data10. 返事はいらないから
ココアトークたるもの、連絡手段に使うとばかり思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
授業中にも関わらず、ぶるぶるとスマホが震えている。
無視して休み時間に開いてみると、文字がずらりと並んでいた。
『ひまー』
『千ちゃん(教師)白髪はっけーん』
『やまだー! 鬼頭さんってなんでマスクしてんの?』
『なーなー見ろよ』
コイツ、授業を聞け!
昨日ココアトークを交換したのはいいとして、今日の午前中からずっとこの調子だ。崎田から、一方的に独り言が送られて来る。
当の本人は、何も気にした様子もなく友達と話しているから、単なるツイ⚪︎ター気分で利用されているとしか思えない。
こんなの返事しなくていいよな。ココアトークを閉じたとたん、またしてもスマホが鳴る。
いい加減にしろよ、まったく!
鬼頭さんの文字に、思わず身構えた。
えっ、なんだ? 緊急の用事でもあるのかと、開いてみると。
『空気が気持ちいい』
青空の写真が貼られていた。教室にいないと思ったら、屋上でサボっていたのか。
たしかにキレイだけども。どいつもこいつも、僕のスマホをツイ⚪︎ター扱いし過ぎだろう!
くそっと制服のポケットへ入れると、また振動するのが分かった。
そろそろ無視していいかな。
一呼吸おき、とりあえずは見ることにした。家族から、緊急の連絡が入った可能性もなきにしもあらずだからな。
ブーブーと連続して送られてくる。
崎田はスマホを触っていないし、またカザネか?
テロップに現れた名前に、心臓がドキッとする。ゆ、百合園さんだ!
ゆっくり押したトークページに、文字が表示された。
『スキンケア』
『にく』
『納豆』
『天ぷら粉』
『モッツァレラ』
えっ、ええ……なんだこれ。
まだピコンピコンと続く文字は、あきらかに買い物リストだ。
『イヤリング』
『インナー』
『カナヅチ』
最後のカナヅチって、釘打つ金槌? ……どういうこと?
頭の中がハテナで埋め尽くされるけど、今はそれどころじゃない。百合園さんまで、メモ代わりに使うなんて……あんまりだ。
がっくりと肩を落としていると、つんと背中をつつかれた。
「ふぎぁッ! な、なに?!」
「元気ないね。どうしたの?」
天使の微笑みが、今は悪魔に見えて仕方ない。
「い、いやぁ……その、さっきのココアトークだけど……」
「ココアトーク?」
数秒停止して、百合園さんが自分のスマホを確認する。そのうち一瞬で顔色が沸騰して、
「……やだっ、ごめんね! これ、昔使ってたスマホに送ったつもりだったのに。メモにしてて」
「そう……なのか」
「だから、忘れて!」
「……それなら、全然」
よかったぁーー! 全力で安心という文字が浮かび上がった。ただの誤送だったのか。
それにしても、百合園さんから初めてのメッセージがメモの勘違いだとか、僕らしいな。
それほどまで存在感が薄いとは。なにも反論できないところが切ない。
夜、夕食を終えて、さて宿題でもするかとノートを開いた時、スマホが鳴った。
こんな時間に、誰だ?
チラリと視線を送ってみると、百合園さんの名前が表示される。
ま、待て、なにごとだ?! またメモと間違えられたか?
スマホを持って、部屋の中を右往左往とうろちょろする。
落ち着け、僕。何も用事なく送って来ないだろう。きっと、連絡事項があるんだ。
ごくりと唾を飲み込み、丁寧にトーク欄を押す。
『風袮ちゃんから、誕プレもらったよ! 山田くんが一緒に選んでくれたんだってね。すごく可愛い〜♡ ありがとう♡』
……ま、マジか!
近く誕生日だと、カザネから知らされてはいたけど、何日なのか聞きそびれていた。
それに、語尾にハ、ハートが付いている! しかもふたつ! これに何か意味はあるんだろうか。
可愛いのあとは、プレゼントに対してとして、問題はありがとうの方だ。女子とココアトークなんてしたことがないから、全く分からないぞ。
返す前に、またピコンと文章が送られて来た。
『返信はいらないです。また明日、学校でね』
リボンを付けたフクロウが、手を振っているスタンプまで貼り付けられて。これって、完全にお礼言ったから、はいサヨナラだよな。
スマホを握りながら、ガクッとベッドへ倒れ込む。
返信はいらないってことは、したら迷惑ってことなのか? スタンプだけなら、返していいのか? 全く分からない。
ハートはただのお飾りなんだろうか。誰に対しても付けるものか。誰か、教えてくれ!
ため息ばかりを吐いていると、ハッと顔が思い浮かぶ。そうだ、崎田! アイツなら、たくさんの女子と連絡し合っているだろう。
……恥を忍んで、聞いてみるか。
『こんばんは。質問したいのだが、女子は好きでもない男にハートを送るのでしょうか?』
えいっと飛行機マークを押したと同時くらいに、既読とついた。
いくらなんでも早すぎるだろう。ヤツは四六時中スマホにかじりついているのか?
数秒もかからないで、ピコンと文字が出る。
『仲よかったら使う人もいんじゃね?』
『てか、山田!』
『昼のココアシカトすんなし』
連続で送られて来るから、返答をする間がない。打っている最中に、また新たな言葉が来た。
早すぎるんだよ。もう、そのままでいいやと投げやりになる。
『ありがとう』
『なんだよ、ありがとうって』
『まあいいわ。暇なときは相談のってやるからさ。気にせず送って来いよ』
……崎田って、意外といい奴じゃないか。少し見直したぞ。
『俺と秘密の協定結ぼうぜ』
『協定とは?』
『俺がいろいろアドバイスする代わりに、山田が鬼頭さんの素顔写メ撮るってのどう?』
なるほど、それが真の目的だったわけか。どうりで調子のいいことを言うと思ったら。
しかし、僕が崎田を頼ったことも事実だ。これは物々交換なるものだな。
『撮れる保証はない。なんせあの鬼頭さんだから。でも、努力はしてみる。それでもいい?』
『オッケー!』
『んじゃ、協定成立っつーことで!』
『また明日なー』
気持ち悪い動きをしたネコのスタンプが、ポンと表示された。
だから、打つの早すぎるんだよ。質問がもうひとつあったのに、聞きそびれてしまった。
「返信はいらないって、何も送らない方がいいのか……」
もんもんとしながら、とりあえず崎田に眠りのスタンプを押す。
女子と連絡を取り合うなど、まだ僕にはハードルが高すぎたようだ。




