data15. 六ちゃんと依ちゃん
今僕は、もうかれこれ10年近くは見ていない写真を母親に見せられている。
小2の頃、生い立ちの授業で必要だと言われ、しぶしぶ持って行った以来のこと。
アルバムを広げながら、懐かしいわねぇ〜とのんきに笑っている。
「こんなの見て、なにが楽しいの」
「昔はいっぱい撮ってたのよ。久しぶりに思い出して、見たくなっちゃった。ほら、最近はあんまり家族で出かけないから」
「当たり前だろ。もう高校生なんだから」
いつまでたっても、僕を子ども扱いするから困る。
「あった、あった! ほら、これ。依子ちゃん」
外していた視線を、いきおいよく写真へ向ける。
僕の目つきの悪さは、生まれつきらしい。泥だらけになりながらピースをする僕のとなりで、黄色いワンピースを着て並ぶ女の子。
三つ編みにメガネ姿は、今の三又依子となにも変わっていない。
「……ほんとに、知り合いだったのか」
「1年くらいで引っ越しちゃったから、あんまり覚えてないけど。まーくん、依ちゃんってお互い呼んでたわ」
イヤな予感がする。母が顔の綻びを抑えきれなくなって来た。
話したくて仕方がないと、うずうずしているように見える。
「そういえば、真人覚えてない? 一緒に庭でプールした時のこと。あの時、真人がオモチャの指輪を渡して……」
楽しそうに話す母に背を向けて、僕はリビングを出た。
部屋から、再会したエピソードを詳しく教えてと聞こえてくるけど、特にないからと二階へ上がる。
あの人、こうゆう話題が大好物なんだ。なんでも首を突っ込んでくるから、勘弁してほしい。余計なことは、言わない方が身のためである。
ベッドでくつろごうとしてすぐ、インターホンが鳴った。宅配か何かだろうと気にしていなかったが、そのうち階段を上る足音が聞こえて来た。
僕の荷物か? 最近、ネットで何か買ったかな。
心当たりがなく、なんとなくドアを開けると。目の前に、花を背負った(背景)美少女が立っていた。
ゆ、百合園さんじゃないか?!
「……おじゃまします。来ちゃった」
「…………!!!!」
言葉にならない声をあげて、僕は腰を抜かす。足に力が入らない。
「な、なんで……?」
たしかに、数日前来るような話はしていた。都合の良い日は、今日だとも僕が言った。
でも、まだ時間も決めていなかったし、あれから返事が来なかったから、てっきりこの話は流れたのだとばかり思っていたのに。
「さっきココアしたんだけど……まだ見てない?」
ベッドの上に置き去りにしてあったスマホを慌てて掴む。
ほんとうだ。今から行くって、1時間前に連絡が来ていた。下でアルバムなんか見ていたから、全く気付かなかった。
「迷惑……だったかな」
「いや、そういうわけでは。ただ、驚いて」
これは夢なのか?
百合園さんが、僕の部屋にいる。床に足をつけて、同じ空気を吸っている。
……今の表現は、ちょっと気持ち悪かったな。自覚はあるけど、それほど異常事態ということだ。
おすすめの漫画を貸して欲しいと言われていたから、リストアップしたものを渡した。
「わざわざ書いてくれたの?」
「タイトルと、ちょっとしたあらすじと見どころみたいなの。ほとんど持ってるから、気になるのあったら、貸せるよ」
「……ありがとう。じゃあ、このヨミガミっていう神様の見てみたいな」
渡すとき、少し指先が触れただけで、僕の心臓は壊れそうになった。
ベッドに腰を下ろした百合園さんが、漫画を読み始めて1時間ほどが経つ。
少し離れたところで、同じように読む僕はそわそわと落ち着かないでいた。気が散って、どうも集中出来ない。
二冊目が手から離れたところで、コンコンとノックする音が鳴る。
ちょっと、待て。まさか、と思ったときには、すでにドアが少し開けられていて、隙間から目がこちらを覗いていた。
「ひっ、か、母さん?!」
まるでホラーだ。恐怖映像と言ってもいい。
「あら、ごめんね〜。そろそろ喉が渇いたんじゃないかと思って」
そそくさと部屋へ入り込んで、百合園さんにジュースを渡す。
緊張した感じで、彼女がお礼を言う。
嬉しそうにニヤニヤして、この母親は油断ならない。
僕の耳元で、「例の子?」とささやく。どうせ三又依子かと聞きたいのだろう。勘違いもはなはだしい。
「もう、いいから。早く出ていけよ」
ぐいぐいと背中を押し出す時に、いつの間に持っていたのか、母の脇に挟んでいたアルバムが落ちた。
百合園さんが写真を拾ってくれるけど、見られたくない。
「わ、わ、ありがとう!」
ドアを閉めてから、慌てて取り返そうとする。けど、ひょいと身をかわされて、写真を直視された。
「……これって」
「や、やめろ、見るな!」
腕を引っ張ったとき、ちょうど膝の裏にベッドの外枠があったらしい。足が当たって、僕の体は反り返った。
とっさに離せなかった。つい、手を掴んだまま倒れたものだから、百合園さんまでバランスを崩して。
ーードサッと、僕の上に覆い被さるような体勢になる。
一瞬、なにが起きたのか理解出来なかった。
天を仰いだ状態で、目と鼻の先に百合園さんの顔がある。
彼女も思考が追いつかないようで、目が合ったまま固まっていた。
マ、マズイぞ。この状況は、非常によろしくない。
「あの……ごめ……」
お互いに頬を赤らめている。それでも、百合園さんは僕を見下ろしたまま動こうとしない。まるで、ネジの壊れたオートマタみたいに。
「……山田くんは、知らないかも……しれないけど。ほんとは、わたし……」
ーーダダンダンダダン、ダダンダンダダン。突然、聞き覚えのある音楽が流れてきた。
これは、おそらく有名な某洋画のテーマ曲。かなり古い映画で、父がよく見ていた。
緊張の糸が、プツンと切れる。
な、なんだ? よく分からない空気が流れ始める。
「……ごめんなさい」
ハッとした顔をして、百合園さんが体を離した。長くて綺麗な髪を触りながら、ベッドからゆっくり脚を下ろす。
「親から連絡が来たから、今日は、帰るね」
「あっ、あの……」
降りようとして、いきおいあまって足の小指を机で打った。
くうううう……これは、めちゃくちゃ痛いぞ。
うずくまっている間に、百合園さんは帰ってしまった。
やらかした……絶対に嫌われた。
ベッドにぽつんと残された写真を手に取る。それはファンタジーランドへ行った時のもので、三又依子との写真ではなかった。
天使の下でポーズをとる2人。となりに写っている女の子を見て、僕は首をかしげる。
あれ、これって迷子になった時のだよな。僕はひとりじゃなかったのか。
2人とも目が赤いが、一緒に泣いてたのか。あまり記憶にない。
それにこの子、誰かに似ている気がする。
まさか……な。ありえない。
一瞬過った顔をかき消して、僕は引き出しに写真をしまった。
それにしても、さっき百合園さんはなにを言おうとしていたんだろう。
まだ、心臓の高鳴りがおさまらない。




