data14. グループココア注意報
さて、本日は一週間ぶりの休日で、リビングのソファーでぐだりながら、漫画を読んでいるのだが。
さっきから、スマホがブーブーと唸っている。
どうせ崎田だろう。この前も、早くカザネの写メを送れと催促してきたから。直接頼むわけにもいかないし、なかなかマスクを外さないのだから仕方ないだろ。
寝そべったまま、机に腕を伸ばす。あと、もう少し。ぷるぷると震わせながら、やっとスマホを手にした。
見ると、なにやらグループココアというものが作られている。なんだ、これ。
崎田に招待されているが、どうしたらいいんだ。よく分からず、とりあえず承認するを押したらメンバーに追加された。
百合園さんとカザネもいるな。
間髪入れずに、通知音が鳴った。
『もうすぐ夏休みだー!!』
テンションの高い崎田に、ポンポンと2人からスタンプが送られてくる。
百合園さん、このフクロウ好きなのかな。
『7月31日って何の日だか分かる人〜?』
いきなりの問題に、スタンプを選ぶ指が止まる。
だから、早いんだよ。まだどれにしたらいいのか探してたところなのに。
表示画面を消すはずが、ブルドックが無表情で立っているものがポンッと送信される。
ああっ、確認したつもりが、もう一度押してしまった。やはり、使い慣れない。
『どじょうのウナギとかの日じゃなかったか?』
それを言うなら、土用の丑の日だろ。
カザネの回答に、思わず突っ込んでしまった。しかも、今年は7月28日だと母が言っていた気がする。
『あっ! それもあった!』
『けどもっと他にある! みんなが楽しめるやつ!』
相変わらず、適当な奴だな。
7月31日……カレンダーを見ても、なにがあるかさっぱり検討がつかない。
『31日って、たしか夏祭りがあるよね』
百合園さんの発言に、ハッとする。
そうか、もうそんな時期になるのか。毎年、花火は家からチラッと見る程度だったから、日にちなんて気にしていなかった。
『あったりー! 予定なかったら、みんなで行こ!』
うひゃひゃと言ってそうなお笑い芸人のスタンプが動いている。
……崎田め。余計なことを提案するな。
またポロンと音がして、新しいトーク画面が表示された。
『夏祭り参加する?』
なんだ? どうしてか、前の会話が消えたぞ。
いや違う。グループではなく、百合園さんから個別に送られて来たのか! ……なぜ?
画面にかじりつきながら、おろおろする。
『人混みはあまり得意じゃないから』
入力途中で、誤って送信してしまった。うわ、これじゃただの感じ悪い奴じゃないか。
行くか迷っている。打ちかけて、グループの方がポロンポロンと鳴り響く。みんな返すの早すぎるだろう。
上のテロップで、カザネが行くようなことを伝えているのが見えた。
……さて、どうするべきか。非常に悩ましい。
ポロンポロンと、百合園さんから連続して文字が送られて来る。
『一生懸命』
『諸行無常』
『二足三文』
『一石二鳥』
『効果覿面』
『有為転変』
『用意周到』
今度は、なんだ?
四文字熟語がずらりと並んでいる。漢字ばかりで、少し怖い。前に誤送されたメモ書きを思い出した。
『あの、これは、なに?』
返しつつ、消そうとしたテロップを押してしまったから、グループトークが開く。
こちらはこちらで、話が進んでいた。崎田が、山田はどうするんだと呼びかけている。
『なんでもないよ』
上に出た文字を目で追って、考える。
なにも意味なく、あんな四字熟語を送ってくるとは思えないのだが。
もう一度、百合園さんとのトークを開く。
一生懸命、諸行無常……有為転変。もしかしたら、僕に変われとメッセージを込めていたのか?
だとしたら、さっきの返信はあきれられたのかもしれないな。
『人の多くないところならいいんだけど』
意を決して、送ってみた。まずは、少しずつ人に慣れることからだ。
寝転んでいたソファーに、いつの間にか正座して、スマホを真剣に覗き込む。
『たとえば、どんなところ?』
聞かれて、うーんと首を捻る。
学校ほどの人数が一同に集まる場所は、どうも苦手だ。だから、テーマパークやイベントものは極力避けたい。
人口密度の低い……落ち着く場所……。
『家とか』
飛行機マークを押してから、我に返る。
あれ、今、結局なんの話をしていた? 人混みじゃない人の少ない場所はどこか、だよな。
『おーい! 山田反応しろ』
グループの方で、崎田が叫んでいる。しまった、向こうで反応するのをすっかり忘れていた。
『ちょっと待って、今考えてる』
『なんだよ。予定でもあんの?』
相変わらず、秒で返ってくる。その瞬発力には脱帽だ。
『じゃあ、今度遊びに行ってもいい?』
『山田くんち』
ポロンと上のテロップに浮かぶ文字。
一度スマホを遠ざけて、改めて画面をマジマジと見る。見間違えじゃないよな。
百合園さんが、僕の家に来るだと?!
『最近、漫画読みたいなって思ってて』
『おすすめあったら、貸してほしくて』
スマホを持つ手がぷるぷると震えてきた。
待て待て、どう返すのが正解なんだ? 即答するのはがっついてる気がするし、濁したらじゃあいいと捨てられるかもしれん。
ええい、迷うな! 男なら、チャンスを逃すな!
『いいよ』
いきおいあまって、送ってしまった。これは、一大事だぞ。
ポロンと鳴って、気持ち悪い動きをしたネコのオッケースタンプが目に入る。
百合園さんがこんなの押すなんて、珍しいな。まるで崎田じゃないか。
『よし、じゃあ時間いつにするか決めるぞー!』
カザネの返信を見て、サッと血の気が引く。
グループと個人のトークを行き来していたから、間違えていることに気づかなかった。
僕はさっき、グループトークで発言していたのだ。
「……うそだろ。あの勇気……返せ」
ソファーにがくっと崩れ落ちるけど、話は勝手に進んでいく。
こうして、夏祭りへ行く約束を交わしてしまったのだった。




