data11. 胸さわぎの修学旅行〜初恋話編〜
予報通りの雨。バスに揺られながら、思わずため息がこぼれる。
とうとうこの日が訪れてしまった。体育祭、学園祭、二年に進級してから来るな来るなと特に唱えていたものは修学旅行だ。
イベント行事は、全て憂鬱でしかない。つるむ友達がいない人間にとって、これほど過酷な空間はないのだ。
あらためて、ぼっちを実感させられる時間だ。
案の定、バスの席順もあまりものでひとり席。その方が気楽でいいと言うのは、事実だが少し強がりも入っている。
1人旅へ来たと思えば、自由行動もそれなりに楽しめる。自分の行きたいところへ行けるし、見たい店にだけ入ればいいのだ。
なんて身軽で効率がいいんだ。と心でつぶやきながら、沖縄産のパイナップルを試食する。
うん、うまい。
家族への土産を買って、気づいたらエコバッグがパンパンになっていた。ちょっと買いすぎたな。
目的地のホテルへ到着して、みんなが荷物を運び出す。
まだ1日目が終わったばかりか。明日はクラスで行動だから、1人でいると浮くだろうな。
2人部屋の相方は、荷物を置くとさっさと出て行った。僕といて話すこともないだろうし、仕方がないか。
パジャマや下着を出して、風呂の準備を始めたとき。コンコンと、ドアが鳴った。
……誰だ? もしかして、速攻で消えたもう一方の客だろうか。
「よう、山田! 邪魔するぜー」
どかどかと崎田が乱入して来た。僕のベッドにダイブして、気持ちよさそうにリラックスしている。
「えっ……なに?」
「今から俺の部屋来いよ。みんなで怪談話しようってなってさ。やることねぇし、山田ヒマだろ?」
寝そべりながら、崎田が眠そうにあくびをした。
中学の時でさえ、ひとり部屋で就寝前に虚しく寝たんだ。誰かに誘われたことなんて、一度もなかった。
「……でも」
「女子も来るぞー。百合園さんとか」
ニマリと笑う崎田。そう言えば、僕が乗っかるとでも思っているのか。心外だな。
結局、ついて来てしまった。
僕の心には信念がないのか。ほんの少し、楽しそうだと思ってしまったばかりに。
「よし、そろったな! 始めようぜ〜」
崎田の部屋には、百合園さんとカザネ以外誰もいない。
あれ、他の人たちはどうしたんだ?
「どんな怪談話からすっかなぁ〜」
ウヒヒと笑って懐中電灯を付ける崎田に、カザネが待ったをかける。
「暗くすんな。それと、その、怖いのは苦手なんだ。だから、他の話にしよう」
マ、マジ? と言いたげな顔で、崎田が懐中電灯を消した。
さすがにカザネに対して強く出られないらしく、じゃあどうすっかなぁ〜と頭をかいている。
なぜかそわそわと落ち着かない僕。
そうか、こういったイベント行事の時はいつも単独だから、誰かといる状況に慣れないのか。
「おっ、ならこんなんどう? みんなの初恋話聞かせて〜みたいな」
ひらめいたと言わんばかりに、崎田の表情がパッと明るくなった。
待て、待て。そんなハードルの高い話、僕に出来るわけが……。
「それいいね〜! わたしも聞きたいなぁ」
「……恋バナってやつか。面白そうだな!」
意外に2人ともノリノリで、自己紹介の挨拶並みに固まっているのは僕だけだった。
「俺の初恋は、小学5年だったなぁ。同じ班になって、よく話すようになったのがきっかけ」
「想像以上にふつーだなぁ」
「でも、修学旅行の夜に2人で抜け出してさ、ロビーで話してたところを先生に怒られたってエピソードもあるぜ。青春だろ?」
「うん、すっごくいいなぁって思った。そうゆうの、素敵だよね〜」
僕が小学生の時なんか、ゲームやアニメばかりで色恋なんて知らなかったぞ。まわりもそこまで聞かなかった。
修学旅行なんて、眠くもないのに速攻で布団へ入ったってのに。くそっ、羨ましい。
ベッドに腰を下ろしながら、次はカザネがあっと口を開く。
「アタシはダチのアニキかな〜。たぶん、中1とかそんなもん」
「へぇ……、やっぱ、そうゆう系の人だったん?」
様子を伺いながら、崎田がハンドルを握るジェスチャーをする。
「その人、高校生で族に入ってたよ。バイクの後ろに乗せてもらったんだ。今思い出してもシビれるなぁ」
