data13. 生徒会長は幼馴染?!
アニメを見たり漫画を読んでいて、ふと疑問が湧き上がる瞬間がある。
誰しも、一度は頭を過ぎったことがあるはずだ。
なぜ、自分には幼馴染という存在がいないのだろう、と。
そもそも、小学校低学年の頃から特定の人と関わった記憶がない。致命傷だ。
そんなことを考えながら校内を歩いていたから、反応が遅れた。階段から小走りで来た人とぶつかってしまった。
「あっ……すみま……」
「め、め、目が……」
相手の女子生徒は、地べたを這いつくように手探りで何かを探している。おそらく、僕の手元に落ちているメガネだろう。
「……あの、これ」
目元を手で隠しながら、三つ編みの女子生徒は僕の手からメガネを受け取った。
慌てて付けて、鼻を打って悶えている。僕より挙動不審な人がいるんだ。
スカーフの色が白いから、三年生だろうか。
「け、け、怪我はないでしょうか?」
バッと両腕を掴まれて、メガネ越しの瞳に覗き込まれる。……び、びっくりした。初対面なのに、かなりの至近距離だ。
「だ、だいじょうぶ……です」
やんわりと後退するけど、彼女がさらにぐっと顔を近付けて。
「……まーくん?」
首を傾げる彼女と同じ方向に、僕も首を捻る。
ま、ま、まーくんだと? なんだその呼び名は! というか、どうして僕の名前を知っている! 初対面のこの人が!
「やっぱり、まーくん! 真人くんですよね! うわぁ〜久しぶりですね〜。懐かしいです〜。元気にしてましたかぁ?」
くいっとメガネをあげて、ぐいぐいと迫ってくる。
じょ、状況が全く飲み込めない!
ーーこの人は誰なんだ?
彼女が生徒会のファイルを持っていることに気付き、思い出した。そうだ、このメガネに三つ編みの大人しそうな人は、生徒会長だ。
でも、それくらいの認識で話したのも初めてだ。
「まーくん、覚えてないですか? 小さい時、一緒に公園で遊んだり、私の家に来たこともありますよ〜?」
頭をよしよしと撫でられて、体が動けなくなる。
な、なんなんだ! 全く身に覚えがないぞ! そもそも、僕は幼少期から人と関わった経験がない。
「いや、あの……人違いじゃ」
「山田真人くんでしょう? ほら、三又依子ですよ〜。まあ、忘れちゃってても無理ないですよねぇ。父の転勤で、わりとすぐ引っ越しちゃったんで」
顎に人差し指を置いて、何かを思い出すような仕草をしている。
ということは、まさかーー?
「私たち、少しの間ですが幼馴染だったんですよ〜!」
三つ編みをぴょこんと跳ねさせて、僕に抱きついてきた。
ひ、ひぃぃぃ! いきなり、何がどうなってるんだ?!
「同じ高校だったなんて、知りませんでした。大きくなりましたねぇ〜。感動の再会、感無量です」
向こうは懐かしそうにしているけど、僕はハテナマークばかり浮かべて、まるで記憶喪失にでもなったみたいだ。
小さな願望が、こんな形で実現するとは思いもしなかった。
移動教室、昼休み、放課後。三年の生徒会長が、なぜ常に目の前に現れるのか。説明してほしい。
「まーくん! 一緒に帰りましょう〜」
まだクラスメイトが残っている最中、三又依子が教室へ押しかけて来た。
勘弁してくれ。何事かと、みんな僕らに注目している。
「す、すみません。お腹、痛いので……」
さっさとかばんを持って、彼女の横を通り過ぎた。のだが、ガシッと腕を掴まれて、引き止められる。
「大丈夫ですか? そういえば、まーくん、すぐお腹痛くなってましたね。私でよければ、送って行きますよ〜」
「い、いや……その」
人との交流に慣れていないためか、この状況に赤面してしまう。
慌てて教室を出ようとした時、入って来た生徒とぶつかった。その人が持っていた本が、床へと散乱する。
「……すみません」
拾い集めていると、しゃがみ込む脚が目に入った。細くて健康的な太ももから、徐々に視線を上げる。
百合園さんが、首を傾げて僕を覗き込んでいた。
「ゆ、百合園さん! あの……」
一番見られたくない人に出くわしてしまった。
背後から、三又依子が迫って来て、僕の背中にぴとりと引っ付く。そのまま額同士を当てて、うんと頷く。
「熱はないみたいですね」
近すぎる距離から、すかさず逃げて言葉を失う。たとえ幼馴染だったのだとしても、心臓に悪い。
メキメキと、何かがめり込むような音がする。
なんだろうと前を向くと、百合園さんの持つ本がスポンジを握り締めているみたいにへしゃげていた。
これ、単行本だよな。なんか、怒ってる?
「……三又先輩。さっき、生徒会の先生が探してましたよ」
「そうでした! ありがとうございます〜! まーくん、また明日ね〜」
三つ編みを揺らしながら、三又依子は嵐のように去って行った。
一体、なんだったんだ。
とりあえず、落としてしまった残りの本を拾っていると、百合園さんがつぶやく。
「山田くんって、三又先輩と知り合いだったんだね」
「知り合いというか……なんか、昔に会っていたらしい。僕は全然覚えてないが」
いきなり現れて幼馴染と告げられても、いまいちピンと来ていない。
百合園さんの反応も、そっかと薄かった。まあ、僕の私事情になど興味もないか。
教室を出て、正面玄関に着いた。空から、しとしとと水滴が落ちてくる。
「雨降ってるね」
「今日の予報、午後から雨になってたから」
かばんから折りたたみ傘を出して、開こうとすると。
「そうだったんだ。わたし、持ってくるの忘れちゃったな」
百合園さんが、隣に並んで言った。
この流れって、駅まで傘に入って行くか聞いた方がいいのか?
いや、こっちが親切心のつもりで提案したとしても、向こうにとっては気持ち悪いかもしれん。……どうしたら。
「あっれー? 六花ちゃん、傘ないの?」
後ろから、成瀬永久がやって来た。
なんというタイミング。まるで見計っていたような、少女漫画のヒーローじゃないか。
「えっと、あ……はい」
緊張しているのか、百合園さんの声が小さくなる。
想いを寄せる相手なのだから、無理もない。
「よかったら、駅まで俺の傘に入ってく?」
うわー! さらっと言った。これがモテる奴とそうじゃない奴の差か。悔しいけど、これが現実だ。
さて、いつも通り帰るか。
「ありがとうございます。でも、山田くんが入れてくれるらしいので、大丈夫です」
「……ええっ?!」
僕の差す傘の中へ、百合園さんが入り込んで来る。
桃色に染まる横顔が妙に色っぽく感じた。
もしかして、僕の方が緊張しなくて済むとか……そういうことか?
「お腹痛いんでしょ? 送ってあげる」
「あ、いや……それは嘘で」
「ふふっ、知ってる。わたしも嘘だから」
「……なんだ。まあ、本気にしてなかったけど」
自然と合わさる歩幅は、少しずつ狭くなっていく。
駅へ着く時間が少しでも、遅まってくれたら。
「そうじゃなくって」
「……なに?」
「なんでもない」
目に映る横顔は、まだほんのりと赤らんだままだ。
深く考えるな。今はただ、こうして彼女と肩を並べて歩けるだけで、奇跡なのだから。




