバナナを食べるか、とでも聞いたのか。おもむろにマスクを下げたカザネが、崎田の持つチョコバナナにかぶりついた。
わなわなと、奴が感激している。目が合って、直視出来なくなったらしい。顔を背けながら、肩を揺らして喜びを抑えきれていない。
幸せそうだな。そう思ったとたん、ふにゃっと手を握られた感触が伝わってくる。
「まーくん、なにか食べたいものないですか?」
なぜか隣にいる三又依子が、僕に接近していた。
「な、ないない! しかも、この手、なんだ」
慌てて振り払おうとするけど、がっしり持たれていて離れない。
「昔はこうして繋いでいましたでしょ? まーくん、すぐ迷子になるから。勝手に行っちゃ、めっ! ですよ〜」
「や、やめてくれぇ」
だ……ダメだ! この人の中で、僕は幼稚園児の幼馴染のままなんだ。
なにやら後ろから、チクチクと痛い視線を感じる。見ると百合園さんが唇を尖らせて、すんとした目をしていた。
「成瀬先輩、ベビーカステラ食べませんか?」
「おっ、いいねぇ。これ好きなんだ」
「わたしもなんです」
おいおい、ちょっと待て。2人が屋台の前で足を止めたけど、他は進んで行く。
「あ、あの……三又先輩。僕も、カステラを……」
「なあなあ、山田〜。ところで、三又会長とどういう関係なわけ?」
「えっ、それはあとで……」
「アタシも聞きたかったんだよ、それ〜」
タイミング悪く声をかけられて対応している間に、後ろの2人を見失ってしまった。
くそっ、人が多すぎる。外なのに空気も薄く感じるし、なにより熱気がすごい。人に酔いそうだ。
「あのさ、百合園さん……たちが……あれ?」
探していた視線を前に向けるけど、あるはずの人影がない。崎田とカザネまで、はぐれてしまったようだ。
……マジかよ。夏祭りって、とんでもないな。
「みんないなくなっちゃいましたね〜。どうしましょうか」
背伸びしながら、目の上に手を当てて辺りを見渡している。
「どこか目印になるところで待つしかない。とりあえず、ココアしないと」
「そうしましょう」
近くに見えた鳥居をくぐり、小さな神社の前で待機することにした。
グループココアに連絡を入れたから、合流するのは時間の問題だ。ーーでも。
右往左往と歩きまわって、気が気じゃない。
こうしているうちに、成瀬永久が告白でもしていたら。良い雰囲気になって手を繋いだり、最悪の場合はキ……いや、その想像はなしだ。
あまりに落ち着きがなかったためか、三又依子がクスクスと笑い出した。
「まーくんってば、そんなに心配しなくても、ちゃんとみんなに会えますよ」
「そ、そうだけど」
神社の階段に座る彼女が、ぐっと僕を引き寄せる。
「それとも、心配なのは成瀬くんとだからかな?」
ニマリとした目が僕の顔を覗き込む。どん、と心臓が音を立てた。
空に浮かぶ花が、鮮やかに散っていく。花火が始まったのだ。
そっとメガネを外した彼女が、黙ったままの僕を抱きしめて。
「もう、あの頃の泣き虫まーくんではないんですね。ちょっと寂しいな」
耳元に響く声は、静かに消えていった。
しばらくして、崎田とカザネが、その数分後に百合園さんと成瀬永久がやって来た。
手には焼きそばやみたらし団子を持っていて、屋台で買い物をしていたことが分かった。
「みんなの分もあるから、食べながら花火見ようよ」
「さんせーい!」
あの様子だと、心配したことはなかったようだ。それなのに、胸の奥がすっきりしない。
なぜだろう。
そうだ、百合園さんとふたりきりになったこと自体にもやついているのだ。
ーー僕は成瀬永久に、嫉妬しているのか?
「早くしないと、取られてしまいますよ」
耳元でささやきながら肩をポンとして、三又依子は少し離れたところにいるみんなの元へ向かう。
ジュースを持った百合園さんと目が合って、彼女と入れ替わるようにこちらへ来た。
「山田くんも飲む?」
「ありがとう」
受け取ると、頭上で花火の音が鳴り響く。
周りが明るくなるたびに、百合園さんの横顔が照らされる。
「……キレイだね」
「……うん」
ほんのり赤らんで見える頬が、より浴衣姿を儚げに見せた。
「来年も一緒に見れたらいいね」
「……また、来ようよ」
言いながら、ふと目が触れ合う。見つめ合った時間は、ほんの一瞬だった。
激しい胸の高鳴りを隠すように、僕は空を見上げてつぶやく。
ーーやっぱり、すごくキレイだ。