懐かしむように、目を細めている。マスクをしているから口元は見えないけど、カザネも楽しそうだ。
エピソードは大概だが、こうしていると普通の人と変わらない。初めて会った時に比べると、だいぶ丸くなってクラスにも馴染んでいる。
いつか僕も、変われるんだろうか。
「ねぇねぇ、じゃあ山田くんの初恋は?」
隣に座る百合園さんが、うつむき加減の僕の顔を覗き込んだ。
うっ、とうとう番が回って来てしまった。
小さく息を吸って、ゆっくり吐く。
「実は、まだ……で」
心臓の音が口から響いている。それくらい音が大きくなって、緊張していた。
どんな反応されるか。バカにされて笑われるか、少し怖い。
「へえ、山田好きな奴いたことないの? まあ、そんなに予想外じゃねぇけど」
「おまえピュアだなぁ〜!」
強く瞑っていた瞼を開けると、何も変わらないみんなの顔があった。
あれ。もっと引かれると思っていたのに、普通だ。
「……そっかぁ。じゃあ、好きまでじゃなくても、いいなって思う瞬間ってあったりする?」
百合園さんにじっと見つめられて、今度は違う意味で胸がドクドクと波打つ。
「た、たとえば……みんなに優しく出来たり。完璧に見えて、ほんとはいろいろ悩んで、頑張ってるのは……いいなぁって思う」
「それ、アタシだな」
「えっ、山田って鬼頭さんが好きなの?!」
前のめりに食い付く崎田の目が、不安げな色を写している。
それに、百合園さんがぽかんとした表情で僕を見ていた。これは否定しておかないと。
「あ、あと! 猫の相談に乗って、飛んできた看板から男子守っちゃうくらい強くても、手紙で思い伝えるために練習してたり……それから」
な、なにを言っているんだ僕は!
誤解を解こうとすればするほど、勝手に唇が動く。まくし立てる口調は、止まることを知らない。
「そんなヤツおるか? なんか特定の人間っぽい」
目を細めるカザネから、ふいっと視線を逸らした。だらだらと、首筋に冷や汗が流れてくる。
そんなこと言われても、なにか話さなきゃと思ったら出ていたんだ。仕方ないだろう。
隣に目を向けると、百合園さんに顔を背けられた。えっ、なにか気に触ることでもしたかな。
彼女は視線を逸らしたまま、話し出した。
「……わたしの初恋は、小学1年生のとき。親戚のお姉ちゃんに連れて行ってもらったテーマパークで、会った男の子……かな」
チラリと視線がガチ合って、頬が熱くなる。百合園さんの顔も心なしか紅潮している気がして、無言で近くにあったエアコンのスイッチを入れた。
きっとこの部屋が暑いんだ。こんな話をしているから、特に。
「えー、それって初対面ってこと? 一緒に行ってたわけじゃなくて?」
崎田の問いかけに、百合園さんがこくんと頷く。
「なにがあったらそうなるんだ? 六花、そこんとこ詳しく教えてくれ!」
「俺も知りたい!」
がっつく2人をよそに、僕はふぅと息を吐く。少しずつ気温が下がって来たぞ。早く熱っぽい体を覚ましてくれ。
「わたし、はしゃぎすぎて迷子になっちゃって。泣いてたら、同じくらいの男の子が近付いて来て。僕も1人だから、一緒にいてあげるって手を握ってくれたの」
小1のくせに、キザな野郎だな。僕なんか、高校生になっても女子と手を繋いだことすらないのに。
「それヤバッ! マンガの世界みてぇ。で、名前とか学校とか聞いたの?」
ううんと首を振る百合園さんに、チッと舌打ちして。
「なんだよ、そいつ! 名乗りもしないとは男前じゃねぇか! 癪に触るけど、六花、それはもう運命だ! どうする、探すか?!」
興奮気味に立ち上がるカザネ。勢いが増すと、迫力があり過ぎるんだよ。
熱くなって来たのか、マスクを外した。露わになった素顔を、崎田がじっと見ている。
「やめてよ〜。それは過去の話なんだから。それに、その子はわたしのことなんて覚えてないよ」
言いながら眉を下げる百合園さんと、視線が触れ合った。
今日はよく目が合う。意識して、僕が見ているからだ。
でも、勘違いしてはいけない。
だって彼女は、ーー成瀬永久が好きなのだから。




