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data12. 胸さわぎの修学旅行〜就寝編〜

 頭から湯気を出しながら、のほほんと部屋へ帰る。

 みんながいなくなってから入る露天風呂は最高だ。静かに黄昏れることが出来るし、なにより自分のペースで出られるからな。


 1人の言い訳をしつつ、ロビーの前を通ったとき。知れた人影が目に映った。

 あれは、カザネじゃないか? あんなところで、何をしているんだろう。まあ、僕には関係ないけど。


 素通りしてから、もう一度戻ってみる。黙って、僕は隣に腰を下ろした。その背中が、自分と重なって気になったから。


「なんだ、山田じゃねぇか。……どうした」


 カザネの声は、外の色と同じで暗く感じた。


「……部屋戻っても、どうせいないし」


 相部屋になったクラスメイトは、たぶん帰って来ないつもりだろう。さっき、風呂の用意を取りに戻ったときも姿はなかった。

 遠くの背後から、女子の笑い声が聞こえてくる。おそらく、大浴場から出てきたクラスメイトだ。


「……なんもしてねぇのに、目合っただけで逃げるように出て行きやがった」


 どうやら、相部屋の女子が怖がって他の部屋へ行ってしまったらしい。仲間だったのか、と少しホッとした。

 僕だけが避けられているわけじゃない。そう思う反面、人の不幸に安心するなんて、やっぱり僕は最低なヤツだとも自覚する。


 角のソファーで足を抱えながら座るカザネからは、近寄りがたいオーラは見受けられない。

 たぶん、修学旅行に参加すること自体が異例だっただろうに。彼女は彼女で、歩み寄ろうとしているのかもしれない。


「……深く考えなくても、案外ちょっとしたことで変わるんじゃないか。たとえば……そのマスクを取るとか」

「……無理」

「え……なんで?」

「一回付けたら、外せないんだよ。顔見られんの、恥ずかしいだろ」


 脚の間に顔を埋めたからか、声がこもって聞こえた。

 ぷっ、と思わず吹き出してしまう。あれだけ堂々と啖呵切ってるヤツでも、そんなこと思うのか。


「……なに笑ってんだよ、おまえ」


 じろりと睨む目付きは、さすがにびびったが、もしかしたら自分を強く見せるための行為なのかもしれないな。


「……キレイな顔してるんだから、もっと自信持っていいと思うけど」


 あ、ヤバい。思わずこぼれた言葉を、どうか拾わないでくれと祈る。

 再び顔を下げたカザネが、プシューと空気の抜けた風船のように。


「よ、余計に外せなくなったじゃないか……」


 先ほどまでの刺々しさが消えて、弱々しく嘆いた。

 照れてるのか? 意外とカワイイ一面もあるんだな。


「……あと、言葉遣いをもう少し柔らかくしたらいいと思う」

「……調子に乗んなよ」

「ほらそれ。普通に怖いです」


 しばらく沈黙したのち、カザネは「そうか」とだけつぶやいた。

 出会った当初のことを考えると、角が取れて来た気がする。今では、僕や崎田も普通に会話が出来るのだから。


 部屋へ戻ろうと促したけど、カザネは首を振った。どうやら、ホテルや旅館にひとりは幽霊が出そうで怖いようだ。

 バイクをブイブイいわせているヤツが、よく言うよ。僕からしたら、よっぽどそっちの方がおっかないぞ。


「……じゃあ就寝まで。もう少し、ここにいてもいいけど」

「山田も1人がイヤなだけだろ」

「……うるさい」


 どうせ部屋へ戻ってもぼっちだよ。

 でも、不思議だ。その方が気楽で自由に過ごせるはずなのに、今はそれほど苦痛じゃない。むしろ会話を楽しんでいる自分がいる。


「……ウソだよ。ありがと」


 視線こそ合わなかったけど、横顔に笑みが浮かんでいるのが、なんとなく分かった。

 そうか。仲間はずれに慣れたと思っていたけど、違ったのか。言い聞かせていただけで、心の奥底では思っていたんだ。


 ーー可能なら、ほんとは誰かといたいって。


「あれ? こんなところでなにしてるの?」


 背後から声をかけられて、体がビクッと跳ね上がる。

 振り向くと、頬を桃色に染めた百合園さんが立っていた。風呂から出たばかりなのか、シャンプーのいい香りが鼻をくすぐる。

 事情を話すと、百合園さんが何か考えるポーズをして。


「風袮ちゃん、わたしの部屋おいでよ!」


 ポンッと手を叩いて、行こう行こうと手を引っ張っている。

 よかったな、と胸の中でつぶやいて、僕も部屋へ戻ろうと腰を上げた。

 隣に並んだ百合園さんの唇が少し尖って、チラリと目線が上がってくる。

 な、なんだ?

 素早く瞬きする僕に、子どもが拗ねたような声でぼそりと。


「ふーん、夜のロビーで2人になっちゃうんだ」

「……えっ?」

「明日はクラス行動だね! おやすみ、山田くん」


 いつもの花が咲いたような笑顔が向けられて、胸の前で小さく手を振り返す。


「……おやすみ」


 胸の奥がざわついている。まるでホットコーヒーの中に氷が落とされた気分だ。

 なにか、気に触るようなことしたのかな。

 後ろ姿が見えなくなるまで、意味もなくその場に立ち尽くした。

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